何かが起こる月だから






 





どしても忘れられない夜があった
スリジア祭りも終わり街が秋を迎え入れる頃の、初めの満月の日
日が暮れる前には帰ると言い出て行ったはずのガロットはいつまで経っても帰宅せず、帰ってきたかと思えば震える身体で早々に求められた。
あの夜は何を問うこともせずに彼の食指の向くまま応じ、夜が明ければ日々の激務に呑まれてどうすることも無い侭―――気づけば今年の終わりを迎えようとしていた。

ベルホルトは騎士団屯所の資料室で書物を纏めていた。
副団長のポストを約束されていた身とはいえ、矢張り夜目が効かぬ男にその椅子は回って来なかった。年度末の評価では階級こそ上がっていたが現場に立つには不相応との判断が下ったのは一目瞭然で、代わりに参報室長のポストが降ってきたのである。明かりの下で従じることができるのはこれ以上ない恵まれた勤務体系だが、成果と呼べるものを築くには些か厄介な立ち位置であることは明瞭で、ベルホルトはいよいよ行動を変えねばならなかった。
ガロットと共に生きていくと決めた以上、クリオール家は敵と言っても過言ではない。子爵位まで落ちて行った貴族とはいえ繁栄を築いてきた一族の基盤はあちこちに進出している。他貴族と複雑な関係性の中で尚も孤高に咲くこの家から、どうやってガロットを護るかは考え物だ。自分がクリオール家の当主の座に就くことは時期を待てば与えられるだろうが、ガロットがついてくればファルルに感知されかねない。有無を言わせぬような力を、ベルホルト個人が身に付けなければならないのだ。
ベルホルトは思考を凝らしながら籠に何冊も本を納めると、両手で抱えて資料室を出た。階段を上って地下から出ると、その足で二階の作業場まで上がっていく。踊り場の窓枠が逆光を浴びて黒い。空を見上げると橙色に染まっていた。秋の空は空気が澄んで、僅かに星が見える気がした。ぽっかりと浮かぶ夕方の月はこの季節だけぼんやりと鳥目に映る。だが、やけに大きい気がした。
「可笑しいな、今宵は満月だとは思ったが……私の目が可笑しいとはいえ、大きく見える」
「フルムーンだからではなくて?」
 階段を下ってくるフィロメーナと合流し、共に窓の外に眼をやった。フルムーン、と小さな声で反芻する。
「月が世界に近づく日、ということか?夜になると空も忙しいのだな」
「ふふ、この前は流星群が見られたそうですから。クリオール殿も、早く夜目が効くようになると良いですね」
「そうだな……」
 束の間の立ち話を終えて階下へと降りていくフィロメーナの背を見送り、ベルホルトは最後にもう一度窓の外を見上げた。
「フルムーンか……」



**




「ベルホルト、今宵はフルムーンですね」
 ソファに足を投げ出して寝ていたベルホルトに覆いかぶさってきたガロットの額には、真っ赤な角が生えていた。まるで傘を差す様に天井を覆う羽根が明かりを遮断し、ベルホルトの視界に影を生む。ベルホルトは瞼を擦り、ガロットのネクタイを掴んで引き寄せた。
「フルムーンの君と、満月の君とでは何が違うのだ?赤い月の日の様に乱暴になるのは懲り懲りだが」
「それは貴方が体感し、答えを私に聞かせて下さい。自分からではわからないものですよ」
「……そうか、解った」
互いに不敵な笑みを作った。けれど先に柔らかい笑みに変わっていったのはガロットの方だ。ネクタイを引かれた侭の姿勢をもう少し乗り出し、ベルホルトの唇を食む。唇が触れる間、互いに食み合って齧って吸って、遊んで、膝を割って滑り込む身体を迎える。ガロットの肩に腕を回して抱き締め、耳元に擦り寄った。

「明日の夜……、とっぷりと君に教えてやろう」










「ガロット、フルムーンは終わったな」
 翌日。燃え上がった昨夜の名残を幾重も残す素肌を晒しながら、ベルホルトがシーツに乗り上げた。ガロットはぽかんと口を開けてベルホルトの金瞼を見ている。
「教えてやると、言ったろう。今日から月が出ない夜は、私が嫌というほど君を愛してやる」
「――――――――――!?」



そんなこんなでホルガロもあったって好いじゃないかと思う夜だった。





Fin.





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