星の瞬き | ナノ

  自分を突き動かすもの@


「おい、お前らもっとスピードを上げろ!」

「え…何なの?」


試験会場を抜け出し、サスケの後を追う三人と二匹。
先を行くパックンという忍犬が突然声を荒げた。


「後ろから二小隊八人…いや、もう一人、九人が追ってきとる!」

「オイオイもうかよ?冗談じゃねーぞ!!」

「まだワシらの正確な位置までは掴んでないようだが…待ち伏せを警戒しながらも確実に迫ってきとる」

「おそらく中忍以上の奴ばっかだ…追いつかれたら全滅だぞ!」


全滅

その言葉にサクラはぶるりと身を震わせた。


「待ち伏せでもするか?」


提案をしたのはナルセの影分身。しかしパックンがすぐさま否定した。


「そりゃダメだ。相手は元・木ノ葉の忍びだった大蛇丸の部下だぞ」


元・木ノ葉の忍。その情報だけでナルセは理解できたのか眉を顰めるが、サクラにはどうやらわからない様子。そんな彼女にシカマルが丁寧に解説する。


待ち伏せは有利な基本戦術。
しかしそれを行うためには必要条件が二つある。

一つ目。逃げては決して音を立てずに行動し、先に追手を発見すること。
二つ目。追手の不意を狙え、且つ確実にダメージを与えることが出来る場所・位置を獲得し、潜伏すること。

残念ながら今のナルセ達はその条件を完全に満たしてはいない。

前者はともかく、後者の場合。相手はここの地理が頭に入っている手練れ。たかが下忍三人に勝てる相手ではない。


さらにシカマルは溜め息混じりにこちらのことを分析した。


「影分身一体に、よくわからん狐に、大した取り柄のないくの一に犬一匹。それと逃げ腰No.1のオレだぜ!」


それぞれナルセ、九喇嘛、サクラ、パックン。そして最後に自分のことを示した。

よくわからん狐って…。若干九喇嘛が毛を逆立てているようだが大丈夫なのであろうか…


「…このメンバーで出来るとすりゃあ、たった一つ。待ち伏せに見せかけた陽動、一人が残り敵を足止めする」

「つまり、囮…か」


まあ致し方ないことであろう。自分達に出来ることと言えばそれぐらいしかないのだ。

だがしかし、囮役になった人は…。確実にただでは済まないだろう。


「オレが…「オレしかいないか」


影分身の言葉を遮ったのはシカマル。
影分身であれば消えることはあっても死ぬことはないはずであるのに。


「囮役を十分にこなせて、かつ生き残る可能性がある奴はオレくらいだ。元々影真似の術は足止め用だからよ…とっとと行け!」


シカマルは木の枝を掴んで回転して枝に着地した。ナルセ達の足も止まる。


「シカマル!でもそれは…!」

「ナルセ…おめェは影分身とはいえオレ以上の戦力であるはずだ」


シカマルの言葉に影分身はぐっと押し黙る。

自惚れているわけではない、シカマルは事実を言っているだけだ。サクラもそれがわかっているのかじっとナルセを見る。


シカマルが自分のことを信じてくれていることは嬉しい。しかしシカマルを危険な目に合わせることとはまた別の話だ。


「オレなら大丈夫だ。早く行け!」


これ以上時間を割くことは返って危険になる。ぐっと拳を作って背を向けた。


「絶対に…死ぬなよ」

「ああ…」


もう振り返らずにナルセは先へと進んだ。


お前ならきっとやれるはずさ。
何せ、オレ達ルーキーの中で一番強いのはサスケではなく…お前だからな。

いつか本当のお前を見せてくれる日を待っている。


シカマルは心の中でナルセ達を応援して前方を睨んだ。




*****





ナルセ達がサスケの後を追う一方、サスケ本人は我愛羅と苦戦していた。


守鶴の腕を身に纏った我愛羅。彼は本選前、ナルセの家に泊まった日のことを思い出していた。

初めて感じた、胸が温かくなるような感じ。夜叉丸といた頃と同じような感じ。それが数日、我愛羅を悩ませていた。

自分に優しく微笑んだ金髪のあの人。自分と同じと言ったあの人。


葛藤が我愛羅を苦しませていた。


しかし今の我愛羅にはそんなことはもうどうでもよくなっていた。

自分を傷つけたうちはサスケという人物。目の前の人物に今まで感じたことが無いほどの喜悦を感じていた。


もっと自分に生の実感を、喜びを!


