見極めは肝心A
「ん、んん〜!いい朝だ」
宿で一泊した翌朝。空には雲一つなく、いわゆる快晴であった。
宿を出た目の前の通りは人が多く、予定通り市は開かれたようだ。野菜、装飾品、果物、魚介類、土産品、骨董品。ありとあらゆる店がずらりと並んでいる。
チェックアウトを済ませたハヤテくんを加え、オレ達一行も人の流れに加わる。
何かめぼしい物はないか、店に視線を配りながら周囲の音に耳を傾ける。安いよ。っらっしゃい!もう少し値切りたいんだが。あれが欲しい!悩むわねぇ。
聞けば聞くほど、昨日食堂で聞いた「物騒」という言葉が嘘のように思えた。それなりに賑やかで、むしろオレ達の里の方が危険なのでは、と思うくらい和やかだ。
各店舗の店主は声を張り上げて客を呼び寄せ続ける。目玉の商品は、今日の特売は。惹きつけられるような言葉を叫んで道を行く人は店に吸い寄せられていく。
しかしその中で一店、ただ地面に商品を並べて店主が何もしない店があった。店主は一見放浪者のようにも思える。無精ひげを生やし、目つきの悪い彼は逆に客を睨み付け、寄せ付けまいとしているようだった。
「あそこの店は止めときな」
通りがかった人に注意を受けた。店主に蔑むような目を向けている。一体なぜ、と視線で訴えた。
「あそこの店はいつもガラクタしか置いてない。そのくせ値の付け方がおかしいんだ」
ああやって客を呼び込もうともしない。いつものことだ。悪いことは言わないからとっとと過ぎ去るといい、と促す。
「ではお言葉に従って」
「ふーん…確かにガラクタばっかりだ」
ハヤテくんが過ぎ去ろう、と言おうとした時だった。すでにナルセは例の店主の前に座り込んでいた。思わずその場にいた者が目を丸くする。
「俺の店は値が張るぜ。冷やかしならとっとと失せな」
「そ、そうですよ!早く行きましょう」
「まあまあハヤテくんもそこの店主さんも落ち着けって。掘り出し物がないか見てるだけじゃないか」
焦るハヤテと睨みを利かす店主をのらりくらりとかわし、ナルセは物色を続ける。明らかに店主の機嫌が損なわれていくのが目に見えた。注意を促してくれた通行人の心も次第に焦りに変わっていく。
そんな中、ナルセの目にはきらりと鈍く光る物が入った。古ぼけた、金の装飾が入った煙管。手に取ると相当年季のはいったものだとわかる。
煙管と言えば彼女、蜘蛛女郎のことが思い浮かんだ。彼女と接した回数はまだ僅か。贈り物をすれば、彼女との距離は縮み、さらには喜んでもらえるだろうか。
「これ買うよ。いくら?」
少々悩んだ末、買い取る意志を告げた。途端、店主の目が鋭くなる。
「そいつは5万両だ」
「買った」
「えぇ!?」
白があまりの値段に声を張り上げた。そんなものに5万両も払うんですか、と買うのを止めるよう説得の言葉を投げかける。
「正気か。さっき自分でガラクタだと言ったんだろうが」
「これは別さ。こんないいものが埋もれてるなんて…」
再不斬が馬鹿じゃないのか、と呆れたがそれを否定して煙管を見つめ続ける。まさに玉石混交。掘り出し物と評するべきだろう。
どうしても欲しい。
惚れた相手を見つめるような眼差しをその煙管に向け続けた。
「ハハハハハ!」
暫くの間眺め続けていると店主が突然大笑いをした。先程まで仏頂面だった彼が大笑いをしたことで皆の視線が一点に集中する。
「いいぜ、持ってきな!」
「え、代金は…」
「物の価値がわかるやつに、そういう良い物は持っていて欲しいものさ」
それはそれはとても満足そうに、ニッと店主は笑った。
店主はその煙管を「どうしても」欲しいと言うなら、どんな客にでもタダで売るつもりだったらしい。
オレも常識の年齢からは考えられないが、それなりに仕事をしてきたつもりだ。払えないわけではなかった。荷物の中にこっそりと入っている大金がし舞い込まれた財布のことを思った。それでも店主は代金はいらない、と退かなかった。ならばその言葉に甘えてと煙管を受け取る。
