【スリジアの隣人】






 





 「あ、」
 「え?」

 スリジア祭り中盤の午後、参加者の群衆から見覚えのある青い髪を見つけ、思わず声を漏らした。意図せずとも相手に聞こえたらしく、互いに目を合わせる。

 「フィロメーナさん?」
 「え、え?ベルホルト殿…!?」

 戸惑いを含んだ再会となった。




 執事二人に暇を与え、屋台で適当なドリンクを二つ購入した足でベンチへ赴いた。腰を下ろして見上げると、スリジアの樹が聳え、青空に葉の色が映えて美しい。すっぽり葉の傘に収まると初夏の外気も涼しく感じ、漏れ差す木漏れ陽が美しかった。

 「コンテストの衣装、なのか?」
 屋台で買ったレモネードを飲みながら、フィロメーナはベルホルトの衣装をまじまじと観た。勤務中に会えば騎士服を着ているし、何かと煌びやかに着飾っていることが多いベルホルトが、アラビアンな衣装を身に纏っている。なかなか珍しい光景を前に、戸惑いを隠せない。幼馴染の視線を頭からつま先まで受けつつ、ベルホルトはモヒートを口にした。初めて飲む初夏のカクテルは、ミントとラムとシュガーが効いていて美味しい。かしゃかしゃクラッシュアイスをストローで混ぜながら味わう。その仕草も新鮮で、庶民感覚というものを体感していた。
 「仮装というから、執事と3人で揃えてみたんだ。普段と変わらない様では意味がないと思ってな。」
 「なるほど…。それにしても思い切りが良い…。」
 「個人的な興味で来ているから好き勝手やっているよ。家柄の用事で来ているわけではないから。」
 「…………なるほど、はっちゃけたということか?」
 「如何にも。資料集で見つけたときにこれだと思ってな?」
 隠すことなく経緯を話し、ベルホルトはふわりと微笑んだ。別宅に移り住んで、好きなところに行って、たまに羽目を外し、冒険もする。逸脱した分だけ、昔を振り返り変化を楽しむ。フィロメーナと話していると、自分の話題が楽しく感じた。加えて周りも浮き足立っているのだから、上機嫌になるのは必然だ。
 穏やかな表情で語る横顔を、初夏の風が撫でていく。スリジアの香りを巻き上げたと同時に、一枚の葉を落としていった。それはフィロメーナの青い毛先の軌跡を辿り、やがて白い膝の上に落ち着く。


 「そうだ、スリジアの葉を探すんだった。」

 ベルホルトはこの祭りの目的を思い出し、舞い落ちた葉を拾い上げた。ハートの葉が紛れているというスリジアの樹を見上げる。嵌めかけの何万ピースパズルの様に、細かなものが連なってできる葉の傘から、ハートを見つけるのは困難を極める。だが、果敢に挑戦をしていた者はいたようで、組んだ膝を解いた時に枝を踏んだ。
 「午前中に、シエラ殿が挑戦してたらしいですよ」
 「ほう…?」
 枝をハサミで落としていた少女がいたらしい。ハートを見つけたのかは分からないが、随分散らかした形跡がある。落ちた枝は清掃員によって脇に掃かれたものの、ベンチの下には残っていた。ベルホルトは前屈しながら足の合間に手を伸ばし、ベンチの下から枝を拾う。幾重にも葉をつけた侭の枝には、ハートの葉が一枚だけ付いていた。
 「あ」
 フィロメーナが口元を押さえた。うっかり声を出してしまったことを恥じてか、そっとベルホルトの表情を伺った後、「それがハートの葉だ」と教えてくれた。
 「…………これか?」
 ベルホルトはまじまじとハートの葉を眺めた。見つけるにはもっと苦労をするかと思っていたが、案外傍に落ちていて、拍子抜けする。出会いの葉、という話題で持ちきりだと聞いていたが、今のところ、ベルホルトに新たな出会いの兆しはない。一通り眺めた後、急速に興味を失い、最終的にフィロメーナに差し出した。
 「ええ!?勿体無い!そんな!自分で使ったらいいのに!」
 「いや、…考えてみれば、少し前に幾つも出会う機会があった。私には過ぎた事だから、君にやろう。」
 「え?」
 「執事二人もそうだし、ニグレドとも話す機会があった。環境を変えると出会う人間も違うようだ。今後も幾らでも出会うチャンスが巡ってくる。だから君に渡すよ。」
 共に別宅の門を潜ったガロット、乗馬を機に押しかけてきたシャン、錠前師のニグレド、…
 家柄の枷を捨てた訳ではないが、鎖は大分長くなった。故に、今後も幾重にでも出会いが訪れると確信している。
 急ぐ必要もない。ゆっくりまったりと、酒を飲み交わしたり食事をしたりしながら、互いを知っていけばいい。
 「機は神の采配に任せるよ。私はまだ揺蕩うのだ、風に運ばれたこちらの葉の様にな。」
 さきほどフィロメーナの膝に落ちた葉を指先に取り、ひらひらと揺らしながらそう告げる。ふわりと微笑みながらハートの葉がついた枝をフィロメーナの手元に押しやると、漸く受け取ってもらえた。
 「で、では…貰っておく…。なんだかすまない…。」
 「いや、良き出会いを見つけてくれ。君も社交界を離れて随分と経つだろう?年頃だというのに。」
 「………そ、……!」
 暫く言葉の意味を考えて、フィロメーナは真っ赤になった。いかにも余計な御世話だと噛みつかんばかりの剣幕で立ち上がった姿を見上げて、ベルホルトはのほほんと笑う。あれこれと文句が飛んでくる前に、「冗談だ」と告げて収めようとした。
 「君に幸あらんことを祈っているよ。」
 「よ、…余計な御世話だ!もう、…。それに、あまり悠長なことを言ってもいられないんじゃないか…?」
 「うん? 」
 
