【calp diem】finale







「とうとうこの日が来ちゃったわね?もうしのごの言わないわ。元気でね!キューレちゃん!待ってるわよ!」
ハンストレプトがひょいひょいとお手玉で遊んでいるのを眺める中、馬車が到着したのと同時にロナンシェが姿を見せた。荷を積み、最後は自分が乗るだけ。そんな時に現れるのはいささかズルいと思いながら、最後に違いに強く強く、握手を交わした。
「世話になるよ、最後の最後まで。君の慰め役はハンストレプトに託しておいたから、まぁ泣きたくなったら少年の胸を借りると良いよ」
「ちょっとぉ、そうやってどうしてもアタシが生き辛い所におくわよねぇ…。って、ハンストレプトにあげた餞別があのお手玉なの?もしかして。随分昔から持ってるやつじゃなかったかしら?もう少しいいものをあげたら良かったんじゃなぁい?」
「え?」
キューレは瞼を開いた。その反応が意外だったのか、ロナンシェもつられて瞼を見開く。違いに困惑して固まったところを、ハンストレプトが交互に眺めていた。
「……あ、そう。言ってなかったっけ?意を汲んでくれるかと思ってたけど、…そうか、ローナには話してなかったんだっけ。あのお手玉は俺が一番初めに覚えた曲芸だよ。」
「ええ?そうなの?聞いてないわよ??」
 付き合いが長いとなると、言った言わないが多くて困る。そのうちに言ったつもりにもなるから恐ろしい。キューレはどうしたものかと間を紡ぎ思考したが、その内に悪戯に笑い出し、じゃぁいいや、と締めくくった。その一言に今度はロナンシェが激昂する。
「ちょっと待ってよ!そんな大事な話、私に内緒にしたまま行くつもりなの!?」
握手した手を離し、肩をがくがく揺さぶる勢いで食らいついてくるロナンシェの顔が近い。クレハがあっちを向いている隙にキスの一つでもして話を逸らそうかと企んだが、喧嘩別れは良くなかろうと堪えることにした。馬を宥めるようにどうどうと両手を仰ぐ。
「一生言わないなんて言ってないじゃないか。そうさなぁ、戻ってきた時に、ハンスが上手にお手玉ができるようになっていたらね、君に教えることにするよ。」
「ぬぅ…」 
 先延ばしにされるのは好まない。次に会えるのが何年後かの保証もない。けれど、それは確かにまた会おうという約束になる。
約束をする、それは生きるということ。


「………今回はそれで収めてあげるわ。男の約束よ!」
ロナンシェは長いため息を吐いた後、気をとりなおした様に顔を上げ、拳を突き出した。男の約束、てっきり「男」に戻るかと思ったが、口調は置いても心意気は彼の本質を見出すようだ。それが可笑しく、キューレは含み笑いを浮かべる。こつりと違いの拳を合わせて、確かな約を結んだ。

馬車は西方に向けて歩み出す。

すれ違う知人、客、友人、…違いに手を振り合って、キューレは街の門を潜った。






















この街に残るなら、
今と変わらぬ仕事をして、結婚でもして、穏やかに暮らしていけるだろう。
けれど、そんな未来は自ずと蹴ってしまった。
自分にとっては求められない未来だったのかもしれないと、今になっては思う。


 馬車の窓ガラスに映る自分の顔に、森の景色が映った時、アルディオの挑発的な言葉を思い出した。彼はアンゼと共に生きていくと言い、自分以上に幸せにしてやると言い放った。結婚式会場のど真ん中だったこともあり取り繕ったものの、微笑みに目の奥が追い付いていないと後にロナンシェに諌められる。プライドが高いキューレからしてみれば、歳近い男から煽られていい気はしない。
 去り際にどうしてやろうものかと逡巡したものの、結局アンゼにもアルディオにも会わぬまま街を出ることにした。資産の面ではとっくに始末を終えているし、ココノエやヴィンフリートのようにおすそ分けの一環として“寄付”したものはある。第一、自分とアンゼの結婚指輪を売ってくれれば結婚資金くらいは稼げるはずだし、「先の夫」の影というのは嫌でも付き纏う。ならば、わざわざちょっかいを出さなくてもことは足りる。啖呵を切ったのだから、嫌でもアンゼから離れることはないだろうし、傍にいてくれる男こそが彼女には求められるのだと知っているので、過去の男は過去の侭去ることにした。


心残りはないとは言えないが、それに勝り前に進む理由がある。
だから目頭が熱いのは気のせいだ。年甲斐もなく沁みてくる。
散々腐心した末に決めたことで、そこには手放さなければならない物がある。
分かりきったことだ。心の何処かで覚悟していた。馬車に乗り込み街を抜け、あの暖かな街並みが遠のいた今、包まれていた温もりが晴れていく。それは晩夏の肌寒さに侵食されるように、体の芯を締め付けて苦しい。




一人で道化は演じることは為らず、忸怩する必要もない。
キューレは俯いた侭、目頭を押さえ、溢れ出る感情に向き合っていた。














(ねぇ、ローナ)







神の道化師という話を知っているかい?
孤独の道化師が、世界を旅し、金色のお手玉で民衆の希望を紡いでいくお話だよ。





このお話にはやたらと眠たいネズミも出ては来ないし、首切り女王も出てこない。冒険家の少女も出てこない。終わらない茶会の輪廻の中にいた“気違い”がね、その輪廻から抜け出したのかもしれないね。




道化師は飢餓の為に死んでしまうが、その死に場所は神のお導きにより生まれ故郷の聖母様の下になる。


道化師の最後の曲芸は金のお手玉。優しく微笑む聖母に看取られて後光の中で眠るんだよ







終わらない茶会で延々と生きている“気違い”と、息絶えた道化師は、どちらか幸せだったろうね





その答えは、きっと










end.
Thank U for MIF!*

(作中引用:フランス民話/神の道化師より) 








おまけ。








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