存在証明A
サイの悲しすぎる告白にサクラは俯いた。これ以上何を言えばいいのか。その時サイの手の中の本に目が行った。
「だったら…だったらなぜその絵本を大事に持ってるの?」
サイはサクラの問いが意外だったのか目を見開いた。この絵本が。サイは表紙の白い髪の少年を見た。その表紙の子供はサイとそのお兄さんだ。
なぜサイがその絵本を大事に持ち続けているのか。
「それはアナタの存在を唯一証明するものだからじゃないの」
サイは虚をつかれたような表情を見せ、サクラを見つめた。
これが自分の存在を証明するもの。頭の中でその言葉が反響した。
「あなたは言うほど感情を捨てきれていない…忍だって感情を捨てる事はできないのよ」
――大丈夫ですよ。人間は感情を持つ、面倒な生き物なんですから。そのうちそのうち
旅館でイツキにかけられた言葉が蘇った。あの時彼女が言っていたのはこういうことだったのか。
サイが感情を捨てきれていない証拠に、サイはサクラから絵本を受け取った時「ありがとう」と言った。それは絵本が手元に戻ってきて安堵したから。
「なぜこの絵本を持っていることが、自分の存在を証明することになるんですか?」
「あなたがその絵本を手放したくない理由。それは、弟としての自分を捨てることができないでいるから。だかわかる?」
再び室内に沈黙が訪れた。
「アナタにとっては、それだけお兄さんとのつながりが大切だったからよ」
サイはそのつながりを消したくないと思っている。だから本を持ち続けているのだ。サイはぼうと絵本を見た。「つながり……」と呟く。
「悪いけど絵本の中身は見させてもらったよ。中央の見開きだけ絵が未完成になってる」
ヤマトがクナイを突き付けながら言った。サイの目が鋭くなる。
「サイ…君が暗部の“根”の者だってことも知ってる。ダンゾウによって感情を殺すための特別な訓練を受けていたことも知ってる。感情を奪うために、血霧の里・霧隠れでかつて行われていた悪習と同じだ」
ここに来るまでに一度見た再不斬を思い出す。昔霧隠れでは感情を殺すために卒業試験として生徒同士で殺し合いをさせていた。それと同じことが。
絵本によると戦った相手の武器や防具を奪って行っている。中央見開きのページでサイとお兄さんが殺し合うことになる。
「君はお兄さんを 「違う」
明らかに何か込められた声でサイはヤマトの言葉を遮った。
「これは兄さんにプレゼントするつもりだった。でももう少しで絵本が完成するって時に兄さんは……兄さんは、病気で死んだ」
最後はいつもの調子に戻ってサイは言った。
サクラはサイとの会話を思い出す。確かにサイはお兄さんはすでに亡くなっていると言った。
“根”には戦いで生じた離散家族の子が多くいる。その中でサイが兄弟の様に親しくなったのがその兄さんだった。血はつながってなかったけど、彼の絵をよく褒めてくれた兄。
「この絵本、兄さんに一番見せたかったのは最後の見開きの絵だったはずなんだけど。…兄さんが死んでから…何を描こうとしていたのか…」
――思い出せないんだ
感情がないと、存在もない
(でも絵本を捨てられない)
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