迷い路を照らすもの
暗闇の中を一人彷徨い歩く僕にとって、お前は太陽そのものだから。 寂しい夜も、痛みに震える夜明けも。 その光が迷い路を照らすから、何処までも歩いて行ける。
僕は柔らかなベッドの上にいた。そこで珍しく雄の顔をした幼馴染を見上げている。――正確には、快楽を求める萬里により宿へ呼び出され、押し倒されているのだった。 この珍しくというのは、普段の飄々とした様子と比較してという話であって、今の構図自体は割と頻繁に見られるものだ。 萬里からの連絡は、今夜どう、という簡潔なもので、僕はいつもそれに肯定を返していた。何時に、何処。 なにせ、萬里は非常に性的な快楽を好んだ。それは自分が上でも下でもよいといった具合で、そこらで一夜の相手を引っ掛けていることを僕は知っていた。 知っていて、ある夜萬里を煽った。茶化されて怒るか、いつものように間抜けな顔をするかと思ったのだ。 しかし目論見は外れた。暗い路地裏、返ってきたのは噛み付くようなキスだった。 実は僕とて、そういった行為にはかなり慣れていた。遠縁の従兄弟が、昔からこの身体をとても好んでいたからだ。萬里と違い下しか経験がなかったとはいえ、慣らされた身体がその刺激に反応しないわけがなく。 高い喘ぎ声を口内でくぐもらせて、強がった僕の腰は簡単に砕けた。反射的に幼馴染に縋りつき見上げれば、彼はどこか苦しそうに、しかし唇をぺろりと舐めて言ったのだ。 ――煽ったアルスが悪いんだからな。 そのまま抱き上げられて宿まで運ばれ、噛み付く様に抱き合って喘ぎ通した。それが萬里との初めての夜のことだ。 この夜をきっかけに、萬里もまた従兄弟と同様この身体が気に入ったようだった。大変いい笑顔で感想を宣う萬里を殴ったが、流石にこちらは悪くないと思っている。でも萬里に言われるのなら悪くない、とも思ったのは事実だ。 だからそう、次は優しくすると彼は言い、簡単にその次は訪れた。宣言通り彼は優しかった。自らも下になることがある萬里は、受け手側の負担も承知の上で僕を快楽に溶かし、その上で自分もそれを貪った。従兄弟のどこか支配的なそれとは違い萬里はあくまでも萬里で、僕はその優しさに溺れた。そう、萬里が僕に快楽を求めるように、僕もまた萬里を求めていた。 頑なな心はそれを認めようとして認められず、いつもそっけない返事をする。けれどそんなもの、彼はもう気付いているのかもしれないし――いや、気付いたらこの関係は終わるのだろうから、それはないか。 そんな萬里にとって僕は都合の良い相手だった。それを理解している。客観視しても自分の立ち位置は便利なものだった。 特定の相手をもたず、逆らうことの出来ない従兄弟はいても、それ以外の相手には特に求められない限り身体を任せることもない。そしてその従兄弟は猫好きで、萬里のことも気に入っているので問題ない。幼馴染でへんな遠慮は必要なく、呼べば断らない。 以来、この関係はなし崩しに続いている。
「ん、どした、考えごと?」 「――あ、」 その萬里の声に僕は我に返った。あからさまに上の空だった僕に対し、萬里が衣服に手をかけたまま首を傾げていた。彼の空いた手には胸元でリボンとなっていたタイが握られている。僕はそれを見て自分の置かれた立場を思い出した。 ああそうだった、こういう場面で物思いに耽るのは無作法なんだっけ。 「や、べつに良いんだけどね。俺たち別に恋人同士って訳でもないんだし、気軽に好きにヤればいいんだからさ」 「――うん、そうだね」 ごめんと言おうとして、萬里のあっけらかんとした笑顔にその言葉を飲み込んだ。そう、精神への気遣いが求められるような、そんな甘やかな関係ではないのだった。 少し胸が軋んだ。理由は考えてはならない。