▼世に銭ほどの面白き物はなし(1/1)
これはヴァリアーと呼ばれる、ある一国で起こった事件のお話。
国主の名はXANXAS。横暴で、強暴と評されることが多い年若い男だ。彼はとても扱いづらい王様で、隣の国のボンゴレの統治争いに敗れた日の暴れようは、それはそれは自国を滅ぼすのではと思われるほどだ。
そんな国王には一人、信頼の厚いメイドがいた。メイドの名は稲葉アル。表情変化の乏しい少女である。
国王のメイドに対する信頼も、何も最初から厚かったわけではない。メイドには一つ欠点があった。彼女は大変お金を愛し、破格の金額を積めば主を裏切ることもいとわない人物だったのだ。現に過去国王に害をなしたこともある。
しかしそんな彼女もこの国に仕えてから何か心境の変化があったのか、どれほど大好きなお金を積まれようとも、二度と国主を裏切るような真似をすることはなくなった。
彼女は実に有能な人間である。メイドとしても、兵士としてもすら働ける彼女は、部下にして実に多益であった。そういうわけで国主ザンザスの傍にはメイドアルが付き従っていることが多かった。
さて、冒頭にて国王は横暴で強暴であると記述した。しかし彼にボスとしての采配がないわけではない。むしろ、人の上に立つに相応しい人物である。彼のカリスマ性は人をよく惹きつけ、また彼に忠誠を誓う者も少なくない。そんな彼の偉大さが一大国家を築いていた。
王としてのザンザスに惚れ込む人間は多々いる。雷撃隊隊長、レヴィ・ア・タンもその中の一人であった。彼に国王の良いところを尋ねれば、丸一日語り尽してくれることだろう。いや、一日などでは足りないかもしれない。ともかく彼は国王に心酔しているのだ。
それなのに崇拝する人物の傍に、自分ではない別の人間が立っていることに彼は嫉妬心を抑えきれなかった。ましてそれがかつて裏切り行為を働いた人物であると考えると尚更だ。自分が最も主に尽くしている。そう信じている彼は妬ましい思いを我慢できず、ある日魔法の鏡に尋ねてしまった。
「鏡よ、鏡。この世で最もザンザス様が信頼しておられる方は誰だ」 「それはもちろん、文句なしでアル先輩ですねー」
鏡の中のカエルの被り物をした妖精、フランはそう答えた。
国王の苦手な物を食事に出しても、アルが作ったものならば彼は食す。身近な世話を彼女一人に任されている。なにより同じ空間にいることを許されている時間が最も長い。
理由を最後まで聞いてしまったレヴィは激しい怒りに燃えた。なぜオレではない!と鏡に叫んだが、妖精フランは「厳正なる占いが一割に事実が9割の結果ですー」とだけ言い残して鏡の中から姿を消した。
魔法の鏡の占い結果に憤慨したレヴィは物に、部下にその苛立ちを当たり散らした。
「るせーんだよタコ。うるせぇのは顔だけにしとけ」 「なぬ!?か、顔!?」
レヴィの身勝手な行為に我慢ができず、暴言を吐いたのは彼の同僚、王子ベルであった。
ベルは、王子は王子であるが、ザンザス王の血族ではない。とにかく王子は王子なのだと彼は語る。王子を連呼し過ぎてもはや何を言っているのかわからない。
「最近城の中が騒がしいですね」 「レヴィの野郎だろうな。うぜぇ…」 「それとなくフォローをしておきましょう。それで今晩の夕食は何がよろしいでしょうか?」 「お前の食いたいモンにしろ。味の心配はいつもしてねぇからな」 「勿体ないお言葉です」
これまで屋内に視点を置いてきたが、こちらは一方屋外。城内の豪華な庭園で、奇抜な形をしているものの一応庭師のルッスーリアが首を捻っていた。悩んでいるのは言うまでもない。レヴィの行動についてだ。彼(あるいは彼女)も、ベルと同じくして一言物申したく思っていた。
「困ったわね〜、どうしたものかしら?」 「何がだぁ」 「あらぁスクアーロ、帰ってたの」
ルッスーリアの独り言に問い掛けたのは銀の長髪が特徴的な軍人スクアーロである。アルと肩を並べるほどの信頼を王から寄せられている彼だが、その喧しい声が原因なのかはたまた理由は別にあるのか、しょっちゅう国王からありとあらゆる物を投げ付けられている被害者だ。
ちなみに彼は大変な苦労人であるが、こう見えて国軍指揮官である。剣を手に戦場を駆ける姿は凄まじいものだが、城での問題(今回であればレヴィの嫉妬から起こった騒動)に陰惨な空気を背に負う彼からは、どうにも凄腕の剣士という肩書を思い浮かべられない。
「このまま放っておくとレヴィの八つ当たりはますます増長するでしょうし、ベルもいい加減我慢の限界っぽいし。とにかくレヴィかアルちゃんをどちらか一方から引き離してほとぼりが冷めるのを待たないと」 「レヴィが素直にボスから遠ざけられるのを受け入れるとは思えねえしなぁ…。となると、アルか」
一時的な凌ぎに過ぎないだろうが、何もしないよりはマシだ。そう判断した二人は近くの近衛兵を使いアルを呼び出した。そう時間がかかることもなく、アルは黒く長いスカートを翻しながらやって来た。
「忙しいところごめんなさいね。突然だけどアルちゃんに森へおつかいに行って欲しくて」 「何でもいいから、あー…イノシシの肝でも狩ってこい」 「イノシシ、ですか?」 「いやイノシシじゃなくても…もう何でもいいからとにかく行けぇ!数日は帰ってくんじゃねぇぞぉ!」
