56:好きな人。


 イバルさんと別れて、ラコム街道を歩く。時々魔物が出てきたけど、みんながいれば私の出番なんて殆どない。先陣をきってレイアが突撃し、ジュード君が慌ててそれを追う。二人を一歩引いたところでアルヴィンさんが援護して、その間にローエンさんやエリーゼ、ミラさんが詠唱を完成させて仕留める。私の役目は後衛の援護だったけど、この陣形が一番早く戦闘が終わるんだから、

「エリーゼ!」

考えているとエリーゼの後ろで倒した筈の魔物が起き上がって、私は地面を蹴ると魔物を盾で殴った。いつの間にか囲まれてしまったらしい。
 ジュード君達は前に出てるから、ここまですぐ来れない。エリーゼとローエンさんは詠唱中。私がなんとかしなきゃ。

「魔神!」

相手の間合いに入る前に、挨拶がてら衝撃波を放つ。そして相手が怯んだ所で私は距離を詰めた。

「瞬神、巻空旋!」

盾を横にして素早く突き、間合いに入った所で体を捻りながら風で巻き込み敵を打ち上げる。

「ピコハン!」

そこにエリーゼの技が発動して魔物は倒れた。でも魔物はまだいる。私は盾を強く握りしめて、襲いかかってきた魔物に殴りかかった。そして背後で聞こえたのは銃声と魔物の断末魔。アルヴィンさんが助けてくれたんだろう。

「ロックトライ!」

 私が吹き飛ばした魔物の足下が隆起して、三つの石柱が鋭く刺さる。でも魔物はまだ生きている。軽く呼吸を整えれば、ローエンさんが小さく笑って、タクトを振るようにレイピアを振った。

「変化は自在!」

石柱の中心から一際大きな石柱が突き出て、魔物が大きく吹き飛んだ。まるで踊るように魔術が姿を変える。これがローエンさんの得意とする術後調律。発動させた術を変化させる術。
 これでこちらの魔物は片付けられた。後ろを振り返れば、ローエンさんが得意げに微笑んでいた。

「お怪我はありませんか?」

「はい。ありがとうございました」

「いえ、お互い様ですよ」

頭を下げればローエンさんはいつものようにほっほと笑った。剣の腕もすごいけど、ローエンさんの魔術はすごく強い。高齢だから体力的に辛いんじゃないかと思ったけど、杞憂に終わりそうだ。

「ピーちゃん?」

 慣れたくないのに慣れてしまった呼び名に、私は声のする方に振り返った。どうやら今ので全部片付いたらしい。武器を仕舞って歩み寄ってくるアルヴィンさんにもお礼を言おうと私は口を開いた。

「アルヴィンさんもありがとうござ」

「お前、本当にピーちゃんか?なんだよあれ」

「い、いひゃいれふいひゃいれふ!」

と、思ったのに何故か両頬を引っ張られたからうまく喋れない。顔もなんか近いし、恥ずかしくて痛くてこの状況は辛い。言葉に出来ない代わりに睨んでみるけど、やっぱり効果はなくて、アルヴィンさんは眉間に皺を寄せた。

「こう、皮が剥がれて中から見知らぬおっさんが出てきたりとか、」

「するわけないじゃないですか!」

耐えきれなくなって、アルヴィンさんの手を払いのけて両頬を撫でる。きっと本気じゃなかったんだろうけど、それでもほっぺが痛い。それに何より、この顔を至近距離で見るのは辛い。……色々と。唇を尖らせていると、アルヴィンさんは私の頭を撫でた。

「悪い悪い、ちょっとびっくりしただけだよ」

笑って言うアルヴィンさんにそっと息を零す。驚かせたくて修行のことは伏せてたけど、こんなことをされたのは予想外だ。
 もう、と零しながら顔を上げると、青い空から一羽の白い鳥が飛んできてジュード君が声を上げた。

「アルヴィンの鳥だ」

「悪いな。すぐ終わるからちょっと休んでてくれよ」

アルヴィンさんが腕を構えれば、シルフモドキはアルヴィンさんの腕に着地した。私のときはいつも頭に着地するのに、どうしてアルヴィンさんのときは綺麗に着地するんだろう。

「あれって、手紙?」

「うん。アルヴィン前にもあの鳥で手紙のやりとりしてたよ。相手は女の人みたい」

 アルヴィンさんに聞こえないようにするためか、レイアが小声で話しかけるとジュード君も小声で答えた。何度か見たことあるけど、手紙のやりとりをしてる女の人ってどんな人なんだろう。やっぱり綺麗な人なんだろうか。
 ため息をついていると、なにかを思い出したかのようにレイアが大きな声を上げた。

「そういえばジュード、私がイル・ファンに出した手紙に全然返事くれなかったでしょ!」

「だってレイア、自分のことばかり書くからリアクションし辛いんだよ」

怒るレイアにジュード君が冷静に言葉を返して、ため息をついた。まめなジュード君だから気を遣って返事もきっちり返しそうだけど、そうしないのはそれだけレイアと仲がいいってことなんだろう。睨み付けられてもジュード君は動じることなく、呆れたように言葉を続けた。