だからそれでもなお、何も思ってないし感じてない、そんな顔をして肩をすくめた。大丈夫、なんともない、だから。 しかし萬里は何を思ったか、戦を知らぬ綺麗な手を僕の頬に添える。今だけの、すぐ失われるその移り気な温度に、つい自ら擦り寄り目を瞑った。――あたたかい。 そんな僕に対し。 「っあ、んむ……っ!」 突然噛み付くように、萬里の唇が降りてきた。驚きに声を漏らしたその隙を見逃さず、舌が口内へ侵入してくる。 「ん、ふ……っ、ぁっ、んん……ッ!」 萬里の口付けは優しい時もあれば、こうして貪るような激しさの時もあった。今は後者だ、初めての時もそうだった。 添えられていた柔らかな手にいつの間にか頭を固定され、逃げられない。戦いに赴くことなどないくせに、腕力や握力だけは萬里の方があるのだった。 その甘い地獄から解放されたのは、萬里が一通り舐めまわし満足してからだった。その頃には僕の息は完全に上がってしまい、もう体に力など入らない。あぁ、僕は自分がこの行為に弱い自覚があった。だって、こんなのは。 「――っ、おまえ、さぁ……! 恋人でもないとかいうなら、こういうの、やめてくれない?」 「え? キスのこと? なんでさ、きもちーじゃん。いつもしてるし別によくね? アルスだってされるの好きでしょ」 「は、別にそんなこと、」 「下手な嘘つくなってば。隠すことないって。それにわかるよ、だって入ってる時するとすげーナカ締まるもん」 そんな事を、この手の話題が得意じゃない僕に直接いうの、お前は。 萬里が余りにも堂々としているものだから、僕は言葉をなくして黙り込んだ。身体のどこがどうだとか言われても困る。 始める前は意識して出来る事も、いざ始まってしまうと何もかも分からなくなってしまうのだから。 「そう、言うんだったら。もう一回、してよ……」 「うん、いいよ。当然」 「ん、はぅ……っ」 分かってて意地悪を言うならちゃんと甘やかしてよね、と言外に含ませて見上げると、すぐに萬里は応えてくれた。萬里はこの手のおねだりを拒否しない。言えないのはいつも、自分の方だ。 うん、そう、キスは好き、それは事実。だってその間だけは勘違いしていられる――だめだ、これ以上考えてはいけない。 結局そうなれば、何も言えるわけがなかった。肯定すると認めてはならぬ事を突きつけられる事になるし、否定に効力がないことも分かっている。正直なところはもう全て萬里に暴かれてしまっているのだから。 ぼんやりと考えている間にも萬里の舌が口内の隅々まで快楽を味わっていた。次のキスは優しかった。まるで、恋人にするかのように。幻想だ、分かってる、解っている。 「――っ、はぁ、ふぅ」 「っは、はぁっ、は……!」 唇を離し、暫く互いの瞳を覗き込むように向かい合う。萬里のそれは青い。暖かくて、澄み切ったオーシャンブルー。煌めいて、暗がりの中でさえ眩しいもの。海と太陽のような人。 再開するまでは苦手だった太陽は、今はこんなにも、こんなにも――愛おしい、なんて。言わない、伝えない。 綺麗な景色に目を奪われていると、その萬里の青が弧を描いた。彼らしいその宝石が、喜色を浮かべてこちらを見下ろしていた。 「……んはは、アルス顔真っ赤なんだけど」 「な、誰のせいで……っ!」 「んー、俺!」 それなのに。楽しそうな表情から一変し、萬里がにやりと笑う。ああこれはまずい、萬里の気配が変わった。どうして。僕はいつもその理由が分からず困ってしまう。 こうなればもう僕に出来ることはない。今更逃げようとしても遅かった。こういう時の萬里は素早いのだ。 「ぁ、ちょっと、萬里!」 簡単に組み敷かれて憮然とする。逃げられないように固定され、足を割り開かれた。その間に萬里が己の体を捩じ込むものだから抵抗もできない始末だ。