星の瞬き | ナノ

  色のあった記憶


ピピッ、ピピピピ、ピピピピ

電子音のアラームが朝を告げる。枕に顔をうずめながら、手探りで音の発生源を突き止める。アラームを止め、少しだけベッドの上で体をよじる。


あと少し、なんてしてたら寝坊してしまう。仕方ない、起きてやるか。体を起こして頭を何度かふるふると振る。

まだ眠気が取れない。とりあえず顔を洗って目を覚まそうとベッドから降りた。先に着替えを済ませ、のそのそと一階に向かう。


「おはよう」

「おそよう」


キッチンにいる母から奇妙なあいさつが返ってくる。父からは通常のものが返ってきたというのに、全くこの母は…

ムッと睨んでも母は気に留めず朝食の支度を進める。


「別に遅くない。私が姉弟の中で一番早起きだし」

「そういうのを『どんぐりの背比べ』って言うのよ」


そ、そんなわけないしー。クラスの中でも平均ぐらいの起床時間だもん。…多分。


「うわあぁああ!遅刻だあぁあああ!!」


私が朝食に手を付け始めた時、どたばたとリビングに駆け込んでくるのは家の末っ子、愚弟だった。部活のスポーツバッグを持っているから今日は朝練があるのだろう。

だが。ちらと時計を見る。この時間なら遅刻間違いなしだろう。


「今学期に入って何回目なのさ」

「うるせェ!だったら姉ちゃんが起こしてくれりゃよかったじゃないか!バーカバーカ!行ってきまーす!」


少なくともお前よりかは頭いいんだよ。なんて言い返す前に出て行きやがった。

こんな朝から、しかも寝起きに大騒ぎできるなんて。バカだからできちゃうのか?あ、あいつ弁当忘れてやんの。バカの上マヌケか。こりゃどうしよーもねェな


再びリビングには静けさが訪れた。父は食後のコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。時折パラ、とページをめくる音がする。


「ふぁあ…おはよう…」


次にリビングに入って来たのは家で一番の寝坊助の姉。いっそ芸術的と言うべき寝癖が目立つ。そしてまだパジャマだ。


「おはよ。早くしなきゃあいつみたく遅刻するよ」

「私はちゃんと間に合うからいいの」


そう言いながら姉は椅子を引いて座る。もっと余裕を持って登校すべきだと思うのは私だけだろうか。

姉は朝食をつまみながら私のことをじろじろと観察する。…なんなのさ


「なんであんた制服着てるの?」

「なんでって…今日は学校だろJK」

「いやおかしいでしょ。私はともかく、あんたは無理じゃん。だって」


三人の目が一斉に私に向いた。ホラーゲームのような冷たい悪寒が背を走る。

止めて。それ以上は怖い。聞きたくない。

視界が暗くなっていく。ぐるぐると頭が掻き回されているようで気持ち悪い。止めろ止めろ止めろ、頭の中でアラーム音が響き渡る。


それでも姉の声ははっきりと響いた。



「 も う 死 ん で る ん だ か ら 」



*****


当然のごとく跳ね起きた。呼吸が浅い。震えながら辺りに目を巡らせる。

窓からは朝日が零れていた。書斎だった。大量に集めた本や巻物が視界を埋め、その独特な匂いが鼻をつく。気休めにかけていた毛布が寝ていたソファーにずり落ちた。いつもの壁だ。いつもの。


「夢、か……」


いつ振りだろう、昔の夢を見たのは。もう何年も見ていなかったのに。

額には嫌な汗をかいていた。動悸もする。こんなに動揺するなんてらしくない。

嫌な汗は拭ってしまおうと腕を上げるとぼとり、と床に何かが落ちた。その何かを拾い上げてみると、それは昨夜寝るまで読んでいた小説だった。どこにでもいる、普通の女の子の日常の話。寝る前にこんなものを読んだからあんな夢を見てしまったんだ。