「あと……字の練習した方がいいよ」

「うわ、ヒッドー!女子にそういう返しする!?」

「でも正直ひどい字だよ。筆圧も強すぎだし」

字を覚えたばかりの私にはよく分からないけど、レイアの字はそんなにひどいんだろうか。二人とも綺麗な字だと思うけど。再びため息をつくジュード君にレイアは眉をつり上げた。

「ジュードの字だって妙に丸っこくて男のくせにキモイ!」

「キモイって……!?それって差別じゃないか!」

「差別じゃないー。感想ですー」

「もー、全然論理的じゃないんだから!」

でもレイアの言葉に冷静なジュード君もついに大きな声を上げた。どうしよう。このままヒートアップしたら危ない気がする。私は慌てて声を上げた。

「お、落ち着いてよ二人とも!」

「ユウカもジュードがひどいって思うよね?」

「わ、私は二人の字はどっちも素敵だと思うよ」

 レイアに詰め寄られて、その迫力にのけぞる。相当怒ってるらしい。何とか笑顔を作ったけど、私はうまく笑えているんだろうか。

「ユウカ、相手にしなくていいよ」

「あっ!逃げた!」

踵を返したジュード君の背中をレイアが指差したけど、ジュード君は振り向かない。これ以上喧嘩にならないように身を引いたんだろう。
 やっぱり大人だなと関心していると、レイアがジュード君の背中を睨んだ。

「ジュードって本当にデリカシーないよね!」

「レ、レイア落ち着いて……」

「ジュードって昔っからああなんだよ。私だけなんか扱いひどいし」

頬を膨らませて腕を組むレイアは相当ご立腹のようだ。
 私はミラさんと何か話しているジュード君をちらりと見て、視線をレイアに戻した。

「でも、ジュード君があんな風に気遣ったりしないのって、レイアだけじゃないかな?」

「酷い扱いってことでしょ?」

「そうじゃなくて、」

なんて言えばいいんだろう。下手なこと言えば怒らせちゃうし。レイアは自分の扱いに怒ってるみたいだけど、これは悪いことじゃないと思う。頭の中で言葉を整理して、私は口を開いた。

「いつでもどんな時でも誰にでも気を遣うジュード君が、あんな風に本音を言える人って少ないんじゃないかな」

少なくとも私は、レイアといるときのジュード君は普通の男の子に見える。普通に怒ったり笑ったり、呆れたり。レイアと出会ってから、色んな表情のジュード君に出会えた。きっとレイアがいなかったら、私は優等生のジュード君しか知らなかったと思う。

「私はいつも気を遣わせてばっかりだから、ちょっと羨ましいよ」

ため息をつけば、苦笑が零れた。変に気を遣わせたくないけど、ジュード君の性格を考えると、それを指摘してもそんなことないよって否定するか、余計に気を遣わせるだけだろう。レイアようになりたいけど、きっと私じゃレイアのようになれない。

「……ユウカは、ジュードのことどう思ってるの?」

 考えていると、レイアが真面目な顔で私を見ていた。緊張しているのか、口元が変に震えてる。でもそんなレイアが可愛くて、私は小さく笑った。

「レイアは、ジュード君のこと好きなんだね」

「ち、ちがうよ!わ、私はただの幼馴染で……!」

図星なんだろう。顔を真っ赤にして首を横に振り、レイアは両手をバタバタと振った。こんな話をするのは何ヵ月ぶりだろう。なんだか楽しくなってきた。

「そういうユウカこそ、どう思ってるの?」

「命の恩人だよ。だから安心して」

にっこり笑って言えば、レイアが大きく息を吐き出したのが分かった。やっぱりレイアは可愛いなぁ。頬を赤くしながらも笑みを零したレイアは恋する女の子。
 微笑ましい気持ちで見守っていると、レイアはゆっくりと顔を上げた。

「ユウカはアルヴィン君が好きなの?」

「な、なんで!?」

「だって、アルヴィンくんと話してる時なんか楽しそうだし」

でもレイアの思わぬ言葉に、心臓が跳び跳ねる。そりゃアルヴィンさんはかっこいいし優しいけど、でもそんなこと考えたこともない。アルヴィンさんはこっちの世界に来て、不安だらけだった私の支えになった人。だから……そう。

「……そ、そういうのじゃないよ。アルヴィンさんも恩人だから」

『恩人』。この言葉が一番しっくりくる。ジュード君も恩人だけど、アルヴィンさんだって私の恩人だ。だから動揺することはない。落ち着かなきゃ、と自分に言い聞かせて私はコートの裾を握った。

「本当に?」

「本当だよ」

顔をのぞきこんでくるレイアにしっかりと頷く。目をそらしたら怪しまれてしまう。じっと見つめてくる大きな瞳に生唾を飲み込む。と、鳥が羽ばたく音が聞こえた。

「よーし、書き終わった!待たせたな。出発しようぜ!」

「ほら、呼んでるよ!行こう」

 アルヴィンさんの言葉に、私は逃げるように駆け出した。目が合ったアルヴィンさんが笑ったのを見てどきりとしたけど、深い意味はない。一般的に見て、アルヴィンさんは整った顔立ちだから。だからどきっとしただけで、深い意味はない。絶対に。それなのにどきどきが止まらなくて、私はアルヴィンさんと少し離れた所で足を止めると大きく息を吐き出した。





 この時から、少し意識しはじめたかもしれない。




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