もう、仮にも此方は光の戦士だというのに。 その身体能力で、何で狩りの一つもできないの、萬里は! 「こらっ、ばん――ッ、ひぁっ、あ!」 そして彼は、僕の上に覆い被さったままシャツのボタンを外し、現れた蕾を口に含んだ。そこは幼い頃散々従兄弟に弄られて、十分すぎるほどの刺激をもたらすよう変貌している。 「んぅ、んっ、や……ッ!」 敏感になりすぎたところから痺れるような快感が全身を駆け巡り、耐えきれず高く喘いだ。萬里は当然僕がそうなることを知っていて、執拗に摘んだり噛んだりを繰り返す。 萬里の牙はサンシーカーゆえ無いにも等しいのに、それで噛まれることがなによりも苦手だった。気持ちよすぎるのだ。 噛まれるたびに頭が真っ白になりそうになる。 「ひ、んんっ……! ぁっ、あ!」 「だめだって、そんなにビクビクしたら、ほら、下あたっちゃうってば」 「んっ、あぁっあ!」 知っているくせに、萬里は僕の全身に牙を立てた。今は胸の飾りを、菓子か何かだとでも思っているのかひたすらに。そのうえで膝を股間付近にわざと置いて、快楽に背が跳ねると当たるようにしているのだった。 しかも一度当たると萬里はわざと押し付け始めるし、 「だから言ったのに。聞いてる?」 「ぁっ、あ……ッ、ひぁ、んぁあ!」 「聞こえない? 喋れないのかな? もーアルス溶けるの早すぎるって。そんなに気持ちいい? いいよー、気持ちよくなろ? もっとしてあげるからさ」 「やめっ、ぁ――、ばんり……っ!」 ――すぐ手で扱きはじめるのだからたまらない。 萬里はいつの間にやら自分の服も僕の服も寛げて、自分のものと合わせて握っていた。 互いに下半身を守るものは何もない。上半身に纏うシャツはすっかり皺になって、それでも何とか体を覆っている。完全に脱ぎ去らないのは僕がそれを求めたからだった。理由を求められて言えず、言うまで奥を突かれ続け、泣きながら告げたのが確か三回目くらいの時。そう、単純にそれくらいの肌け具合の方が興奮するから、ただそれだけのことが羞恥で口に出来なかったのだった。 「ねえ、アルス……っ、アルス」 その背を、首の後ろへ回されていた萬里の手が軽く撫でる。当然もう片方の手は止まらない。 「アルス、前から抱きしめるから、ちょっと起きて」 「え、ぁ、ばんっ……り、力入んないから……っ、はぁ、ぁ、んあッ……手ぇ、止めてからに、して」 「少し起きてくれれば、後は俺が起こすからいいよ。ほら、背中――アルスも好きでしょ?」 その言葉にぞわりと震えが走った。萬里のそれは、今からすごくヨくするよ、という宣言と何も変わらなかった。萬里は快楽の頂点に向かうほど僕を噛む。特に前から背中を噛むことが好きで、僕は萬里に跡を残されることを好んだ。だから人目につかない時は治せるものも敢えてそのままにして、しかも頻繁に呼ばれるものだから、今も背中には無数の――。 萬里が、僕に残した印。 「――ぅ……、」 考えただけで、頭がくらくらする。 震えそうな全身を誤魔化し、必死で体をおこした。萬里もまた手を止めて僕の腰を持ち上げる。よいしょ、という色気も何もない掛け声と共に僕は萬里の膝の上へおさまった。 これ幸いと足を萬里の腰へ絡める。正面から抱き合えるこの姿勢が、僕は実は好きだった。 「ほんと、こうなると随分甘えただね、アルスは?」 「うるさい、はやく――ッ、ん!」 「言われなくても、俺も気持ちよくなりたいし」 「――ぇ!? ちょっと、待って! そんないきなりッ、ぁんっ、あぁっ、ひぁあッ!」 言葉通り萬里は待たなかった。確かに早くとは言ったけれど、そんないきなり下から入れるなんて! 萬里は、既に限界が近かった僕のものからの滑りを借りて、一息に己のものを中へ収めてしまった。