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煌めきを夜に宿して




彼との物語は夜にページを捲られる事が多い。それは彼が星の光のような人だからなのか、それとも彼があまり眠らないからなのか。
どちらにしろアルスがこの時間に何かしら事件を起こすのは日常ではあった、慣れてもいる。
……のだが、果たしてこれは如何に。
「だから萬里ッ! はやくっ、いいから僕とエタバンして!」
夜中に帰宅した幼馴染兼恋人は、ドアを開けるなり腕の中に飛び込んできて、必死の形相でそう言ったのであった。




「あー、とりあえず、落ち着け?」
俺は第一声でそう言った。俺の立場でアルスにこの台詞を告げる事は殆どない。宥められるのは大体いつも俺の方だ。すぐはしゃぎすぎてしまうので。
ならば今日のアルスが羽目を外していたのかと言えばそんな事はなく、しかし焦燥に駆られている様には思えた。焦っている、あるいは何かに怯えている。
「いやでもっ、じゃないと僕……や、無理だよ出来ないから、だから萬里ッ」
「わかった、分かったって。エタバンするし話も聞くから取り敢えず中入って落ち着けば? 俺は逃げないよー」
俺はアルスの背を軽く叩いた。縋る様に胸元を握っていた手を包み、するりと剥がす。そのまま手を引いてソファーまで誘導した。座れ、落ち着け、それから寝ろ。
アルスは大人しく着いてきて、されるがままにソファーへ腰掛けた。そわそわとした手元に、ベッドサイドからクッションを持ってきて渡してやる。彼はそれを抱きしめて、暫く顔を埋めていた。はいはい、可愛いね。
その間に俺は特製はちみつレモンを淹れてやる事にする。ふふん、俺だってこれくらいは出来るんだぞ。誰が本当に気力のない時のこいつに飯を食わせていると思っているんだ。はい、俺です。
さすがに調理師として優秀な幼馴染程とはいかぬものの、それなりにいい香りを漂わせているマグカップを持ってリビングに戻る。そんな俺をアルスがクッションから僅かに顔を上げて伺っていた。やっぱあれじゃん、女子かな。
アルスは腕の中のものを手放さぬままカップを受け取り、ありがとうと言うや否や口をつけた。幸せそうな顔しちゃってまあ、ほんと甘いものが好きなやつだ。アルスは本当は甘いものが大好きなくせに、外では格好つけてコーヒーばかり飲んでいる。いやまあ、それも好きではあるらしいけれど。
それで漸く一息ついたらしい彼に、話の続きを促す。
「それで、何でこんな夜中にそんな状態になってるわけ? 珍しくお酒も飲んじゃってまぁ〜、強くもないくせに」
「別に僕は弱くない」
「はいはい、それで?」
強くないくせに見合わない量を飲むから言っているのだが、多分これは永遠に通じないやつだ。今回も惨敗し諦める。
「うん、今日はヴォイドから戻って、そのあとラハと二人で飲んでたんだけど」
「ん? どこから戻ったって?」
「ヴォイド。なんか四天王みたいなやつと戦ったかな」
「長生きする気ある?」
「一応……?」
一応なのか。それで語尾に疑問系がつくのか。こら、首を傾げるな。
俺は意味のない指摘事項を胸中に封印した。まあ確かに、この世界で何か有事が起こった際には必ず英雄が動員されるのだから仕方のない話なのだ。
取り合えず切り替えて、話を聞くことにする。
「で、なんだっけ、グ・ラハと酒を飲んで?」
「そう、飲んでて。そしたらなんか女の子が僕の隣のカウンター席に座ってね、すっごい泣いてるんだよね。隣の席でだよ? そんなの無視できなくて声をかけたんだけど」
「えっ、なんで? そんなの無視しとけばいいじゃん。関わらない方がいいって」
「えっ、なんで? 目の前で泣いてる人がいたら、放ってなんておけないよ」
 話を聞くことに、したのだが。
俺たちは暫し顔を見合わせた。微妙な沈黙。まあ、なんだ、英雄ってのにも素質がいるのかもしれない。じゃあ俺のねえさんは、と脳裏に同じ答えを返すだろう人の面影が浮かんだ。そして頭を振る。あの人は人間をやめているので同じ基準で測るのはアルスが可哀想だろう。
