白雪と桃太郎の話






 





気がついたら、 街の中に居た


見慣れぬ景色 あの村にいた時には想像もできなかった世界が広がっていた。
煉瓦通り、海、雪山、見渡す限りに広がる世界の美しさ全てに心奪われてしまった。


一体此処は何処だ


自分の掌を見ろした

私は何をしていたのだ


確か、そうだ
何か 何かを倒さねばならない筈だ

その為に、配下を得たんだ
確か 動物だった気がする。

こんなにも記憶が曖昧なことも初めてだ


私は覚えている事を思い出す事にした
名前、そうだ、 名前は、分かる。近靖だ。
何かを倒さねばならない
刀は持っている
それだけだった


街中で佇んで、時折通行人が避けて歩いてくれたのが分かると、端に寄って店構えの下に入った
半獣人の少女が手紙を届けて回っている。
噴水の向こうには詩人が何か噺をしているようだ。
何だ此処は、
仕舞いに気付いたのは、着物を着ている人間が見当たらないというところだ

ぽかんと、口を開けて唖然としていると、

「ねぇ」

上から、声が聞こえた。
見上げると、半2階と言った具合のテラスから、少女がこちらを見下ろしていた。
見た事がない顔だ。顔の造りも違う。衣服も、着物ではないし、布の丈もとても短い。
その中が見えてしまいそうで、思わず視線を下げた。一瞬捉えた少女の面影だけが頭の中に浮ぶ

「無視をしないで」

無視……
その言葉が頭の中をぐるぐると回る。そんなつもりはない。
再び視線を持上げると、テラスの手摺越しに彼女は座っていた

「珍しいお洋服ね」
「………そうか?」

訝しげに眉を寄せた。自分の襟、袂と引き上げてまじまじと眺める。此れが自分の普段着だった筈だ。というか、何かを退治する為に一張羅を仕立ててもらったような気さえする。常はもっとみすぼらしい格好をしていたかもしれないくらいで。
だが少女にはそのような事情は関係ないのだろう

「それ、布を巻いているの?」
巻いている…?
「いや、」
「腰に下げている、棒はなぁに?」
棒…?
刀の事か。脇に差している日本刀を少しだけ持上げて見せると、少女は頚を傾げた
「解ったわ」
「…………」
「孫の手ね」
「………………………」

孫の手
武士の魂を孫の手   とは 、

「違う、これは物を切るためのものだ」

少女は頚を傾げた

「じゃぁ、包丁?」

今度は私が頚を傾げる番だ。少女の周りでは包丁はこんなに長いのか

「嗚呼、解ったわ。剣ね。」

少女は一度立上がり、傍にあった小さなボードから本を取り出した。ぺらぺらと捲ると、ほら、と小さく呟いて納得する。

「私ね、博識のつもりなのよ」

少女は本を閉じて、横向きにしゃがんだ。その本をボードに仕舞い込むと、再び別の本を取り出す。それを開いた

「此処でいつも本を読んでいるの。だから、たいていの事はね、解っているつもりよ。
だけど剣と孫の手の区別が付かなかったわ。きっと初めて見るからなのでしょうね。」

そういう問題なんだろうか。
知識で得てもあまり間違えない組み合わせではないのか
少女の中では博識の基準も物の考え方の基準も独特なものが確固としてあるらしい
それが自分のものさしとあまりにも目盛の数も幅も違い過ぎて、返す言葉に迷った

「貴方は、…何と云うか」
「変わっているって、言いたいのでしょう。」

先を読まれて、口を噤んだ。思わず俯く自分が情けない

「貴方はきっと、あまり言葉を選べない方なんじゃないかしら。
だから一概に、変わっているとか、そういうの、抽象的な言葉と云う類はね、よく使うんだと思ったのよ」

これも図星だ。

「当たったのね。」

うふふ、と鈴が転がるような声がして、視線を持上げると、少女は嬉しそうに笑っていた。何処か幼さが残る笑みだった

「ところで貴方、そんなところで何をしているの?」
「………嗚呼、」

気付いたら随分遠周りをしていたような、いや、彼女とそんな噺をするつもりはないからか、今更な気がする 問いだ。
暫く考えてから、久しぶりに、顔を上げた。彼女の輪郭を再び、なぞる

「…………何と申したら良いか、
………貴方は、そう、何かに、困ってはいないか。
貴方に、敵、というのか、…脅威でも良い。今、何かに恐れを為してはおるまいか。」

「………………驚いた。」

少女は眼を丸くして、そう呟いた

「貴方、何を仰っているの?仮に私が何かに怯えているとして、貴方、どうなさるおつもり?」

「私が倒さねばならない相手かもしれない!」

感情に任せて手を伸ばすと、届いたのは柵の接続部分で、其処を強く握り込む。
勢いに押されたように少女が身体を傾けた。瞠目して、暫し考えると、今度は少女が俯いた。

「教えて欲しい、貴方が何に脅かされているのなら、其れは私が排除すべき敵かもしれぬ。
私には何かを倒さねばならないという使命がある!だが、其れが何であったか皆目思い出せずに居る
この一大事が聡明な貴方ならお判りになるだろう、私が倒さねばならない脅威が何処かで横行している筈だ。
誰かが未だ怯えている。」

