「ちょっとぉ!?SOLD OUTってどういうことよぉ?!しかも家の所有権がアタシになってるんだけど、どーなってるのよキューレちゃん!」 喫茶リーフのカウンターでヴィンフリートとランチをしていると、ロナンシェが血相を変えて2階から下りてきた。事務仕事をしていたらしく、何枚か書類を握りしめている。 「ローナ、書類が効力を発揮しなくなるよ、丁重に扱わないと。」 「どうしたんだいロナンシェさん?」 カウンターに並んで仲良く首を捻っている男二人の前に立ったロナンシェは、額に青筋を浮かべて元凶であるキューレを睨みつけた。 「聞いて頂戴ヴィンフリート!最近ずいぶんと書類が多いと思ったら、いつの間にかキューレちゃんの家がアタシのものになってたのよ!?役所やら不動産屋やらやたらと広告が届くかと思って調べてみたら!私に内緒で勝手に進めるにもほどがあるってもんでしょ!!第一!帰ってくる気があるんなら置いておけばいいじゃない!!」 怒り任せに持っていた書類を机に叩きつけ、ロナンシェは腕を組んで鼻息荒く仁王立ちをした。イライラがピークで男口調に戻っていないのが唯一の救いだ。ヴィンフリートが「落ち着いて、」とロナンシェをなだめつつ、書類を引き寄せてキューレと共に覗き込んだ。キューレはあっけらかんとしたもので、まじまじと書類を眺めるヴィンフリートの視線が向いても、微笑みを絶やすことはなかった。 「あのねぇ、固定資産税とかいろいろあるんだよ?何年戻ってこないか分からないんだから、うまく使ってくれたら良いじゃないか。夢の不労所得ってやつだよ、ローナ。子供だって、どうせ産んだ先から孕んで何人生まれるんだか分かったもんじゃないんだから、クレハを楽させようと思ったらこういう財産を持っておかないと。」 「お、…!お金の問題に騙されないわよ!!クレハちゃんを鶏の親戚みたいに言わないでちょうだい!」 「え、ええと、まあまあ……。うーん……でも、考えようによるんじゃないかな。ほら、キューレさんが留守の間、預かってあげると思えば、さ…」 すっかりこの場の宥め役に回っているヴィンフリートが、苦笑と共に割って入る。ギリギリと歯ぎしりをしながらむかっ腹を堪えるロナンシェに涼しい顔を向けつつ、キューレはもう一枚、懐から書類を引っ張り出してロナンシェ差し出した。 「何よこれ?」 「家の引き取り予定。」 ロナンシェは瞼を細めて細かな字を一つ一つ追いかけていく。 「要り用なものは向こうの国に先に送っておくからね。それは明日にも終わるから。その後は、要らないものをどう処分しようかと思って。使ってない布はアルルコットに一部寄付をしたし、ココノエにも一部送っておいたり色々と配送手続きは済んでいるから、管理はよろしくね ![]() あ、ローナとクレハにあげる結婚前祝いの品も用意しているから、取っておいてね。全部終わったら清掃が入るからよろしく。家は好きに使っていいから。シェアハウスには持ってこいだろうし、リゾが彼氏と住んでもいいよねぇ? 」 ねぇ?とカウンターの隅でナッツをつまみ食いしようとしたリゾに話を振ると、耳尾がピン!と立ち上がり「ふぁい!」と大きな返事をした。ロナンシェの視線がその背中に突き刺さる。 「それにしてもすごいねぇキューレさん、本当に綺麗にして行くんだね…」 作業工程一覧を目で追いかけながら、ヴィンフリートは感嘆のため息を漏らした。 「君も何か貰って行ってよ。何がいいかな?本とか?」 本かぁ、と天を仰ぎながらヴィンフリートはぼやく。今、欲しいものはなんだろう。逡巡したところで、すぐには思い浮かばなかった。 「そうだなぁ、近いうちに直接伺わせてもらおうかな?何が残っているのかもわからないしね」 「期待しない方がいいわよヴィンフリート!なぁんにも残ってないわよきっと!キューレちゃんの家にあるものなんて仕事絡みのものしかないんだから、もう蛻の殻に決まってるわよ。本なんて集め出してきりがなくなって大雪崩が起きて以来、レオの所で借りるようにしなさいってアタシが説教したくらいだし。何年前だったかしらね?ほんとにもう!」 「酷い言い草だねローナ。共通の趣味が出来てからは、二人で愉快なものを集めたりしたじゃないか」 「なぁによそれ?」 カウンター越しに違いに鼻を付き合わせて瞼を細める。にんまり笑っているキューレが音もなく、何事かを囁くと、ロナンシェは蒼白になった。 「クレハに見られる前に小生の部屋に担ぎ込んだものがねぇ、あれどうしようか?包装してヨルクにでも流すかい?それとも新婚のラルウェ…、ああ、此処に貰い手がいるじゃぁないか!」 キューレは満面の笑みでヴィンフリートの背中を叩いた。パシパシと叩いた後に肩を組んで徒党を組もうとするのを割っていき、ロナンシェは、血相を変えて制止を訴えた。 「やめて頂戴!!クレハちゃんの目の届かない所に捨ててよ!」 「一体何を隠しているんだい?」 「そうだぞロナンシェ!私に隠し事なんて許さないからな!」 やんやんやと男3人でもみくちゃになっている中、気づけば一階に降りてきていたクレハが無邪気に介入する。その時のロナンシェの顔があんまりにも面白くて、キューレは腹を抱えて笑った。ヴィンフリートを盾にしてなんとかやり過ごすうち、クレハの好奇心を諌める為にもロナンシェは二階に連れ立って行った。「後で覚えてらっしゃい!」と負け犬の遠吠えが聞こえる。 「ロナンシェさんと本当に仲が良いんだね、キューレさんは」 ほとぼりが冷めた頃、ヴィンフリートがしみじみと問いだした。つまみ食いのお叱りを免れたリゾがコーヒーのお代わりを継ぎ足す合間を置きながら、キューレは穏やかに笑う。耳元には蝶のピアスがきらめいていた。 「お互いね、似た者同士だから。」 「ふふっ、似た者同士かぁ」 仲間がいるというのは支えだ。和気藹々と笑いあえる仲間は尊い。どこにいっても途切れることがない絆があれば、苦難も乗り越えていける。 「そういえば、何の話をしていたんだっけ?」 ヴィンフリートは継ぎ足された珈琲を一口啜りながら、時計を眺めた。だいぶランチに時間を取っているが、お互い今日は非番なので、まだまだ急ぐ予定はない。キューレはしばし記憶を遡ると、傍に添えてあったメニューを手に取った。それはディナー用のドリンクメニューである。 「君が帰ってきた時の話をしていたんだよ。」 渦中にはいなかったからさ、と口端を吊り上げて笑う。 昼から酒を嗜みつつ、語るっていうのも悪くない。 ヴィンフリートはメニューを受け取り眺めながら、「ボトルは何がいいかい?」と問うてくれた。 ![]() loading [mokuji] [しおりを挟む] |