かさなる影(1/2)


血生臭い地。頭上には幾羽もの烏が獲物を狙って飛び回り、死体が四方八方に転がるそこに、影が三つ揃った。笑顔の男─吉田松陽は笑みを浮かべ、白髪の少年─坂田銀時は死んだような魚の目をし、黒髪の少女─泉八重は殺気を立てる。

「屍を荒らす烏がいるときいて来てみれば……君がそう?またずい分とキレイな烏がいたものですね」
「先生、それ先生の口説き文句なんですか。俺の時とほとんど同じなんだけど」

死体の山に腰掛け、団子を食べていた八重は語りかけられるや否や団子を丸々口に含んだ。パンパンに膨らんだ頬をみて笑う松陽と銀時を睨みつつ、急いで咀嚼しゴクンと飲み込んだ八重は持っていた短刀を鞘から引き抜き戦闘態勢に入った。そんな八重を物ともせずに、松陽は銀時の背中を押し八重に近付けた。

「銀時、私の言葉は覚えてますか?次の口説き文句は君に譲ってあげます」

ニコニコと笑顔を崩さない松陽。銀時は嫌そうに顔を歪めるも、そっぽを向きながら八重に手を差し出した。少しの沈黙のあと、銀時がポツリと言葉を吐いた。

「そんな剣なんかいらねー。自分を護るためだけにふるう剣なんか捨てちまえ」

銀時の手に暖かいものが触れた。八重が手を握ってくれたのかと視線を前に戻すが、その手は赤く血塗れていた。手を高くあげ絶叫する銀時はすぐさま無表情の八重から離れた。

「は、はああああ!?先生!こいつ俺のこと切ったんだけどあり得ないんですけど!まさかこいつ連れて帰るつもりじゃねーだろうな!俺はぜっっってぇ嫌だからな!」

切られた手を見せながら微かに涙を溜める銀時の頭を撫で、松陽は八重に一歩、また一歩と近付いた。徐々に近付いてくる松陽に向かって慣れたように身を構える八重は子供とは思えないほどに落ち着いていた。

「剣の使い方がなってませんね」
「……ガキがこれ一本で生きながらえてることを褒めてほしいくらいなんだけど」
「喋れんのかよお前。ならまず俺に謝れよ」
「うるせぇ天パ」
「っおま!初対面で天パをバカにすんじゃねー!」

同い年くらいの八重と銀時のやり取りを微笑ましそうに眺めた松陽は、八重に向かって自身が携えていた短刀を投げた。カシャンと音を立て鞘から少し抜けた刀は、八重が屍から剥ぎ取った短刀とは違い、よく手入れされ、刃こぼれもなくキレイに光っていた。

「弱さの為に刀をふるう。君には似合わない」
「…待て松陽。俺このシーン見覚えが」
「これからはそいつをふるいなさい。敵を斬るためじゃない、弱き己を斬るために」
「デジャブゥゥウ!」
「己を護るのではない、己の魂を護るために」

松陽は真っ直ぐ目を向けてくる八重に背を向け、銀時の手の傷に布を当てるとそのまま歩き出した。銀時は後ろを振り返り舌を出した。

「その剣の使い方を知りたければ、着いてきなさい」

松陽と銀時はそこからどんどん離れていく。八重の目に小さくなっていく2人が映る。足元に烏が一羽降りてきたのをきっかけに、短刀を捨て、松陽の捨てた刀を拾い勢いよく走り出した八重は二人を追いかけた。地面を蹴る音を聞いた松陽は立ち止まり、笑顔で振り向いた。銀時は鼻をほじりながら口をへの字に結んでいた。なにも言わずに目の前で立ち竦むだけの八重を、松陽も何も言わずに片手で抱き上げ、もう片方の手は銀時と繋いだ。銀時は鼻くそを八重に飛ばしながら言った。

「お前、名前は」
「八重。あんたは」
「俺は坂田銀時。お前のが後輩なんだからさん付けにするか先輩って呼べよ」
「分かったよくそ天パ」
「なにが分かったの?なにも分かってないよねお前。初対面の人に向かって天パとか躾もなってねーし、教養が必要だ」
「は?」
「銀時の言うとおりですね。私は吉田松陽。八重、松下村塾へようこそ」

これが、3人の出会い。こうして白髪と濡烏の子供を連れた侍が、私塾を開き金もとらずに貧しい子供たちに手習いを教え始めた。




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