自分は誰かを待たせている
自分を頼ってくれた誰かを放置している
なぜ 思い出せないのか、自分が情けなかった
柵の合間に額を押し付けて、大きく息を吐くと、少女が あ とぼやいた。

「解ったわ、貴方は人助けがしたいのね。」

見上げると、少女の膝が目の前にあった。やはりその奥が見えてしまいそうで、また俯く
破廉恥な格好だと、思った。自分には刺激が強い

「人助け…、なのか そうかもしれない。」

「私ね、貴方が勇者なのかと思ったのよ。本で読んだ事があるわ、ドラゴンと戦ったりとか、ね。
その勇者は宝物を手に入れるためとか、そんな目的意識があったのだけれど、貴方は違うのね。
誰かの為に戦うなんて、素敵。男気を感じるわ」

「……」

妙に、恥ずかしくて、俯いた顔が熱く成って来るのが解った

「でもね、貴方のその質問は、キライよ」

蓄え始めた熱が一気に引いて行く。顔を上げると、少女と眼が合った。若干伏せがちにして、高圧的にすら思える面構えをしている。この少女は何者なんだろうか

「私もね、貴方と同じよ。記憶が無いの。誰かに狙われている気がするわ。
だからね、林檎もキライだし、鏡が云う事も信用ならないのだけれど。
…自分の敵くらい自分で始末を付けられるわ。私は弱いつもりはないから」

「………貴方のような可憐な方がどうやって敵を葬る?」

「策略を立てるだけよ」

…………策略?

「罠を張って、其処に誘導すれば掴まえられる道理でしょう?
あとは権力と財力が備われば、其処に滑稽な快楽が追加できるの。
例えば灼熱のヒールを履かせてね、死ぬ迄踊って戴くわ。
その時には私は「彼女」の全てを奪って、「彼女」が羨望する全てを手にしているの。
そのためには私自身がうんと酷いメに合って、可哀想になることも必要よ。これは完璧なプラン二ング。 
だから私、力持ちの殿方、大好きなの。いろいろな意味の、力持ちよ。」

少女は指先をひらりと花びらのように舞わせて、飾られた爪先を眺めると、うとりと惚けて笑った。まるで宝石でも愛でているようだ。

「………貴方は大奥の住人の様だ。天女のように美しいのに。」

少女は頚を傾げた後、高圧的な笑いから、朗らかさを取り戻して笑った

「………ありがとう。きっと褒め言葉なのね。嬉しい。」

微笑まれると、途端に神々しさすら覚えた。美しい、と自然と思える表情だ

「噺を戻すとね、弱い人間のような扱いをされたのが、ちょっと癪に触ったわ。
貴方と私の今後の為に御伝えしておくけれど、私、何でも受け入れるようにしているの。
毒林檎でも、極刑でも、追放でもそう。その変わり、因果応報。仕返しは必ずするわ。
だから、私が此処でどんなメに合っていても、心配なさらないでね。」

彼女の云うことは、何1つとして自分には理解ができなかった。
女性とは本来、家で帰りを待つものというか、こんなに凛として立つ姿を見た事がない。
まるで人間ではないようだ。 妖怪、等 自分とは異なるナニかにも思える。

…………ナニかとは、………何だ 、 
少しだけ、思い出せそうな気がして、俯く。と、彼女は嗚呼、と手を鳴らして声を漏らした

「でもね、1つ、私を助けて欲しいことがあるわ
私が此処で眠っていたらね、キスをして頂戴。」

「…………キス、とは…?」

「口と口を合わせることよ。貴方の国では、別の言葉なのかしら」

………接吻の事か
接吻………、

「顔が赤くなったから、きっと意味と行為はご存知なのね。」

慌てて両手で顔を覆った。指がずるずる落ちて来て、前髪と指の合間から閉じた瞼だけ見えるようにして、赤い顔を隠す。確かに物凄く熱い。顔だけではなくて、身体全体の話で。じんわり汗を掻いて来た

「愛は要らないわ。軽薄で良いのよ、それが人助けだと思ってらして。
私、キスが有れば蘇ることが出来るの。素敵でしょう?」

「…………でも、貴方が、寝ているだけかもしれないじゃないか。」

「そうしたら、嬉しいだけよ。」

もう、顔が噴火しそうだった。さらに俯いて返す言葉もなく居ると、ふふ、とまた彼女が笑った音がする。
此処に居ると、自分のどうしようもない部分ばかりが露呈する。背を向けて、歩き出した

「………心得るまでに時間を要す噺です。覚えておきます。」

「期待しているわ。ねぇ、名前だけ置いて行って。私はティアラよ」

「……………………、近靖と申します。テアラ殿」

ティ、と云えないらしい。きょとりと瞬き、また小さく笑った。
暫くは、顔の熱が引くこともなかった。





桃太郎と白雪の性格サンプルのオハナし。





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