「ちなみに坊主の目から見てその煙管はいくらと見る」
「5万なんて安い。あと3,4倍はする代物だろ?これ」
ご名答、と店主は意地汚い笑みと共に言った。
*****
上機嫌で里へと向かう道を歩く。自然と足は軽かった。最初は帰ることが苦痛になるかもしれないと思ったが、今は早く里に、家に帰りたい気持ちでいっぱいだ。早く彼女の喜ぶ顔が見たい。
浮足立ってスキップでもしかねないナルセの前にザッ、と唐突に複数の影が現れた。
「金目のもン置いてきな」
上記の台詞からも、見るからに怪しい格好からもわかるように現れたのは山賊だった。しかし数だけは多い。目を凝らすと男たちは額当てを付けていた。抜け忍だけど。
なんともベタな絡まれ方だ。ああ、うんざりだ、と向こうに伝わらないように顔を顰めたのだが、程々の関係を築いている部下には気付かれたようだ。呆れた目を向けられた。失礼だ全く。オレはただ一刻も早く帰りたいだけなのに。
「残念ながら金になる物なんて持ってないよ」
「ハッ!騙されねえぞ。だったらさっき市で買った代物は何だってンだ?」
朝の買い物を見られていたのか。こりゃ嘘はつけないな。でも渡さないけどね、という意味を込めて鼻で笑ってやった。
「こ…のっ、クソガキがァ!!」
「やっちまえ!」雄叫びを上げながら男達は得物を手に斬りかかってくる。
面倒事は嫌なんだけどな。その心情を察したのか、オレの前に白とハヤテくんが立ち塞がった。
「二人の手は煩わせません」
「この程度の数ならば私達で十分です」
ワォ!なんて心強い部下なんだろうか。なんて心の中で一人で勝手に小芝居をする内に二人は一人、また一人と山賊を伸していく。流石、って言うかオレがスカウトしたんだからこんな雑魚相手に手こずる、なんてこともないんだけど。
二人は実に忍者らしい戦い方をする。無駄のない動きで、確実に動きを止める。上司面してるオレだけど、二人から見習えるところは見習わないとね。と、一人だけ山賊に襲われているという状況にあるにも関わらずのんびりと考えていた。
そんなオレを現実に引き戻すようにドスン!という大きな音と共に地面が揺れた。白とハヤテくんじゃない。二人はこんな無様なことしない。
「テメェら情けねぇぞ!何のためにオレがこんなしけた賊の頭を務めてやってると思ってんだァ!?」
大振りの斧を持ったこれまた巨体の男。ああ嫌だ。これもまたベタ。面倒なことが次から次へと。
白とハヤテくんは大人数相手にしてるため、こちらに手出し出来ない。実に厄介だね、と再不斬をチラ見すると彼は仕方ないと言いたげに大刀・首切り包丁に手をかけた。山賊と言えど刀に覚えはあるのか息を呑んで後ずさった。
「き、鬼人桃地再不斬だ!」
「じょ、冗談じゃねえなんでこんなやつが!!」
「やっぱ再不斬は有名人なんだねぇ」
「クズが…さっさと道を開ければいいものを」
場違いなことを言ったような気がしないこともないが、余裕からの言動、みたいに受け取ってもらえてるでしょ。腹の中で溜め息が一つ落とされた気もしないこともないけど。
鬼人と呼ばれるだけある再不斬。戦闘が始まるとその目に滲むのは狂気。威圧感はあの三人の中でトップ。
遊んでいるのか知らないが、大男の斧を片手で持った大刀でいなしていく。男は圧倒的な実力の違いに叫びを上げたがっていた。山賊の頭、っていう威厳は最早どこにいったのやら。ま、襲った相手がたまたま悪かったってやつだよね。
確実に制圧されていく山賊。場が鎮まるのも時間の問題だ。そしてオレにいたってはやることはないし退屈。横髪を弄って暇を潰す。お、枝毛発見。そろそろ手入れしなくちゃ。
なーんて考えてたのがいけなかった。
「こ、このガキの命が惜しけりゃ刀を捨てろッ!」
