許してあげない






 





足音と共に心的距離も離れていくようで、カルロッテは窓辺で項垂れた。
廊下の軋みが聞こえなくなり、階段を降りるポンポンという音が遠のき、その後に宿のドアベルがちりんと鳴く。いよいよルオが宿を出てしまったのだと気づいて、腹の底が再び燃した。
窓の外に身を乗り出すと、小道を抜けて海に向かうルオの後ろ姿を見つける。何を考えているのか表情は伺えないが、凛と立つ背中に何かと投げつけたくなる衝動を抑え、咄嗟に手にした二冊目の本を背後に向かって放り投げた。先ほど扉にぶつけた一冊目の上に重なる。

「何なのよ!みんなして!!何でアタシだけ知らないのよ!!」

 ルオは家族にも言えないと言っていた。その意は解る。彼にそうさせている海軍体質も理解できる、けれどそれは理屈の話で、感情が追い付かない。

「アタシが怒ることくらい!わかるでしょぉ!?それでも良いと思って、〜〜〜大人しく待ってるとでも思ってる訳ぇ!?」

 癇癪が収まらずベットに乗り上げて伏せる。放り出した足が何かを蹴った感触があって、身を起こして確かめるとルオが用意したと思しき荷物だった。カルロッテが朝の支度をしている時に密かにこれを作っていたと思うとまた込み上がり、見たくもないそれを布団で覆った。

「もう、知らないから!!!」

 向こう三軒両隣にまで響く金切声だった。








***







「え?それで本当に見送りにもいかなかったにゃ?」
「うっさいわねぇ……」

 ルオが旅立った翌日、カルロッテはランチの相手にピノとシーアを選んだ。宿屋で飯を食うには他の男の目が気になり、海辺のレストランに出向いた。シーフードと肉のグリルを中心に組まれたランチコースに舌鼓を打ちながら、昼からワインを開ける至福の女子会だった。
「ルオって、お前さんの彼氏だろう?一ヵ月も逢えなくなるってのに随分と薄情なことをしたもんじゃないか」
「薄情なのはあっちよ!出立の数時間前に打ち明けることってあるぅ!?」
「お前の家が決めたことだにゃ〜」

 間延びした声はさも興味薄いといったところで、ピノはさっさと口の中に肉を詰め込み始めた。入るだけ入れて味わって食べるのがピノの最近の気に入りらしく、嚥下するまでは発言することもない。口を押えながら頬袋いっぱいの飯を味わう顔があまりに幸せそうで、カルロッテの機嫌を煽り立てる。シーアがまぁまぁとふさふさの手のひらを揺らし、カルロッテを宥めた。
「海軍が堅苦しいのなんて今に始まったことじゃないだろ?あの坊やはルールに従っただけじゃないのさ」
「馬鹿正直に守ればいいってもんじゃないわよ!機密だの秘密だの言ったって、あたしは身内なのよぉ!?海軍の身内!ばれようがないじゃない!」
カルロッテはワイングラスを持つ手を振り回して憤りを撒き散らす。そのうちにグラスに注ぐのも面倒で、小さな樽を用意させて並々注いで飲むようになった。カルロッテは酒には強いが、酒癖は悪い。というより、怒ってて酒癖が悪いのか何なのかもうわからん域にいた。
「都合があるのさ、推し量れんところにそういうのはあるもんさ。だから待ってやるのも女の仕事さね。海の男に惚れた自分を恨むんだよ」
 シーアは小エビをふんだんに使ったピッツァを手に取り口に運んだ。チーズにエビが絡んだ生地を頬張った後に白ワインで喉を潤す。貴族のような優雅な姿を睨みつけるカルロッテもついにぐうの音も出ず、ハッシュドポテトを齧る。そろそろ口の中のものを飲み込み終えたピノが次の飯をかきこもうとしていた。
「一ヵ月も待てないし……」
 ハッシュドポテトの油をワインで洗ったカルロッテの小さな弱音に、ピノの耳がピンと立ち上がった。ロブスターを手に取って身を掻きだしかけた手を止め、ぱちりと見開いた瞼を向ける。
「寂しいにゃ?」
「……っ」
 ぐっと喉を鳴らし、カルロッテは視線を反らす。ワインボトルを傾けて樽に注いだが、ちょうどよく中身が切れて、やることがなくなった。バツの悪さだけが残る。
「別に、寂しくないわよ。そんな弱っちい女に見えないでしょぉ?ルオがいないとアタシが家の外にいる理由もないし、暇になるだけよ」
 眉を寄せてそっぽ向く。それは虚勢のようにも見えた。

「やれやれだね、仕方がない。そうやって不貞腐れても一ヵ月も持たんだろ?アタシが一肌脱いでやろうかね」
「何よ?」
「アンタの恋路を占ってやるのさ。それでいい結果でも出たら気分が晴れるんじゃないか?」
 シーアは手持ちの鞄から水晶を取り出した。ロブスターをたっぷり挟んだパンをオイルに浸して頬張っていたピノが水晶を覗きこみ首を傾げる。
「占いって当たるにゃ?」
「当たるかどうかというよりは、信じるかどうかってところじゃないかい?どうだいカルロッテ、占ってあげるよ」
「いい結果なら信じてあげるわぁ。一応、そういう家系だしぃ?」
 ひらりと手のひらを放り、カルロッテは二本目のワインを開けた。頬杖を付いて不貞腐れる姿を一瞥したシーアは肩を震わせて笑う。まぁいいか、と呟いた後、水晶を撫で始めた。

「さぁて、この一ヵ月の恋愛運を見てみようかね。何が出るか……」

 両手で水晶を撫で、やがて手を翳すような動作に変わり、水晶の変化を読み取り始める。魔力が全くないピノには何をしているか分からなかった。とはいえ、魔力のバンクのようなカルロッテにもその変化は読み取れない。熟練したシーアだけが見て取れる“何か”を伝達されるのを待つばかりだった。

「んん?」

 数分後。
 シーアは眉をしかめて水晶を覗きこんだ。ピノとカルロッテも訝し気な視線をシーアに向ける。
「……………すんごい運勢になってるね。」
「すんごい運勢って何だにゃ!?」
「思わせぶりなこと言わないでよ……」
「一言でいうと、そうだねぇ……」
 シーアは顎を撫でながら思考を逡巡させた後、ポン、と両手を鳴らした。



「おみくじで例えるなら、そうだ。50年に一回出るか出ないかの、暗黒大魔凶ってやつだ」

「「暗黒大魔凶!?」」


 傍観者の二人は身を乗り出して聞き返した。驚愕したカルロッテとは反対に、ピノは目を輝かせているが

「これはねぇ……荒れるよ……」

「楽しみだにゃ〜〜〜〜vv」

「ちょっと……」


 顔面蒼白するカルロッテを他所に、「次はボクを占ってv」とピノが強請り出す。
波乱の幕開け、あと一ヵ月



ルオの帰還まで、あと30日。









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いりこさんにぱしゅ!
髪を切るのはこの後〜〜〜〜





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