戦場という賭け場A
「カブトさんさぁ、女性の扱いをもう少しどうにかした方がいいと思うよ」
いつの間にやら蛇から抜け出していたナルセ。大蛇は何か大きな衝撃を受けたようで伸びている。
ナルセは拳を握り締めたまま蹴りを食らわそうとするが、カブトは左手にチャクラメスを生成し、ナルセの太腿を掻っ切った。筋肉をやられてしまったようなのでバランスを崩して倒れ込む。クククとカブトは悪役らしく笑った。
「怖いかい?この僕が。ここから逃げ出したいかい?」
カブトは忍と書かれたカードを取り出し、見せびらかすようにして示した。
「ナルセくん、君は中忍第一試験の時確かこう言っていたよね」
――僕ってば試験とかどうでもいいんで。というか忍にはなりたくないというか…
ちらちらとカードを見ながらオレが言ったことをそのまま言った。
「忍は死と背中合わせだ。死が怖いかい?当然だよね、死んだら夢も何もないんだから」
――死んでもいいの?縄樹はまだ下忍なんだから戦場では逃げてればいいの!
――男に向かって逃げろだなんて言うな!
縄樹は死んで、夢を果たせなかった。
ダンもまた、戦場で命を落とし夢半ばにして散った。
過去を思い出した綱手は首飾りを強く握り締める。
「ガキは世の中を甘く見てる。だから、夢を見る。死に急ぐ。虫けらみたいに死んでいくんだ」
カブトは抵抗しないナルセの腹を、脚を蹴り続ける。
――あんたはオレの大事な人達の誇りを継ぐのに相応しい。オレはあんたに受け継いで欲しい
オレはカブトの蹴りを腕で塞ぎ、立ち上がった。
「そうだな、死は怖い。綱手様が血を怖がるのもわかる。…彼女とオレを別ちたのも、あの“赤”だ……」
未だに夢に出る忌々しい色だ。だから、あの色は嫌いだ。だけれども…
「なら引っ込んでいればいいのに」
チャクラメスで首筋を絶つ様に打たれる。自然と体は綱手の前に倒れる。ナルセは綱手とカブトの間を割って立ち上がった。なんで、どうして、と綱手がこぼす。
「まだ立つか…」
「綱手様…賭けは、オレが勝つからな…!」
これは意地だ。守り通せなかった、償いでもある。
彼女に自分を誇るためだけに
「もういい!私を庇うなナルセ。もう止めろ!」
止めろと言われて止める子供はいないのだ。止めろと言われると反対の行動をとりたくなる。反抗期だからね。なんて、年齢にそぐわない言い訳をしてみたり。
これはエゴである。偽善である。決して綺麗なものではない。だが、人を助けるに十分な理由にはなる。
「だったら徹底的に痛めつけて連れて行くまでだ!」
「もういいからどけぇ!逃げろォ!!」
クナイを向けたカブトがオレに走ってきた。綱手の叫びが木霊する。ふ、と笑った。大丈夫さ、と。
すぱん、と人差し指と中指で挟み込むようにしてクナイを受け止める。そのままカブトの拳を握り締めて離さない。
「オレは、あの子に逢うためにまだ死ねない。あの子に誇るために!」
印を組み、チャクラを集中させる。ナルセの右手にチャクラが集まり球体になる。その球体を見て綱手は目を見開く。
「このチャクラの動きは!?」
「ま、まさか!」
「検証は、終了済みだ!」
どうやったら一番効率よく術を発動できるか。綱手との賭けの期間はずっと検証ばかりしていた。あの大蛇の有様はこの実験によって。さらに検証は成功、効果も格段に上がった。濃度も、威力も、回転速度すらも。
「【螺旋丸】!」
今までの経験が積み重なったものがここに詰め込まれている。数々の事象の元、これが一番効率のいいオレの螺旋丸の形だ。カブトは攻撃を受ける前にナルセの胸元を掴みあげ、最後の抵抗を試みる。