まあ何でもいいや、と思ったタイミングはおそらく二人同じだった。
「それでなんかこう、やっぱり終末で大切な人を亡くしたみたいで。ラハと二人で話を聞いたりしてたんだけど、最終的になんか僕の腕にからみついてくる様になっちゃって、その人の代わりに付き合おうってすごい密着してきて」
「うっわあ……」
「断ってるのにそうするとすっごい泣くし、それで慌てるとすっごい近寄ってくるし、僕もうこんなのどうしたらいいの? 怖いんだけど」
「構わなきゃよくね?」
「僕が無視するのとか苦手なの知ってるくせに……」
アルスが切なそうに手元のカップを見て、ずいとこちらに押し付けてきた。はいはいおかわりね。注いでやったら少しこぼれて、下手くそと詰られる。じゃあお前がやれってんだこの甘えん坊め。
こぼれた分はアルスが丁寧に拭き取った。こういう作業は明らかに彼の方が向いている。だから俺にやらせないでくれない?
 まあ、言っても無駄なことに労力は割かない。
「というか、それどうやって逃げてきたわけ?」
「結局助けてもらったんだよね。ラハに全部押し付けてきた。多分僕が泣きそうだったのバレてた、わぁ、情けな……」
「女の子に迫られて泣きそうになるなんて、たしかにホント男として情けな〜」
「お前うるさい捻り潰すぞ」
途端、アルスのリンクパールが鳴った。彼は大袈裟なくらい肩を跳ね上げ、怯えで耳をひくつかせ、リンクパールを毟りとりベッドへ放り投げた。凄まじい勢いだった。
「もおやだぁ〜、無理、無理……」
「あのさあ、まかさと思うけど、あれ」
「そのまさか……ずっと鳴ってる、やだあ……。僕こんなの鬱になるから無理」
「なんで連絡先交換したし。馬鹿か?」
「お前よりかは頭いいよ」
そういう話をしているんじゃないって分かってるくせにな。そういう所無駄に頭がいいというか、屁理屈なのだ。
アルスも結局は理解しているので、ぽつぽつと説明を始めた。隣の席でずっとシクシクしていた彼女は、どうやら終末で旦那を亡くしたらしい。働き先もなく日々の生活ももはや限界だと訴えてきたので、ラザハンの救済窓口を紹介することにした。教えるも彼女は分からないと言い同行を希望。しかし夜中で窓口も開いていない事から、連絡先を交換し後日案内することにした――。
はあ、と俺はため息をついた。
「それさぁ、彼女は最初からお前ら、とくにお前、アルスに狙いをつけてそこに座ったんだよ。養ってもらうつもりで」
「えっ、そ、そうなの?」
そうなのって、そうでしかないだろ。
アルスはしっかり者だし真面目だが、変なところで抜けている。その上頼りになるのは気を張っている時だけなので、家の中では見ていて心配になるような事が多い。
加えて、頭はいいのに天然ボケだ。最近のアルスはとことん心を許して振る舞うので、家の中と外では二人の立場が逆転しているような気さえする。
考えても全く分かりませんという顔をしている我らがポンコツ英雄様に、俺は噛み砕いて説明してやることにした。ここらで釘を刺しておかないと、無自覚だから危なくて仕方がない。
「いいかー、全てが善意と正直で回ってる訳じゃないんだからな? そもそもそいつは最初から働く気なんかないって、どうせ。見目が好みでそれなりに金持ってそうな相手の同情を買って、一夜でも共にできれば儲けもん」
「お前が言うと説得力が違う」
確かに似たような生き方を暫くしてきたが、全て合意のもとであるし、相手を無理矢理束縛するようなことは絶対にしないので心外だ。それに今は職人稼業もあるし。
腕を伸ばしてアルスの頭を小突くと、彼はくすくすと笑いながら俺の前まで移動してきた。足の間に座って寄りかかってくる。俺の身長が伸びたせいで、アルスの頭は随分と下の方にあった。華奢な体に腕を回す。耳に唇を寄せて、声のトーンを下げて。
「お前と寝たかったんだよ、その女」