 フィロメーナは立ち上がったまま、ベルホルトを見下ろした。若干の不安気な表情を見つけて、瞠目する。直近で話題になった、不安材料といえば


 「ーーーーー、ああ、夜勤の件かな?」

 首を傾げて問うた。フィロメーナは実に従容としているベルホルトの態度を見て眉をひそめた。
 
 別宅に赴いたそもそもの理由は、騎士団の配属が変わったからで、今まで以上に前線に出ることが求められたからだ。街の治安維持も請け負うことになったのは団長の意向だったが、夜回りもこれに含まれる。魔族も潜み住んでいる以上、当然の公務だった。無論、夜目が利かぬとはいえベルホルトがここに参加しない理由にはならず、声は掛かった。
 「心配をしてくれるのかな?」
 「………!それは、…そうだろう、…何かあってからでは遅いんだ…。目も見えないのに、どう警備しろというのか…。」
 「はは、心配無用だ、目は見えぬが耳は良い。剣を振るのに問題ないよ。」

 策を弄する必要もないとばかりに、従容して微笑んだ。その様子を眺めても納得し得ないことは多かろうが、フィロメーナは眉間に皺を寄せつつ、頷いて収めた。
 「警備のルーチンが同じならいいな、私も力になれると思う。……もう時間だから、私はそろそろ御暇するよ。」
 また、と手を振って人混みに紛れるフィロメーナを見送った。



 人の喧騒と、桃色も葉が擦れる音。ざわめきが鼓膜を撫でる。
 ベルホルトは改めて、ハートではないスリジアの葉を眺めた。
 ”ハートの葉を見つけると、出会いがある”
 それは神の悪戯なのか、それとも躍起になって探す過程に出会いがあるという意味なのか、あれこれと理由を模索する。

 「結局は、その出会いにどう意味を付けるかが、問題なのかもしれんな。」

 ぽつりと漏らしながら木洩れ陽に桃色の葉を翳す。神々しく光る摸倣された煌めきに、ほくそ笑んで満足をすると、葉の向こう側に見慣れた男の姿を見つけた。葉を下ろすと、規則正しく規律したガロットが立っていた。
 「フィロメーナ様とのお話は終わりましたか?」
 「ああ、今し方な。」
 「それは…、丁度良かった様で」
 畏るガロットに微笑んで応えた後、「シャンはどうした?」と問うた。執事二人は別行動を取っていたらしく、シャンが何をしているかは認知していないらしい。通りかかるのを待つ事にして、先ほどまでフィロメーナが座っていた自分の隣を勧める。「失礼します、」と告げた後、ガロットは腰を下ろした。
 ベルホルトは先ほどから飲んでいたモヒートの存在を思い出した。氷は溶けて表面のグラスが汗を掻いている。水滴をなぞって地に落とす仕草が目についたのか、ガロットが手を伸ばしてきた。
 「主様、お済みでしたら軒先きに戻して参りますが」
 「ああいや、…問題ない。こういう苦労も面白い。」
 「面白い…ですか?」
 瞼を白黒とさせて問い返すガロットの様子が可笑しくて、ベルホルトは笑った。
 「偶にやるのが丁度いい。コースターの存在意義を知るな、こうして地に垂れる水滴を見ていると。君が毎食律儀に敷いてくれるのもこうした気遣いなのだろう?全く頭が下がる。」
 「いえ、…そんな…」
 差し出したまま引っ込みが付かなくなった手を右往左往させ、ガロットは取り繕い方を探した。ベルホルトは水滴を指先で拭い切った後、空のグラスを脇に置く。