本を机の上に置き、卓上時計を手に取った。時間を確かめるとまだ朝の四時だった。通りでまだ薄暗いわけだ。

きっともう寝付けはしないだろう。今はもう、この渇ききった喉に潤いが欲しい。
部屋を出て、リビングに向かうと廊下には明かりが漏れていた。


「あれ?おはようございます」

「おはよう…早いね」


そういうナルセさんも、と白は笑いながら言った。

ボクは朝食の準備をしないといけないので、と。白の料理は美味しいし、けどこんな早くから準備を始めていたのだろうかと首を傾げた。するとそれを見た白は苦笑して口を開いた。


「嘘です。本当は昔のことが夢に出てきて眠れなかったんです」


白もなのか。そう言うと白もナルセさんもですか?と返してきた。お互い悪夢は見たくないものだね。そうですね。そう言いあった。


「…少し、昔話をしてもいいですか?」

「うん、もちろん」

「…ボクは雪の降る国に生まれたんです」


かつての水の国は血継限界を厳しく取り締まる方策を取っていた。白はそんなところで、血継限界を受け継いだ子供として育ってきた。冷たく、まるで氷のような世界で、一人で。


「夢もなく誰からも必要とされず生きるのはつらかった」


血継限界を忌み嫌う水の国の風習のせいで父は母を殺し、ボクを殺そうとした。思わずボクは父を殺していた。

平凡な日々は一瞬にして壊れてしまった。

自分がこの世にまるで必要とされてないと思わざると得なかった。

けれど再不斬さんはボクが血継限界の持ち主と知ってボクを必要としてくれた。この呪われた能力を。


「ついて来い」


氷の世界は、一瞬で心地良い世界へと生まれ変わった。今度は君が、ナルセさんがボクのことを必要としてくれた。追われている再不斬さんと一緒にボクのことも。


「嬉しかった」


こんなボクを。どんな理由でさえ、必要としてくれた。必要としてくれる、それだけでボクは存在できる。


「ボクは今、とても幸せなんです…幸せすぎて罰を受けてしまうんじゃないかって思うくらい……ボクは君に本当に感謝しているんです」


生きる場所と意味をくれた二人に。ただこの伝えきれない感謝を告げたいと白は言った。そのあまりにも眩しすぎる想いにオレは目を伏せた。

「それはどうだろう。オレは君を利用するためだけにこちら側に誘ったかもしれない」

「どちらでも構いませんよ。ボクは、ボクのしたいようにするだけですから」


にこりと白は笑った。その名前と同じくらい純粋な笑顔はもう昔と違ってオレには似合わなさすぎる。


「お前は優しすぎだ」


気がつくと再不斬までもがリビングにやって来ていた。白と二人、突然の登場に目をぱちくりとさせた。

再不斬は入口で立ち止まっていた状態から動き、オレの傍を通りすぎる隙にオレの頭にポンと手を置いてソファに座り込んだ。オレの中にいた九喇痲も顔を出し、足元でうずくまった。

家に一人でないというこの風景が嬉しすぎて、へにゃりとだらしない笑みが自然と溢れた。


「くしゅん!」


そして笑った後の唐突のくしゃみ。こうどうして決まらないのか。

ああ、鼻がムズムズする。風邪でもひいたのだろうか。そんなに弱った体であった記憶はないのだけど…


「ナルセさん…もしかしてまた書斎で寝たんですか…?」


あ、ヤベ…白の綺麗な容姿の背後に般若がぬっと顔を出した。怒気を孕んだ声が地を這う。


「ボク達がここに来て何回目ですか!体調を崩して一番困るのは君なんですよ!?」

「わかってる。わかってるからごめんって…」

「前もそう言いました!もう夜九時以降は書斎出入り禁止にしますよ!?それとも二度と入れないようにしたほうがいいですか!?」


いえ、今度こそちゃんと約束は守りますと必死に首を振った。

…あれ?おかしいな。この家で一番の権力者は家の所有者のオレだったはずなのに。


気が付けば悪夢
(もう届かないからこそ苦しい)


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