首筋に感じる震える金属の温度。多分下っ端。背後から羽交い絞めにされて、所謂人質の状態。
一見すれば下っ端君が有利な状況。しかしながら「あー……やってしまった」と憐れみの目を三人は男に向ける。
一番ひ弱そうな相手を人質に取ったのに余裕そうな表情。男は訳も分からず焦りが増していく。今一番危険な状態にいるのかわからない下っ端に再不斬が言葉をかけてやった。
「相手が悪かったな」
「ハァ?何言ってやが」
ヒュン、と空気を裂く音がした。何の音が、と思った次はごとりと音がした。下に目を向けるとそこには先程までナルセの体を拘束していた片腕が落ちていた。ヒッ、と短い悲鳴が上がると同時に鮮血が宙に飛び出す。
「標的を見誤っちゃいけねぇよ。その前に悪いことするのがいけないけどさぁ」
ニヤリ、口角を上げたナルセから感じるのは恐れ。そんな馬鹿な、と思考を巡らせる前にナルセが腕を一振りすると残り数人となっていた下っ端の腕が、足が切断された。刀よりも綺麗な断面で。
下っ端はみーんな殺してはいない。どこかの役所か何かに突き出して贖罪とかしてもらわないとさ。ただ働きとか丁度いいかもね。
さて、脳内じゃ呑気なことを考えているが敢えて残した山賊の頭を名乗っている大男。こいつの処罰はどうしてやろうかな。オレ役人じゃないけど。
大男は部下の有様を見てさらに恐怖を募らせたのか、あろうことか敵を前に背を向けて逃亡し始めた。これには思わず唖然。あんな啖呵を切っておいてそんな終わり方か。
男の進路には女がいた。紫色の着物を着た女だ。今度こそ人質になりうる人物であってくれ。男はそう願うが、残念ながらその願望は打ち砕かれることとなる。
女は鬱陶しそうに眉を顰めて男を一睨みした。なぜかはわからないが急に足が止まる。動け、動けと命じても硬直した足は動きそうにない。後ろの化け物に殺されてしまうかもしれない。男の思惑は外れ、近付いてきたのは女の方だったが、底知れぬ違和感に男は顔を強張らせる。
「逃げるとは、腰抜けでありんすねぇ」
はぁ、と吸っていた煙管の煙を吐き出した。空気に触れた息は紫に変色し、男の顔にかかる。
「ギャァアアァアアア!!!」
男は顔を両手で覆ってのたうち回った。隙間から見える皮膚はただれている。男の最期はつまらないことにそれだけだった。
「ありがとう、蜘蛛女郎」
「このぐらいなんてことありやせん」
女に近付いて礼を述べた。女、蜘蛛女郎はニコリと笑ってまた煙管を吸う。本当ならこんな血溜まりの場所で彼女と会いたくはなかったが、再会出来ただけよしとしよう。
地面に転がった大男の死体を見た。またこの額当て。前に一度見た、菱形に爪の痕。この男の額当てには抜け忍の証の一文字が刻まれているがどうにも近頃気にかかる。厄介なことにならなければいいが、ととりあえずは心に留めておくことにした。
ああ、そうだ丁度いい、と鞄に入れたままの煙管を取り出す。
「これプレゼント。受け取ってもらえると嬉しいな」
「わっちに?これを?」
オレが頷くと受け取った蜘蛛女郎は、包装を開けて目を輝かせた。市で買った、と言うよりは貰った例の煙管だ。
「なんて素敵な…!」
「喜んでもらえたようなら何より」
「ナルセと契約して本当に良うござんした!」
なんていい子、あの顔だけが取り柄のような男とは違う。と、蜘蛛女郎はオレのことを褒めちぎった。
顔だけって……カナデのことじゃあるまいな。レディには紳士に。これ世界の、宇宙の常識だろ?ま、喜んでもらえたしよかったか。予想以上だったけど。
さて、後処理も終わったようだ。荷物を担ぎ直して三人に向き直った。
「それじゃあ今度こそ帰ろうか」
レディの扱いは全宇宙の常識
(帰ったらあいつに何と言ってやろうか)
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