「――ッ!」
がばりと振り向いたアルスの顔は真っ赤になっていた。そういう所が可愛い恋人なのだが、この様なので女の子の相手など出来やしないのだ。
「それで、無事に寝れたらお腹に子供ガーとか言ってずっとたかるってわけ。こわいねー。よかったねアルス、そういう事出来ない人で」
「でっ、できなくは」
「出来んの? お前下しかやったことないだろ、上がいいと思った事もないくせに」
アルスは暫く俯いてごにょごにょ言っていたが、俺は特にそれに耳を澄ますこともなく今晩のメニューを考えていた。ハンバーグではなくて、そう、食材は目の前のアルスに他ならない。この意地っ張りをどう苛めてやろっかな。つまりそういう事だ。
うーん久しぶりにアレでいっか。おおよその計画が固まったあたりで、アルスがまた顔を上げた。
「という訳だからお前、僕とエタバンしろ」
「はいはい、わかりましたよー。虫除けしてやるよ、全くしょうがないな〜」
「明日の夕方の約束だから、それまでに」
「はっっや」
大丈夫、と呟くアルスの目が据わっている。ぴこぴこいうリンクパールを睨みつけて、淡々と予定を告げるその様子は完全に開き直っていた。
「明日の朝八時にエタバンするから。はいこれあげる指輪ね。僕彫金もするしこの出来なら文句ないでしょ、ないよね。約束の夕方になったら僕の隣へそれで飛んでこい、分かったな」
ずぼりと強制的に薬指に指輪を通される。いつの間に測られていたのかサイズも完璧。美しい装飾の施された華奢な指輪は、それでいて頑丈そうだ。いい腕だなぁと眺める。
それにしても、断られるとは思わず全て手配してから帰宅するなんて、付き合い初めの頃に比べて随分変わったものだ。最初はあんなにびくびくしていたのに。
というより、酒を飲んで更に動転していてもこれだけの判断力と行動力でもって段取っている訳だから、結局は英雄の器というやつなのだろう。
当の本人はすっかり気が晴れた顔をして、ぴょんと勢いよくソファーから飛び降りた。
「それじゃあ僕は寝る支度してくるから! ぜったい、そこで寝るなよ。ベッドに行け、わかったな」
びしりと上から――本当は下からなのだが――指を振って宣言し、アルスがくるりと踵を返す。
うん、やはりそうじゃなくちゃ。道を定めたら真っ直ぐに進めるのはいい事だ。いい事だが、割り切り方はそれでいいのか。女の子に迫られて男と結婚。うーん、まあいっか。
だって、俺もアルスならいいしね。アルスもそうって事なら別に何の問題もなくねえ?
誰よりも近くなった幼馴染兼恋人が、明日には伴侶になる。それに対して感慨はなく、それよりも寧ろそこに至る流れが面白くて仕方がなかった。
こんな夜中に、あんな勢いで迫られる日が来ようとは。
それにしても、である。シャワーを浴びに行く背中を見送り、俺は再度己の指を注視する。小さな宝石がさり気なく散りばめられた様が、どこか天の川を思わせた。職人として働き始めたからこそ、その価値がよく分かった。ああ本当に、星みたいな奴から星みたいな贈り物を貰ってしまったなぁ。



彼との物語は夜にページを捲られる事が多い。それは彼が星の光のような人だからなのか、それとも彼があまり眠らないからなのか。
どちらにしろアルスがこの時間に何かしら事件を起こすのは日常ではあった、慣れてもいる。
だから別に深夜にエタバンを申し込まれても驚かないし、決行が翌朝でも拒否したりはしない。自ら強く望むこともないけれど、望まぬことなどしない。未だ明確にはならぬ想い、それでも、けれども。

ただそう、この小さな煌めきが仄かに部屋を明るく染めた――そんな夜を、俺は確かに愛したのだった。




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[mokuji]











 


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