星の瞬き | ナノ

  甘いものって


甘いものは偉大である。

疲労の溜まった体を癒し、甘党には至福を与えてくれる。見た目も可愛らしいものから美しいもの、リアルなものまでと幅広い。

女子なれば、一度は形ある幸せを作り上げるパティシエという職業に憧れを抱いたことがあるのではないだろうか。


お菓子職人は見事な造形師であると思う。そのことを知り合いの芸術家二人に語れば

「菓子は菓子だろ?…うん」
「永久の美じゃねェな」

と一蹴されてしまった。どうにもこうにも彼らは自分の芸術作品にしか興味がないようだ。



それはさておき。なぜオレが突然こんな話をしたかと言えば、だ。

甘いものにより至福を与えられる人を総じて甘党と言う。かくいうオレも甘党の一員である。

と言っても某銀髪天然パーマさんほどパフェを溺愛して止まない、というほどではない。単純に甘いものが好きなだけだ。



上品な甘みを持った和菓子から始まり、どこか懐かしい味がする駄菓子、美しい見た目の洋菓子。口も目も鼻でも楽しめる食事。その中でもデザートに相当する甘いものは素晴らしい。

甘いものを口にするあの瞬間、堪らない感動に包まれる。暫く口にしていない。


ああ、甘いものがオレを呼んでいる。鼻を擽る甘い匂いに誘われるがまま、一本の通りに出た。

道、と言うからには人が通った形跡があるのだが、如何せん人影が見当たらない。廃れた道であるのだろうか。鍛え上げたこの鼻を頼りに匂いの元へと歩く。


そこには一軒の茶屋があった。人通りが少ないこの道に店を構えているせいか、客の姿はない。ところどころ寂びれた様子からかなりの歴史を感じさせる。


「すみませーん」


とにかく店の人を呼ばなければ話にならない。自分は一刻も早く甘いものを食べたいのだ。

確かに匂いはしている。隠しても無駄だぞ、さあ観念するんだな!


「すみませーん、誰か居ませんかー?」


もう一度声をかける。え?なんで誰も出てこないの?オレ、泣いちゃう…


「お客さんですかぁ?」

「うわっ!びっくりした!」


いつの間にやらおばあさんが隣に立っていた。軽くホラーだよ!

白い割烹着を身に着けたおばあさんはこっくりこっくりと肩を揺らす。…ん?このおばあさん寝てんじゃねぇの?


「もしもし?おばあさん?」

「…ん?お客さんですかぁ?」


ダメだ!ボケてた!

困ったもんだな、店主がボケてたんじゃ話になんねぇよ。これじゃあ甘いものにたどり着けねぇや…。


「おばあちゃん!何してるの!」


店の奥から顔を出したお姉さん。肩までほどの茶髪を揺らしながらおばあさんに駆け寄る。


「ん?お客さんか?」

「お客さんお客さんって…こんなところにいるわけ…」

「あのー…」

「いるわけ…って!ひゃあ!ごめんなさい!いらっしゃいませぇ!!」


あはは、気まずいもんだねこりゃ。ぽりぽりと頬を掻いた。


*****


「ご注文は何になさいますか?」


店先の椅子に通され、注文を伺われる。対応をしてくれているのはさっきのお姉さん。おばあさん?それならさっき店の奥に押し込まれてましたけど?


「んー…おすすめは?」

「そうですね、季節限定の和菓子などは如何ですか?」

「じゃあそれで。あとお茶も」


かしこまりました、とお姉さんは御品書きを抱えて店の奥に引っ込んでいく。


ああ、のどかだなあ。ピィピィと鳴く鳥達は空を飛びまわり、木々は風で揺らめく。

こんな穏やかな時間を過ごせたのは何時振りだろうか。最近はいろいろと忙しかったからなぁ。ぽかぽかとした陽だまりに心が安らいでいく。


「お待たせしました」


店の奥にいたお姉さんがお盆を抱えて戻って来た。他にお客さんはいないからそんなに待ってはいないけれど。

お姉さんはオレの隣に皿を置いた。緑色で、鳥のような形をしたお餅。


「これは…鶯餅ですか?」

「あら?お詳しいんですね」


まるで鶯のような形をしたお餅。愛らしい姿をしたそのお菓子をぷにぷにと突く。可愛いな、とても和む。

口に含むと仄かに広がる甘み。


「ん…おいしい!」

「本当ですか!?嬉しいです!」


お姉さんは顔を紅潮させた。褒められたことが少ないのかな?

でもこれは本当においしい。どうしてこんなにお客がいないのか不思議なところだ。


「町に出て売り出したりしないんですか?」

「そうしたいんですけど…おばあちゃんがいるし」


ちらりと奥に目を向けるお姉さん。困ったように笑っているが、おばあさんのことを厄介には思っていないようだ。


「おばあさんのこと、大切なんですね」

「はい。もちろん!」


明るく言ったお姉さんの言葉は真っ直ぐ。大切な人を想えるのは素晴らしいことだ。オレはそう思う。と同時に羨ましいとも。想ってはいる。けどもしかしたら恨まれているかも、と考えると心が痛む。この道を選んだのは自分なのにな。


鶯餅を食べ終えてお茶を啜る。程よい渋みが心地よい。ほっと息を吐いた。

もっとのんびりしたいのも山々だが、先を急がなければならない。代金を支払い、荷物を背負う。


「ちょっと待ってください。…はい、これどうぞ!」


手渡されたのはパックに入った柏餅。お土産にどうぞと言われた。そんなによくしてもらう道理はないと一度は断ろうとしたものの、ここらは人が通らないから是非と言われ退けなくなった。

ありがたく懐に餅を仕舞い込む。


「御馳走様です。これ、ありがとうございました」


ぺこりとお辞儀を一つして店を去った。


「またのお越しをー!」

「ん?ありがとうございましたぁ」



本当に偉大
(うわ、これもマジでうまい…)


prev / next

[ back to contents | bookmark ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -