籠の中の蝶々
「うっ…」体が重い。あたし、気を失っていたんだろうか。でもなんで。身動ぎをしながらうっすらと目を開けると難しい顔をしたヒナタがまず目に入った。
「目が覚めた?」
「ヒナタ?あたし…」
「しっ。静かに。どうやら私達は誘拐されたようなんです」
誘拐、なんで!?タテハさんに注意された通りに声を上げぬよう音を喉から押し込み、代わりに慌てて体を起こした。そこで気付いた体を縛っている縄。本当に誘拐されてしまったみたいだ…。
「全員気を失わされただけで怪我はないみたいですね」
「すみません…こんなことないようにあたし達が守らなきゃいけなかったのに……」
「いいえ。あの時私が外の空気を吸いたいなどと言わなければよかったのです」
確かに深夜に息が詰まりそうだから散歩をしよう、という話にはなったけど、それで今の状況になるなんて。「それに私も相手の気配に気付きませんでしたし、相手はやり手なんでしょう」とタテハさんはこっちの落ち度を庇ってくれるけど、それじゃ護衛の意味がない。綱手様にいい報告、出来そうにないなぁ…。
じっとりとした空気が身にまとわりつく。まるで今の心境を表しているようだと思いながらも辺りを見回した。けれど小さな蝋燭の明かりしかないからよくわからない。鉄格子だけは見えるからここから出られないことはわかる。
「ここはどこなんでしょうか…」
「私の一族の集落でしょう。なぜかうちの紋が入っていますし…一族の集落だとすれば、恐らくここは地下牢だと思います」
タテハさんが視線で示した先には確かに蝶の模様の家紋が描かれている。あれがあげは一族のシンボルなんだと。
「でも、ここがタテハさんの一族の集落なんだとしたら、あげは一族の人達は…」
「…一族の者も捕えられたようです」
すっと位置をずらしたタテハさんの体の向こうには、大人や幼い子供、老人達が向かいの牢に閉じ込められていた。かなりの人数。ということは一族全員が収容されているのだろうか。
「胡蝶様、お怪我は?」
「案ずるな、怪我はない。皆も無事だな?」
「胡蝶様…?」
あたしの独り言を拾ったタテハさんは昨晩のように苦笑した。
「すみません、皆さんのことを騙していました。私があげは一族の長、胡蝶のタテハです」
あ、犯人に正体を気取られるわけにはいかないので、この場では私のことは胡蝶ではなく名前の方のタテハと呼んでくださいね、と彼はお茶目な笑みを見せた。
それはつまり、あたし達が胡蝶様と思っていた人が本当は胡蝶様じゃなくてこっちが胡蝶様で…ダメだ。頭痛くなってきた。とにかく、あたし達が護衛しなきゃいけなかった人が、その人の集落の人丸ごと捕えられたってことだ。…最悪だ。
「申し訳ありません、タテハ様。賊ごときに集落を乗っ取られたなどと…!」
「皆の命があればそれでいい」
多くの人を纏め上げるリーダーとしての言動だ。あたし達には丁寧な対応をしてくれているけれど、本当はもっとふんぞり返っていてもいいような人。役者顔負けの演技力だ。
「砦で誘拐されたのは私達三人みたいです。きっと私達忍のうち、誰かが異常を察知して救助に来てくれると思います」
「あの砦から私達の集落までどんなに急いでも一日以上はかかりますからねぇ。気長に待つとしましょう。手も打ってありますし…」
そう言ったタテハさんからはまた花の密の匂いがした。
翅を集めて
(蝶は花の蜜の匂いを追って)
prev /
next