 「そういえばガロット。ハートの葉は見つかったのか?」
 話題を切り替えて問う。だが一向に返事が来ず、不審に思いガロットの顔を覗き込むと、先ほどの困惑に足されて狼狽に陥っている様だった。とはいえ、常の鉄面皮が張り付いているのだが、言葉を選んでいる辺り、どうも怪しい。
 「……まぁ、答えずとも良い。私は見ての通りだ。」
 先ほどから持っている普通の葉を見せて微笑んだ。フィロメーナに渡したハートの葉について伏せのは、相手も有無を答えなかったから。最悪の結論として、葉が見つからなくて落胆している予想も立つ。成果をひけらかす物言いは避けた。
 「屋敷にいた頃なら、もう少し熱心に探しただろうがな。」
 数刻前にフィロメーナと話したことをガロットにも告げた。何だかんだと現状に満足していると告げると、ガロットも口数が少なくなる。首を傾げながら男の横顔を眺めていると、白髪に木漏れ陽が映えて煌めいていた。先ほどの桃色の葉に翳した時よりも綺麗に見えて、その毛先を指で掬う。指先の感触に気づいて瞠目したガロットと目が合った。
 「………主様?!」
 「ん?ああいや、…綺麗な白髪だと思って。」
 「………、ありがとうございます…。」
 ガロットはそっと目を逸らした。
 「……クリオールの本邸は広すぎるのだろうな。なぜ今まで、君の存在を知らなかったのか…。」
 他人に干渉している余裕がなかったのかもしれない。従う者たちに目を向ける理由もなかった。こんなに近い距離で互いに生活することも慣れるまで時間が掛かったが、一重に彼の働きの甲斐があり今の安定した自分がいるのだ。不平不満もあるだろうに、そのような色を一つも見せずに尽くしてくれる。表面的なものかと思っていたが、最近では顔色一つ見ても大分読めるようになってきた。上っ面に隠しているが、一途で可愛い面もある。
 「……もう少し早く君と会いたかったな。そうすれば別宅の話に際して、杞憂することも減ったろうに。」
 ガロットの白髪から指を引き、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。執事の立場からすれば、心細いことも多かっただろう。責任の重さもあった筈である。加えて話したこともない貴族の長男との生活を強いられては、不満もあった筈だ。いくつもそういったものを呑み込んで来てくれたのなら、感謝の気持ちは尽きない。
 「主様、…それは、どういう意味ですか…?」
 問い返すガロットの表情は酷く戸惑っているようだった。迷い犬の様な表情が歳上とは思えず可愛らしい。ベルホルトはしばし答えに迷った後、柔らかく微笑んだ。

 「君を信頼してるということだよ。専属の執事が君で良かった。今後とも私の傍に居てくれ、世話を掛けるだろうがな?」

 ポン、とガロットの肩に触れた。





 多くを語る必要はない、互いにいい歳なのだから。
 労う機会があれば、その時に最大限労ってやればいいと思っていたけれど
 今 伝えたことが、自分が感じている抱いている温かな思いが、正しく彼に伝わっていればいいのにと
 ほんの少しだけ願ってしまった。






 木洩れ陽に西陽の陰りが滲む。
 いくら待っても姿を見せないシャンに痺れを切らせて、ベルホルトは腰を上げた。

 「さて、時間も時間だから、シャンを探しながら帰るとしようか。この人ごみの中で目が利かないのは流石に世話をかけすぎる。」
 「……承知しました。」
 
 
 スリジアのざわめきに送り出され、雑踏に紛れていく。
 隣にいる男に少しだけ歩み寄った、祭り中日のことであった。



fin.


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ガロットさん(いりこ様宅)フィロメーナさん(翡翠様宅)
お名前のみシャンさん(みそ様宅)ニグレドさん(絢原さん宅)シエラさん(ツミキ様宅)
お借りいたしました!

ありがとうございます。






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