忘れないでほしい(2/2)


京へ戻ってきてから数日が経つも、銀時と女の姿が頭から片時も離れず胸を痛め続けている八重。幕吏の会合の闇討ちにも参加せずにただひたすら自室でキセルを吹かす八重にまた子は出来る限り明るく接した。楽しかった食事も静かで、また子が笑えば笑みを返す八重だが、作り笑いだと分かるそれは見ていて痛々しいと武市が呟いた。

「先輩、お風呂行きましょう。今日はミントの入浴剤ッスからさっぱりしますよ!」
「お、まじかー。夏にピッタリだね」

風呂に向かう途中、高杉が、武市が、万斉がと話が途切れないように口を動かすまた子に八重が一言感謝を述べた。いつも通り"女"の札の掛かった脱衣場で着物を脱ぎ、風呂場で体を洗い青色の湯船に浸かった八重は片腕を湯から出し入浴剤の成分でスッとする感覚に感動していた。そんな八重のことを黙って見ていたまた子はずっと聞けずにいたことを口にした。

「先輩、江戸で何があったんスか……あれからずっと元気ないッスよね。晋助様とケンカでもしました?」
「晋助とはなんもないよ、心配かけてごめんね。私もこんな風になるなんて思ってなかったからちょっとビックリしてんだ」
「何があったか聞いてもいいッスか?」
「好きな人に、新しい想い人がいたの。ただそれだけのことなんだけど、かなりダメージくらったっぽい」

乾いた笑顔を見せる八重にまた子は湯の中で拳を握りしめた。女湯の時間が終わりに近づき二人は風呂を出て廊下を歩きまた子の部屋の前に着いた。おやすみ─呟き自室へ戻ろうとする八重の腕を掴み部屋へ引き入れたまた子は八重を床に座らせ向かい合った。

「本人に聞いたんスか、新しい恋人だってそいつ本人に言われたんですか」
「いや、言われてないけど……二人とも雰囲気が良かったし」
「それじゃあ分からないじゃないッスか!先輩の勘違いかもしれない、二人はなんでもないかもしれない!落ち込むにはまだ早い!もう一度確認してくるべきッスよ!」
「また子……」
「百聞は一見にしかずって言葉がありますけど、見ただけじゃ分からない、気持ちは聞かなきゃ分からないッス」

また子の力強い説得に頷いた八重はまた子の部屋を出ようと引き戸を開けたが、戸の目の前にいた武市とぶつかりお互い尻餅をついた。その衝撃で武市の服から鍵が落ち、立ち上がった武市は八重の手を引き起こすと落とした鍵に気付かないままその場を離れていった。

「八重先輩、それ小型船の鍵ッスよ。今から出れば明日の昼前には江戸に着くッス」
「うん」
「晋助様は外に出てる…行くなら今ッスよ!」
「うん。ありがとうまた子、大好き。武市もありがとう!」

部屋を飛び出していった八重を見送ったまた子は、部屋の窓から小型船が飛んでいくのを見ていた。気配を感じ後ろを振り向いたまた子の目に映ったのはいつものポーカーフェイスの武市だった。

「晋助殿に知られたらどうなるか」
「それは……その時考えればいいッス。あんな八重先輩、見たくないッスから」
「いつもの八重さんでいてほしいのは私も同じですよ」

鬼兵隊の船から小型船はもう見えなくなっていた。数時間後、小型船を飛ばし続け江戸に着いた八重は一心不乱にかぶき町を目指して走ったが、地理が分かっていないがために迷っていた。見覚えのない大きな道路を渡り細い路地に入り、適当に万屋事銀ちゃんを探していると人だかりを見つけた。野次馬に行こうとしたが、その中心で目当ての人物を見つけてしまいそこに近付くことは出来なかった。