「死ねェええええ!!」


我愛羅は腕を振るった。振るったはずであった。

しかし吹っ飛ばされたのはサスケの体ではなく、我愛羅の体であった。


軽やかな動きでサスケの傍に降り立ったのは、先ほど我愛羅が回想していた人物であった。サスケに背を向け、我愛羅が倒れた場所を狐と共に見ている。


「サスケくん!」


ナルセに続いてサスケの傍に走り寄るサクラ、パックン。それでやっと我愛羅はナルセ達の登場に気付いた。


「うっ…ぐ……!」


サスケは呪印で苦しんでいる。しかし我愛羅もまた苦しみだした。頭の隅にやっていた感情がまた頭を出したからである。


「我愛羅…」


ナルセが青い瞳を揺らして我愛羅とは思えない姿の者に声をかけた。サクラはナルセが声をかけた方向へと向いた。サクラは人とは思えないその姿に驚愕した。

途端、サスケが吐血した。続けて呻き声を上げる。サクラは慌ててサスケの方を向き直した。


「とりあえずサクラはサスケを離れたところへ…!」


言い終わらないうちに隣を何かがびゅっと飛び去って行った。途轍もない速さのそれ。
振り返った先には守鶴の腕を振り上げた我愛羅と標的のサスケ。


「死ね!うちはサスケ!!」


自分では間に合わない。腕を伸ばしてみるも掴むのは宙だけ。


しかしサスケの傍にいたサクラがクナイを手にサスケを庇うように立った。振るえている、クナイがカタカタと音を立てている。

怖いのだ。だが彼女はサスケを守るために自分に敵わない敵に立ち向かう。


「ダメだ!逃げろ、サクラ!」


ナルセが怒鳴ってもサクラは動かない。足は震えていても瞳には確固たる意志が宿っていた。

その瞳を見てしまった我愛羅の脳裏にある人の目が浮かんだ。


爪を立てずに行った攻撃であっても威力はある。サクラは悲鳴を上げて大木にぶつかった。衝撃で意識を失う。体は我愛羅の腕で木に張り付けられている。

すぐにでもサクラに駆け寄りたいが、今のうちにサスケを安全な場所へと移さなければならない。急いでサスケを支え距離をとる。その間に九喇嘛とパックンが傍に来る。


サクラはうわ言のようにオレとサスケの名前を繰り返していた。ひどく心に沁みて、サスケの体をゆっくりと下ろして我愛羅を見る。


「こいつらはお前にとって何なんだ?」

「大切な人、かな。…お願いだからあんまり傷つけさせないで欲しいってば」


憂いを秘めた瞳。それを見た我愛羅は腕の力を強めた。サクラが悲鳴を上げる。いくら我愛羅であろうともどうしようもない怒りが頭の中を占めた。


「オレは…オレを愛するために戦う!」


独りよがりに叫び、荒々しく大声を上げた。それを合図に我愛羅の体はさらに砂に包まれていく。

またサクラを掴んでいた腕は手首辺りでブチリと千切り、再び砂が動いていく。


「オレを倒さねばあの女の砂は解けないぞ。それどころかあの砂は時が経つたび少しずつ締めつけ…あの女を殺す」


宣告されたサクラの死。サクラもサスケも痛いだろう。オレだって痛いのは嫌いだ。今も昔もこれからも。


痛みは溜まれば死へと繋がる。肉体的な死だけではない、精神的に、心までもが死んでしまうのだ。

我愛羅の表情は無のように見えて何かを憎んでいる目であった。いつかの自分のような、この世の全てに絶望しきった目。全てを恨み、憎み、憎悪し、妬み…


そして彼女の顔が浮かんだ。


あの日、世界が自分だけのものではなく、自分と彼女のものになった日。
オレの、私の世界を作り上げたあの日。自分に価値を見出せ始めたあの日々。


「どうした…?お前も自分だけの為に戦え!自分だけを愛してやれ!」


自分と同じ存在であるなら尚更。我愛羅はその一心でナルセに叫んだ。



「……かつて自分が愛した方法なんて、この世界にいては不可能なんだ。忘れたんだ」



不謹慎ではあるが、今、彼女に会いたい。

