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星の揺籃歌




木苺が香る森の奥、喪失から生まれた物語。
満天の星に百合が咲き、白い項に歌が響く。


それに気が付いたのは本当に偶然で、けれど気が付いてしまったからには必然であったのだろうと思う。
全てを失ったあの日と、僕ら家族が暮らし始めた日が同じ――そんな事があり得てしまうだなんて。
天球儀の調整をしながらふと見上げた星空に煌めく徴。暦を確認すればそれは明日に迫っていた。だから、本当に久しぶりに生家へ向かう事を決めたのだ。
かつて僕には家族がいた。少々そそっかしいが明るい母と、寡黙だが優しい父。孤児の子どもたちの声が響く、穏やかな榎の診療所。陽だまりのようなその時間は突然に燃え尽き、今はもうどこにもない。奪われてしまったからだ。
絶望し、憎しみに駆られた。奪ったものを追い詰め、この手で殺した。英雄の冒険譚はそんな暗がりから始まっているという事を、多くの人は知らない。
あれからずっと駆け続け、多くのものを失い、多くのものを救って生きてきた。そして、また。
いまの僕には家族がいる。少々そそっかしいが明るい弟子と、軽薄さと優しさを同居させる幼馴染。三人で過ごすその家は、雪深いエンピレアムにひっそりと佇んでいるのである。
かつて一人で活動する為に密やかに登録したフリーカンパニー、星の揺籃(プロトスター)。僕はその契約で一軒家を所持している。僕らはそこに集い成立したような家族だった。血の繋がりはない、けれど互いを愛している。寒空の下にありそれでもあたたかな場所。
その家を昼過ぎに一人で出て、ベントブランチへ寄りピアノを弾いた。あの日と同じように、けれどそれよりずっと多くの人が集まり驚いてしまう。昔では考えられない金額を得て戦いた。やっている事は変わらないのに――変わったのは、僕の立場か。
僕の時間を僕が生きている限り、僕は英雄であるのだから。
英雄である僕は、在りし幼き日々と同じ歌を紡ぐ。
それで得た報酬の一部と引き換えに花を買った。供花と、それから祝いの花と。白く気高くそれは咲いている。
そもそものきっかけは、僕を支えてくれる彼らへ、家族になった日の贈り物をしようと思った事だった。記念日の贈り物に、ピアノを弾いて花を買う。そういう計画だった。
そう、わざとだ。わざと、全てを失った日へ行動を重ねている。
弔うのは過去を、祝すのは現在を。
今度こそは失わないように。今度こそはこの愛を届けられるように。心から強く願う。
だから、かつて辿ったのと同じ道を歩いた。何も変わらない。鬱蒼と茂る木々の中、遠い日に踏み締めて作った道はまだ残っている。本当に何も変わらない。ただあの家だけが何処にもない、それだけの事。
実る赤。秋の風。
家族を失ったのも、家族が三人になったのも、共に秋の出来事だった。
二季なり性の木苺が二度目の実を結ぶ頃。誕生日が近付くこの季節、かつてはその赤い果実を摘み取り菓子をねだったものだ。そう、思い出はいつも甘酸っぱい香りがする。
郷愁を胸に吸い込み、静かに進む。
そうして辿り着いた場所には、やはり何もなかった。けれど此処だと知っていた。微かに残る自分自身のエーテルが僕にそうと知らせていて――けれど、それもやがて消えゆくだろう。それで構わない。
既に他は全てが光になり溶けた後だった。他でもないこの手で、残骸すらも弔って星の葬送へ加えてしまったからだ。
後悔はしていない。悲しみも、確かに存在した喜びも、全てを穏やかに眠らせてあげたかった。だから、だから。
純白の百合を地面においた。かつて燃え尽き土が剥き出しになってしまったその場所には、柔らかく背の低い草木が生い茂っていた。命が巡り、在ったものは失われる。そして新たに生まれ出づるのだ。
時は進む。残酷なまでに確実に、歩みを止めることもなく。
それでいい、僕はね、それでいいよ。
吟遊詩人の琴を構え、密やかに弦を爪弾いた。奏でるのは揺籃歌。鎮魂歌として紡ぐその音色は、安らかなる眠りを願うもの。そして星の海より浮上して、またこの星で命を煌めかせる日を願うものだ。
生まれたてのその星が天に煌めくように、その小さな煌めきが灯火となるように。
だから紡ぐのは星の揺籃歌。エーテルを込めて愛を織る。きらきらと光の粒子が舞い、天より花緑青のヴェールが降りた。
早くも暮れ始めた空へ真実の星が瞬き始め、それから。
背後から草を踏む音がした。二人分。そして耳朶に触れる柔らかな低音が綺麗に重なり、
――アルス。
僕の名を、呼ぶ。
「――萬里、ちび」
振り向けばほら。僕の家族が笑っていた。地に足をつけて、幻でも夢でもなく現実の存在として、笑っていた。迎えに来たと彼らが僕を呼ぶ。
嘗てすべてが失われた場所に、三人が集った。
「あんまり遅いから、ししょー、心配した」
「あんまり遅いからさー、俺、お腹すいた」
一人は手を差し伸べながら、一人は頭の後ろで手を組みながら。しかし両者とも穏やかな色を浮かべ僕を見ている。
僕はね、そんな君たちの事が、何よりも。
「ふふ、心配かけてごめん。帰ろっか、僕たちの家へ」
帰ろう。今の僕が生きる場所へ、新しい家族と共に。
ちびの手を取った。すると僕の腰に萬里の手が回る。僕は二人の狭間で咲いた。しあわせの音色が響く。
三人で歩く家路はこの後すぐ魔法で省略されてしまうのだけれど、それでも。
ねえ、僕は君たちを愛しているよ。ずっと、ずっと。
バスケットの中の百合が揺れた。彼らが望んだ花もまた純白のそれだった。尋ねた僕に彼らは言ったのだ。お前が此処で咲くのならばそれでいいと。望まれたのは白百合が一輪。ただそれだけ。
これが幸せでなくて何であるというのだろう。
かつて僕には家族がいた。陽だまりのようなその時間は突然に燃え尽き、今はもうどこにもない。奪われてしまったからだ。
けれど今の僕には家族がいる。彼らは確かに僕を愛し、僕は彼らを愛している。その原始星(プロトスター)を護りたいと希う。
最後にもう一度振り返った。その場所から、百合が柔らかく揺れ僕を見送っていた。
さようなら、そして、またね。


時は止まらず流れゆく。死んでゆくもの、生まれてくるもの。その全てを愛そう。綴る世界はまだ途絶えてなどいないのだから。


木苺が香る森の奥、喪失から生まれた物語。
満天の星に百合が咲き、白い項に歌が響く。




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[mokuji]











 


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