「銀時……」

祭りの時と同じ格好の銀時が祭りの時とは違う女と一緒にいることに気付いた八重は目頭に熱くこみ上げてくるものを感じた。それは、仲良さそうにじゃれあう二人、女の紫色の髪をくくる赤い簪を見た瞬間に頬を流れ、痛みではなく怒りが感情を支配した。一言罵声でも放ってやろう、そう思った八重が呼吸を整えていると、後ろを振り向いた銀時と目があった。驚いたように目を見開いた銀時は八重の名前を叫ぶが、八重は銀時に背を向けその場を走り去った。少し走ったところで立ち止まってみたが、銀時が追い掛けて来ることはなかった。髪の毛をくしゃりと握りしめた八重は失笑しすぐに江戸を飛び立った。
夜中に鬼兵隊の艦に戻ってきた八重は声掛けもせずに高杉の部屋の戸を開けた。起きていた高杉は風呂上がりなのか顔の包帯は巻いておらず素顔を八重に向けた。

「よくノコノコと帰ってこれたな。勝手なことしてどうなるか分かってんのか」
「また子と武市は悪くない。私が勝手にしただけ」
「そうかよ。じゃあテメーだけ粛清してやる」

伸びた高杉の手を取った八重は、高杉のはだけた浴衣から覗く胸板に顔を押し付け腰に強く腕をまわした。優しいく八重の髪を撫でる高杉はなにも言わずにキセルを咥え紫煙を漂わせた。

「ずっと待ってたのに。迎えに来てくれるって約束したから待ってたのにさ。約束守って迎えに来てくれたのは晋助だったよ」
「薄情なやつだな」
「本当にな!女好きなのは知ってたけど、祭りの時とは違う女と一緒だった」
「いつの間にそんなモテ男になったんだ。コツを教えてもらいてェもんだ」
「しかも私の簪を女が挿してたの!あいつには思い出とかそんなものも何もないんだって、ただの簪でしかないんだって…」
「あの簪はてめぇの意思で返したんだろ。とやかく言う筋合いねぇだろうよ」
「そうだけど……ムカつく。私だけ好きだったみたい、私だけ想ってたみたいでムカつく!…女がいるのに名前呼んでくれたのも、ムカつく」

高杉の胸で泣かないのは既に泣いた後だからか、月明かりで見える八重の赤くなった目元にキスを落とした高杉は、キセルの灰を落としそれを束ねた八重の髪に挿した。上手くまとまらずにハラリと数本こぼれた髪の毛を手に高杉は呟いた。

「俺の女になる気になったか」

妖しく笑う高杉の唇に自身の唇を重ね、髪からキセルを抜いた八重は高杉を押し倒し自身も着物を脱いだ。喉をならした高杉の浴衣を脱がせた八重は、まだ大きくなっていない高杉のそれを手にし上下に動かした。

「晋助の女になれたら楽だろうね。でもならない」
「言ってることとやってることが違ェな」
「たとえ銀時が他の女を好きになっても、私は銀時がいい」
「俺はアイツの代わりか?たまったもんじゃねーな」
「なにを今更。銀時だと思って抱かれろって言ったくせに」
「あれから何年経ったと思ってんだテメーは。いい加減俺と寝ろ」

自身のそれを握っていた八重の手を離し噛み付くような口付けをすると、今度は高杉が八重を押し倒した。下着を脱がされ指が這い濡れそぼった秘部に高杉のものが入ると八重は高く声をあげた。激しい腰の動きと締め付けの末に二人は果て、布団も敷かず乱れた布の上で眠りについた。
翌朝窓から溢れる日の光で目を覚ました高杉は、八重が隣からいなくなっていることを確認すると着物に袖を通しキセルを咥えた。体を合わせ眠りについても高杉が目覚める前に八重が姿を消し一緒に朝を迎えることはない。それが二人の関係を示していた。

「三千世界の鴉を殺し ぬしと朝寝がしてみたい」

三味線を奏で詩う高杉はそこはかとなく寂しげだった。



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