姫の目覚め



「あなたは、異能力のことをどう思いますか」

彼は当てていた指先をそのまま前髪を払うように緩やかにして額を何度か撫でた。先ほどから続く彼の行動の意味がわからず呆然と見上げると、彼はゆるりと笑う。

「覚えていますか?あなたは大変面白い答えを返してくれました」

確かに覚えている。フョードルの率いる組織についてバラ園で尋ねた時に、私に返された質問だ。
あのとき私はバラに例えて、異能力には棘のような、

「副作用がある、と。まさか、」

「ええ、その通り。あなたの祖父は異能力を持っていました。それを父親に受け継がせたのです」

「そんな…異能力者なんて、聞いたことなかった…それで、受け継がせたって…」

「異能は肉親にのみ譲り渡すことが出来ます。彼らの異能とは催眠術のようなものであったようです」

まさか父と祖父が異能力者であったなんて思いもしなかった。二人ともそのようなそぶりは一切見せていなかったのに。そうだ、母と祖母は知っていたのだろうか。私だけ知らされていなかったのだろうか。

「なんかわかってきた…催眠術ってことは、二人はそれで裏社会の人たちを騙して、輸入した武器を売りつけてたってこと?」

「はい。上手く仕入れて組織に高額な価格で売りつける。組織にとっては大きな痛手のはずですが、異能のせいで商談を結んでしまう、という手法だったようです。他にも誤作動を起こす品が多く混ざっていてそれによる事故も度々起きていたようですが、組織側が彼らを疑うことはなかったのです」

「そう…そんなこと、してたんだ…」

心をどん底に落とされた気分だった。
今まで暮らして生きた環境はそれらによって得た金で作り上げられていたのかと思うと、とても恥ずかしくて、自分を構成する全てが悪であるかのように感じた。

「ですが、あなたの祖父も初めから武器の売買に手を付けていたわけではなかったようです。裏組織側の記録によると、彼が起業して五年ほど、三十五歳のころであったようで、名前さん、あなたのほうが何か知っているのでは?」

罪悪感に飲み込まれてしまいそうななか、なんとか彼の言葉に答えようと頭を回転させる。
祖父が三十五歳、となると父親が小学生のころの話だ。何かあったかと記憶を掘り起こすと、ひとつだけ思い当たることがあった。

「おばあちゃんが、事故にあってその三年後に亡くなったって聞いた…」

「恐らくそれでしょう。入院費が必要になったからかもしれませんが、そのせいで異能さえ使う闇商売を始めるでしょうか」

「知ってるの?フョードル」

そうだ、何か理由があるに違いない。祖父も父も、私は尊敬していたのだ。一縷の希望にすがるように問いかけた。

「事故は異能力者集団が街で起こした暴動に巻き込まれたからでした。そのせいで彼女は植物状態のまま三年、そのまま死に至りました」


思わず口を手で覆った。


悲惨すぎて何も言えなかった。


「あなたの祖父はその異能力者集団と周囲の組織さえを対象にして一番着実に苦しめていく方法で復讐を始めたのです。それが広範囲に及ぶようになり、その意は母が殺されたあなたの父親もわかることであったでしょう」

そんな憎しみを抱えて生きていたなど、全く、知らなかった。私はやっぱり、何も知らなかったのだ。

「何も問題はありませんでした。会社は成長し、裏社会の組織は原因を自覚することなく着々と力を弱めていきました。しかし、そうですね、副作用とは少しずれますがどんなものにも、異能にも欠点はありました」

いつの間にかフョードルの手は離れていた。
もう、悲しむのにも疲れてきた。

「放火のことに話を戻しましょう。三年前のある日もあなたの父親は異能を使いました。そしてそれは完璧なはずでした。ただどういうことか、自分たちは騙されていると相手は気づいた。全く、どんな人なのでしょうね。お逢いしてみたいものですが」


「その人たちが家を燃やして、そっか…だから会社も潰れたのね、報道されなかったのも裏からの圧力のせい、親戚が助けてくれなかったのも…。だれ…?私の家に火をつけたのはだれ!?教えて、知ってるんでしょ!」

「とある港町に拠点を置くマフィアです」

「マフィア、」

「そこも異能力者集団ですが、あなたの祖母を巻き込んだ事件を起こしたところとは違います。彼らはただ騙された報復をしたのみです」

「それじゃあ…私は、私はだれを恨めばいいの…?だれを憎めばいいの…!?」

両手で顔を抑えて下を向いた。
悔しくて、憎らしくて、どうしようもなくて涙が出てきた。

「名前さんの家に火を放ちここまで追い込んだのはマフィアですが、それは父親と祖父ににも理由があります。しかしそうなった元凶は祖母を殺した異能力者集団です。恨むにしても、遠すぎる」

すると額を彼の掌で軽く押し上げられ、無理矢理フョードルと目があった。瞬きをして涙が頬を伝うと、額からするりと降りてきた彼の左手によって拭われた。

「そこでぼくは考えるのです。恨むべきは異能だと」

私の頬に手を添えたまま、彼は語り続ける。じっと私を見つめる紫色の目から、視線が離せなかった。

「だれかがこの世の罪、異能力を浄化しなければならない。罪とは意識、詰まり頭の中にあるのです。地獄だってそうです。そうでしょう?名前さん。ぼくは異能力のない世界を創りたいのです。それを可能にする方法がひとつだけあるのです」

乾いた大地に水が吸い込まれるように、彼の言葉が耳に入ってくる。

「そのためにはあなたの力が、父親から譲り受けたであろうあなたの異能が必要なのです。名前さん、最期に彼に何かされませんでしたか?」

「手を、指を絡めて、強く握られた…そして『これが永遠に私のなかで眠ることを祈ってる』って…お父さんは何か渡してくれたの…それははおじいちゃんからの異能だったのね…」

フョードルは空いている右手で私の左手を握った。ちょうどお父さんがそうしたように、指を絡めて。


「名前さん、一緒に罪に汚れた世界に、地獄に、救いを与えましょう。ぼくに、ついてきてくれませんか」



私はすう、と息を吸って一呼吸置いてから、


「…ええ、喜んで」


手を握り返し、彼を見上げて微笑んだ。

「あなたの云う通りね…異能力さえなければ、私が独りぼっちになるのも、お父さんとおじいちゃんが復讐に走るのも、おばあちゃんが死ぬこともなかったのよね。私にできることがあるのなら何でもするわ」

「嬉しいです。ありがとうございます、名前さん」

彼は言葉の通り至極嬉しそうに目を細めた。

「その名前さんっていうの、変えない?なんだか気になるの」

「そうですか、どうしましょうね、名前でいいですか」

彼の口から呼ばれる私の名前に喜悦を感じた。依然頬に添えられた手のほうにそっと首を傾げる。

「そうして、ね…フェージャ」

流石に私の呼び方に驚いたのか、目を丸くし、それから三日月のように口をあげて、うっとりと笑った。

「なんて素晴らしい…」

そして彼は体を前に傾け、手で顎を軽く上げた。顔に彼の髪の毛がさらりとかかって揺れると、くすぐったかった。

「目覚めのときです。眠り姫」

その言葉のあとに唇に触れた彼のそれは、想像よりずっと温かく、柔らかかった。今まで何度も疑ってきたが、彼に血は通っていて、間違いなく人間だという証拠だ。

私にとっての救いはこの人だったのだ。私も思う、ああ、なんて素晴らしいのだろう。


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