ナルセの攻撃をもろに食らったカブトは吹っ飛んでいき、後方にあった大きな岩に直撃した。地を抉るほどの威力のそれ。激突したカブトはピクリとも動かない。腹部に大怪我を負っている。
やっとこさ決着がついたと荒んだ息を整える。
「綱手様…」
ナルセが繰り出した技に驚いていた綱手はハッとする。
「賭け、オレの勝ちだね…」
ふんわりと微笑んでそう言った。しかし、何かに気がつき眉をピクリと上げる。
カブトが一歩前に進んだ。が、螺旋丸を受けた腹からは大量の血が流れている。それを見たナルセは再度構えをとろうとするが、ゴホッと口から血を吐く。カブトはニヤリと笑った。
「(畜生、最後のあれは避け切れなかった…)」
ふらりと眩暈を起こした。冷静に分析するナルセの傍に綱手は駆け寄る。ナルセの体を支え、驚きに染まった顔でカブトの方を向く。
「お前、あの術をくらって…」
「…チャクラを腹に集めて、術をくらう前から治癒を始めていた。ボクが大蛇丸様に気に入られたのは、技のキレでも術のセンスでもない……圧倒的な回復力。細胞を活性化、新しく細胞を作り替えていく能力」
熱を発しながら見る見る内に傷は癒えていった。だがそれほどの術にはもちろんメリットが存在する。チャクラの大量消費だ。
「この術、ナルセ君の最後の賭けだったみたいだけど…」
残念ながら自分を倒すことはできなかったね。そう言いたいのであろう。
が、しかし再び鋭い痛みがカブトを襲い、口から血を吐き出す。そしてそのまま地面に倒れ伏せる。それを見たナルセも限界を感じたのかうつ伏せに倒れる。
「おい、しっかりしろ!」
綱手は懸命に声をかけ、体を仰向けにしてナルセの体に付いた傷を治療していく。綱手はナルセの体が痙攣したことにより何かに気付いたようで、胸に耳を当てる。
「(心音が…!)」
弱弱しい鼓動に綱手は眉を顰め、診察する。心臓の鼓動が極端に弱い。心筋がズダズタになり、不整脈を起こしている。おそらくカブトが攻撃を受ける前にナルセの胸倉を掴んだ時にしたのだろう。
綱手はナルセのパーカーのチャックを下ろし、心臓の上辺りに両手を重ね治療をする。
「ナルセくんは、もうダメだよ…。九尾の、チャクラを…力に還元する……心臓の…経絡系を……切断、した……力いっぱいね!自力で治癒する可能性を、断ち切るためにね…これで、もう…抵抗はできない!」
息も絶え絶えにカブトは綱手を挑発する。
「治るはずは、ない…たとえ、あなたでもね!」
「うるせェ!てめーは後で殺す」
眼力によりカブトを黙らせ、治療を続けていく。
綱手はナルセの命を救うことに必死になっていた。また助けることができないのか、と。ナルセの呼吸が止まった。かつての二人の姿と重なってしまう。
――畜生…畜生畜生!……死ぬな…死ぬな、死ぬな死ぬな!死ぬな!!
綱手は懇願しながら治療する。ふとナルセはかすかに口角を上げ、綱手の首飾りに手を伸ばす。
「やっぱり…オレの、勝ち……だ」
目を開けてふっと笑ったナルセに綱手とカブトは驚愕した。ありえない。心筋がボロボロの状態でなぜ意識があるのかと。
「もう…休め……」
綱手はナルセの手を取り、手の傷を癒した。
綱手が自分のことをあまりにもつらそうな顔で見るものだからナルセは意識を暗闇に落とす。瞼を落とし規則正しい呼吸をして眠った。
「命の重み…か」
それを確かめた綱手はそっとナルセの頬を撫で自身の大切な首飾りを彼女の首にかける。チャリッと首飾りが静かに鳴った。
「(最後にもう一度だけ、アンタに賭けてみたくなった……)」
賭け金は倍となって手元へ
(賭け金は自由でございます)
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