57:シャン・ドゥ到着。


 シャン・ドゥの街行く人たちはみんなどこか楽しそうに歩いていく。この街は谷間のようになっていて、街を分けるように大きな川が流れている。色んな服を着た人達がいるのはもうすぐお祭りだからなんだろう。

「ここがシャン・ドゥ?」

「はい。ア・ジュールは部族間の争いが絶えなかったため、このような断崖絶壁の場所に街を作ったのです」

キョロキョロと辺りを見渡すレイアにローエンさんがそう説明してくれた。この街のことなら、前にローエンさんに教えて貰ったことがある。

「確か……その争いを止める為に十年に一度、闘技大会が開かれるようになったんですよね?」

「よくご存じですね」

「ローエンさんが教えてくれましたから」

私が笑って言えば、ローエンさんも笑ってくれた。ガンダラ要塞突破のため、カラハ・シャールに滞在していたときに、ローエンさんにこの世界の歴史を教えて貰った。あの頃はまだクレインさんもいて……そう考えていると落ち込みそうになって、私は俯きかけた顔を上げた。
 ミラさんも今までの街とは違う雰囲気に興味津々なんだろう。顎に手を当てて、しげしげと辺りを観察している。

「人間が生き生きしているな。祭りでもあるのか」

「あれ?アルヴィンどこ行くの?」

 と、そのとき、一人で違う方向へ歩き始めたアルヴィンさんにジュード君が声をかけた。今までもふらっといなくなることはあったけど、今回も何か用事があるんだろうか。

「……ちょっと用事があってな。んじゃ、そういうことで」

「もー!協調性ないなー!」

深くは説明せず、軽く手を振って人混みに消えていくアルヴィンさんにレイアが頬を膨らませる。レイアはみんなで仲良く散策したかったんだろう。

「どう……しよっか」

「でも、追いかけても逃げられそうだよね」

 ジュード君と二人で顔を見合わせて苦笑した。アルヴィンさんのことだからそのうちふらっと戻ってくる気がする。放っておいても大丈夫だろう。

「放っておいてもあいつは戻ってくる。それよりワイバーンを探そう」

やっぱりというか、ミラさんは気にする素振りもみせない。というより、本当に気にしてないんだろう。
 歩き始めたミラさんに続いて私たちも歩き始めた。

「ふあー!この街って、たっかい所にも建物があるんだねえ」

「ホント、おっきい……です」

「二人とも……足元見て歩かないと危ないよ」

キョロキョロと辺りを見渡し、時々人にぶつかりそうなレイアとエリーゼにジュード君が苦笑する。気持ちはわからなくもないけど、と私は周囲に気を配りながらレイア達のように見上げた。

「確か、あれが闘技大会が開かれる空中闘技場だよ」

 本で読んだことがあると説明すれば、レイアは目を輝かせて私を見た後、近くに建てられた石像を指差した。

「じゃああの大きな石像とか、あの布は何?」

「あの石像は過去の闘技会の優勝者達だよ。布の方は確か各部族の旗だと思うけど……」

風に揺れる旗を見て説明するけど、なんだか不安になってきた。ここに来るまでに読んだ本にはそう書いてあった気がするけど、こういうことはローエンさんの方が詳しい。ちらりと視線を動かせば、ローエンさんは大きく頷いた。

「正解、百点満点ですね」

にっこりと笑みを浮かべたローエンさんに、ほっと胸を撫で下ろす。読み間違えてたらどうしようかと思ったけど、合ってて良かった。

「ユウカって詳しいんだね」

「ここに来る前に本で読んだだけだよ」

感心するレイアに私は首を横に振る。私はこの世界のことを知らなさすぎる。折角行くのなら、と予習がてら船の中で読んでて良かった。

「でも字も読めなかったのに、この短期間でよく覚えたよね」

「みんなに教えて貰ったからね。それに文字が読めるようになったら本を読むのが楽しくて」

感心するジュード君に照れ臭くなって、私は小さく笑った。 読書は元々好きだったし、色々知りたくて読んだけだし、こんなに誉められるとは思わなかったからちょっと恥ずかしい。

「レイアも少しは見習ったら?」

「えーっ?本って読んでると眠くならない?」

呆れたようジュード君が言えば、レイアはあからさまに顔をしかめた。身体を動かすのが好きなレイアはじっと読書するのは好きじゃないんだろう。
 分かりやすい反応に私は小さく笑った。

「私は逆に目がさえちゃう方かな」

「僕も。続きが気になって眠れないんだよね」

苦笑するジュード君に頷いて、私も苦笑した。早く寝なきゃと思っても、読めば読むほど眠れなくなる。この前も、つい夜更かししちゃったし。

「この前も黎明王を読んでたら寝付けなくて」

「れいめいおうってなにー?」

不思議そうに声を上げたのは、エリーゼに抱えられたティポだった。エリーゼも知らないんだろう。首を傾げる可愛い仕草に頬が弛むのを感じながら、私はエリーゼ達に分かるように説明を始めた。