オレに愛をもう一度与えて欲しい、愛してると、好きだと言って欲しい。ここにいて、私は一人ではないと。愛する方法をもう一度教えて欲しい。


でも、今は違うんだ。オレが彼女になるんだ。


一度目を閉じて、真っ直ぐに我愛羅を見る。だから今の愛し方で自分を愛するのだ。


「でも、お前が言う愛し方は間違っていると断言してやるってば!!」


袖に腕を突っ込み一気に引っ張り出す。チャクラ糸に通された幾本ものクナイがゆらゆらと宙を浮かぶ。


「忍法 風おこし」


ゆらめくクナイは風に乗って我愛羅へと向かっていく。さらに追加して体の影に隠しながらクナイを投げつける。

風に乗ったクナイは軌道を観測不能、さらに目くらましのクナイ。我愛羅は全てを避けきることが出来ず、ドォンと音が響いた。


ナイス!何本か仕込んでいた起爆札付きクナイがヒットしたようだ。

攻撃がヒットした部分は一番防御が薄い尾の下。さらにラッキー!


嬉しさのあまりパチンと指を鳴らすと視界の隅で何かが蠢いた。

はっと認識した時はもう遅かった。目の前に迫る砂の尻尾。避けられない、衝撃に備える。


「うぁっ!」「ぐっ!」


…あれ?思った以上に衝撃が少ない。顔を上げればサスケの顔があった。

サスケが庇ってくれたのか?


二人分の衝撃を背に受けたサスケは今までのダメージにプラスして痛みを受ける。予想外のことに目を丸くした。


「おい…みっともねェな……お前らしくねぇ…」

「……ごめん」

「お前はサクラを助け出して逃げろ…オレが足止めする…」


サスケは無茶をして痛む体を苦役して立ち上がった。


「それはダメだ!」

「オレは一度全てを失った…もうオレの目の前で、大切な仲間が死ぬのは見たくない……」


サスケの言葉にナルセははっとした。

全てを失う。いつか自分もその身を以て体験したこと。その辛さなら自分だって味わいたくない。


そして今までのことを思い出す。


いつか白が自分に教えてくれた、大切なものを守る時人は本当に強くなれると。イタチは弟と里を守るために自分を犠牲にして。サクラだって想い人を守るために立ち向かって。


「そっ…か、あ……」


誰だってそうなんだ。必死なんだ、大切なものを守るために。

我愛羅は自分が大切なんだ。自分を守るために戦うんだ。
でも違う。自分だけのためのものは脆い、弱い。

自分だけのものは何かが違うとさっき自分が言ったではないか。なら自分が出来ることは…


「オレだって…もう失いたくない、守りたい!」


ビィインと鈍い音が響く。ひらりと舞った葉が真っ二つに裂けた。それを見たサスケと我愛羅が目を見開く。

よく目を凝らせば周囲は細い糸が張り巡らされていた。


「死にたくなけりゃ動くなよォ!!」


ピリッとした電気が指を伝う。糸に通した雷により糸は目に見えるようになった。今のオレは影分身であるからチャクラを消費する戦い方は出来ない。

元のチャクラを二分割したからある程度の攻撃は耐えきれるが、チャクラを消費すると自然消滅してしまう。ならばそれまでに終わらせるまで!


勢いをつけて腕を顔を前でクロスさせた。糸が我愛羅の体に纏わりつく。細い糸ではあるものの強度は固い。簡単にほどけるものではない。

捕獲完了かと思いきや糸を引っ張られる感覚が。



ウォオオオォォオオオオオオオォォオオオ!!!



凄まじい雄叫びを上げた我愛羅。巨大化していくその体。首を曲げながらでないとその全体を見渡せない。

恐怖を感じた観客衆。我愛羅の体はもはや守鶴そのものと成り果てていた。


「おい!ナルセ!!」


サスケの叫びにナルセははっとした。自分に迫り来る我愛羅の砂。砂の隙間から見えるサクラとオレンジの毛色。

ふっと口元に笑みが浮かぶ。


「砂漠葬……「九喇嘛」


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