はぁ、と半分呆けた返事をしたアルは、準備のためにまたパタパタと駆けていった。 アルが素直に命令を聞くやつでよかった、とスクアーロは安堵する。これでレヴィの八つ当たりも少しは治まるだろう。
しかし彼は忘れていた。アルを遠ざければ今度はただでさえ手に終えない国王が怒り狂うことを。
スクアーロの命より森に愛用している銃剣を携え、狩りへとやって来ていたアルはひどく困っていた。大人の男の食欲を遥かに凌ぐアルの胃袋は底が知れない。欲求を満たすため、食料補充となれば無我夢中になってしまう。すなわち、彼女は今回も狩りすぎたのだ。生憎荷車などといったものは持って来ていない。山積みになった肉を目の前に、どうしようとアルは小首を傾げた。
こんな森奥では何も、と辺りを見回したところで一軒の小屋が彼女の目に留まった。家の傍に薪が積まれている。誰か住んでいるに違いない、とアルはその小屋の扉を叩いた。
「こんな森奥に一体何の用だ?」 「突然すみません。狩りをし過ぎて少々困ったことに…まあ、リボーン先生ですか?」 「その声は…アルか?」
小屋にいたのはなんと、アルの師匠、リボーンであった。黒スーツを纏った赤ん坊の見た目をしているが、銃を扱うことに関して彼の右に出る者はいない。
師匠とは数年前に別れたきりであったのにこんなところで再会するとは。目を瞬かせたアルが小屋の中を覗くと、リボーンと同じような赤ん坊が他にもいた。7人の小人ならぬ7人のアルコバレーノである。その中の一人は赤ん坊ではなく少女だが、小さな人と言ってなんら問題ないだろう。
中に通され、一つの机を囲んだ彼らを見てアルは珍しい光景にぽつりと呟いた。
「リボーン先生だけでなくマーモン様、他のアルコバレーノの方々までお揃いでしたか」 「アルコバレーノ内でちょっと話し合うことがあってね」 「それより困ったこととはどうしたんだ?」
それが、とアルは語り始めた。命令を受けて狩りをしたのはいいものの、途中から我を忘れたせいで狩り過ぎてしまい、余分な肉をここで消費させて欲しいのだと。
「よろしければ兎肉のパイなどを皆様に振舞いたいのですけれど…」 「もちろん構いませんよ。…と言いたいところなのですが、ちょうど今リンゴ酒を切らしていて」
パイを作ろうにも材料がないのです、と申し訳なさそうに少女ユニは言った。
これではパイが作れない。またまた困ったものだとアルは途方に暮れる。と、そんな中ノック音が二人目の来客を告げた。一日に二人も客とは珍しい、と小人は思う。響くノック音に職業が関係してか、思わずアルが応答した。
「はい、どちら様でしょうか?」 「オレはリンゴ売りだ。森を歩いているとたまたまこの小屋を見つけたのだ。どうかリンゴを買ってはくれないか?」
リンゴ売りは古ぼけたローブを頭からすっぽりと被った、しわがれた声をした人物だった。実はこの人、アルが城を離れたと聞いてこれ幸いと彼女を暗殺しに来たレヴィであるが、たった今リンゴを欲しがっているアルにこの事実に気付く様子はない。
「ちょうどリンゴが欲しかったのです!味見をしてもよろしいでしょうか?」 「好きなだけ食べるといい」
レヴィはアルを暗殺に来たのだから、当然リンゴには毒が塗られている。そのことに気付かないアルはリンゴを口に運び、レヴィはニヤリと唇を歪ませた。
「(これでザンザス様の信頼を得るのはオレだ…!)」
と、次の瞬間、アルが思い切りペッとリンゴを吐き出した。
「な、何を…!?」 「毒リンゴですか。しかも即効性の。それに今気付きましたがこんなところで一体何をしておられるのです、レヴィ様?」
なぬ!?とレヴィは肩を震わせたが、その様子を見てアルは呆れた表情を見せた。自分がいなくなっても国王の右腕を務められる人物はスクアーロ様がいるというのに。とことん、アルは呆れた。
「う゛ぉ゛おおい!レヴィ!テメェってやつは…どこまでやったら気が済むんだァ!?」 「アルちゃんだから良かったものの、仲間に毒を盛るだなんて信じらんない!」 「しししっ、ボスかーんかんだぜ?」
同じ城に身を置く者の登場に、アルはおやまあと呟いた。レヴィはベルの台詞に絶望で顔から色を無くしている。
スクアーロの頬を見れば、城を出発する前にはなかった青アザがあった。少しやつれている様子から、いつものように国王から物を投げられたに違いない。お可哀想に、とアルは心の中でこっそり嘲笑った。
そんな彼らの後ろに見知った顔を見つけたアルはこれはまた、と一歩前に出た。
「ザンザス様までいらっしゃっておりましたか」 「テメェを迎えに来た。大方、荷が増えすぎて帰れなくなってんだろうってな」 「ザンザス様は何でもおわかりになっておられますね」
すっかり二人の空気になってしまい、周りは自分は邪魔者だと端に退けた。その際ベルは鬱憤晴らしだと笑いながらレヴィのことを小突いている。
「遅くなりましたが、本日のお食事に兎のパイなどはいかがですか?」 「好きにしろ。だが時間をかけるんじゃねぇ」 「勿論心得ております」
ヴァリアーという国には傍若無人の国王と、それに付き従う一人のメイドがいる。メイドに対する王の信頼は厚い。その真偽を問うならば、一度彼らの日常を覗き見ればいいだろう。
おしまい。
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