「この国の王様のことだよ。十二歳で部族の長として挙兵したすごい人で、戦争を終わらせて平和に導いた人だから黎明王……夜明けのように、明るい国を作った人って呼ばれてるの」

 説明すれば二人とも分かってくれたらしい。エリーゼが頷いてティポがへぇー、と相槌をうったその時。

「皆逃げろ!落石だ!」

 突然声を上げたミラさんに、私は空を見上げた。それと同時に上から落ちてくる岩が見えて、全力で地面を蹴って逃げる。すぐに背後から大きな音が聞こえて、私は背後を振り返った。岩の回りには土煙が舞っているけど、岩の大きさはよくわかる。岩は完全に道を塞いでいて通れそうにない。
 と、そこで私は慌てて辺りを見渡した。私と同じように逃げた人はたくさんいるけど、その中にジュード君達の姿がない。

「みんな!大丈夫!?」

まさか、下敷きになってないだろうか。でも、私が避けられたんだから、みんなも無事に決まってる。不安に声が震えそうになるのを感じながら岩の向こうに向かって声を張り上げれば、岩の上からティポが飛んできた。

「ボクたちは平気だよー!レイアが怪我しちゃったけど、お医者さんがいるから大丈夫!」

「ユウカこそ、怪我してない?」

ティポに続いて姿が見えないジュード君の声も聞こえたけど、その声からジュード君がすごく心配してくれてるのがよく分かる。怪我をしたレイアことは心配だけど、お医者さんいるなら大丈夫だろう。それにジュード君もいるし。
 胸を撫で下ろした私は、ジュード君達に向かって声を張り上げた。

「私も大丈夫だよー!」

無事を伝えれば、ティポが良かったー、と嬉しそうに回転しながら岩の向こうに消えていった。早く合流しなきゃ。
 私は近くで話していた夫婦に声をかけた。

「あの、向こう側に行きたいんですけど何か方法はありませんか?」

「もうすぐ船が来ると思うから、それに乗れば向こうに行けるわよ」

「あんたも観光客かい?運がいいのか悪いのか」

奥さんが河の方を指差せば、旦那さんの方は大きな声で笑った。運が悪い、なら分かるけど良いのか悪いのかって言われるのかよく分からない。首を傾げれば、旦那さんは肩をすくめた。

「落石なんて珍しいことじゃないよ。ある意味名物だからな」

「そ、そうだったんですか!?」

そんなこと、あの本には書いてなかった。やっぱり本の内容だけを信じちゃいけない。生唾を飲み込んでいると、岩の向こうからミラさんの声が聞こえてきた。

「私達はこのままワイバーンを探す!おそらく、辿りつく先は同じだろう」

ミラさんの提案に、身体が震えた。こんな落石が多い街を一人で歩くなんて……。
 でも、こんなところで駄々をこねるわけにはいかない。みんなの力になるために今まで頑張ってきたんたから、迷惑をかけるわけにはいかない。それに、ミラさんの決定はみんなの決定。私だって頑張らなきゃ。私は固く拳を握りしめて、大きく息を吸うと大きく声を張り上げた。

「分りました!私も探してみます」

 それから臨時の船に乗って、私は通路の向かい側に移動した。ジュード君達もいないかなと思ったけど、淡い期待は打ち砕かれた。辺りにみんなの姿はない。
 ため息をつきながらも注意深く辺りを見渡しながら一人で街を歩く。落石は落ちる前に破片や土が落ちてくるから、そうなったら要注意……って聞いたけど、怖いものは怖い。でも落石ばかり気にしててもみんなとは合流出来ない。みんなと合流するためには、ワイバーンを使役出来るっていう部族を探さなきゃ。

「街の人に話聞いたら分かるよね」

 気合いを入れ直して前を向いたそのとき、上から何かが落ちてきて反射的に飛び退く。また落石かと思ったけど、よく見たら落ちてきたのはしおりだった。拾い上げて見れば黄色いクローバーが押し花にされている。しかも絵の具で色が付けられていて、なんだか少しでこぼこしていた。
 上から落ちてきたから、誰かの落とし物かもしれない。近くにあった建物に目を向ければ、困った表情の女の人と目があった。

「もしかして、これ落とされましたかー?」

しおりを上げて声を上げれば、女の人が頷いた。年はうちのお母さんよりも少し上だろうか。何か言ってるようだけど、よく聞こえない。私は近くに階段をみつけると、女の人に向かって再び声を張り上げた。

「すぐに行きます!ちょっと待ってて下さい!」

 階段を上れば、エレベーターがあってビックリしたけど、これはありがたい。エレベーターに乗るのなんて何ヵ月ぶりだろう。ちょっとわくわくしながら乗り込んで上を目指す。大体の高さは覚えてるけど、流石に何階かはっきり分からない。それらしい高さの部屋を訪ねていくしかないだろう。間違ってたら全力で謝ればいいだろうし。 そう自分を励ましながら、私は女の人を探した。





 これがどれほど貴重な時間かなんて、この時の私は知らなかった。




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