頻繁に萬里を受け入れている体は完全に彼の形を覚えており、挿入への抵抗感はまるでない。それどころか挿入の異物感は全て快楽として拾われ、耐えきれず僕の身体はびくびくと震えた。 「アルスの中、今日もすっごく締まってる……あぁ最高、すっげー気持ちいい……」 「ひぁ……ッ」 萬里の日頃からは比べ物にならないほど低い声が耳に吹き込まれる。それだけでつい中のものを締め上げた。急にそんな声を出されたら、イッてしまいそうになる。僕は萬里のギャップに弱い。こういう時に格好いいなんて萬里はずるいと思う。こんなの、――溺れてしまう。 「アルス、動くよ」 「ぅ、うん……ッあ!」 萬里が大きく開いた襟首を更にゆるめ、下から突き上げながら背に牙を立てる。それだけでもう何も考えられなくなってしまうから、そこから先のことはもうよく分からない。 「あっ、ああっ、んん……ッ、ひぁあん、あぁ!」 「ぁ、きもちー、ぅ……アルスッ、すっごいイイ」 「んなことッ! いわ、ないで……! ぁっ、うぁ……っ!」 「いいじゃん……、言ったって。アルスのナカ、熱い」 「ぁ、あ! ばん、り……っ、あとっ! 耳元、っん! やめてってば!」 そんな事を言いながら、萬里はその首元に崩れ落ちている頭に唇を寄せてくる。腰まで痺れるような声を出しながら甘噛みされて、半ば叫びそうになるのを堪えた。きもちいい、もぉ、こんなの、だめだってば。 しかしそんなものが通用する相手ではなく。 「なんで? こうするだけで締まる――感じてるでしょ。かわいー、アルス」 「――ッぁああっ!?」 その瞬間に限界が来た。せっかく強がってみせていたのに。そんな声で、こんな事を、耳元で好きな人に言われたら――我慢できない。 ああそうだよ認めるよ、僕が萬里のこと好きだってことくらい。都合の良い存在だって分かってて、僕がそれに甘えていることくらい。言いたくて、言えなくて、あぁもう、だから仕方ない、そうでしょ。 好きな人にそんな風に言われたら、トんでしまったって!
あぁ危なかった、挿入れたばかりなのに出しちゃうところだった。そんな事を考えながら、俺はぐったりとしているアルスの体を支え、その様子を眺める。 ほんっと、最高。 吐き出した白濁は二人の間で爆ぜたものだから両者を等しく汚していた。べとべとに汚れて目を蕩けさせ荒く呼吸を繰り返す姿が、本当にえっちだなぁと思う。正直こうなると、アルスは下手な女の子よりよっぽど可愛い。 アルスの中が一番気持ちいいかも、っていったら。そうしたらどんな反応するんだろう。 思い返せば、二回目くらいまではこちらが誘ったけれど、常習化させたのは実はアルスだった。萬里が誰でもいいなら僕でもいいんじゃないの、と告げた声は小さく震えていて、別にそんな恥ずかしいことでもないのにと思った事を覚えている。 いつまで経ってもその羞恥心はアルスの中から消えないようで、ここまで理性を飛ばさないと気持ちを前に出せない所は変わっていない。 ほんと、気持ちいいのを求めるのは全然普通の事なのにな。 ふふ、と笑ってアルスを抱きしめた。更に体が汚れるのも気にならない。普段なら絶対に怒る潔癖症のアルスがされるがままになっているのも、応えて自分から抱きついてくるのも、今この時だけだ。そう思うと面白い。 アルスって実は甘えん坊なのかも。そうしたらそう、やっぱりセックスしたら誤魔化せないなんて可愛いじゃん? さっきだって、耳元で囁いてあげたらすぐに達してしまった。そういう所も相変わらず可愛いなーと思う。 口では素直じゃないことばかり言うのに、行為中のアルスは途端に嘘がつけなくなるから。 そう、うん、わざとだ。アルスはいつもトんでるから朦朧として覚えていないだけで、可愛いって言ってあげるといつもすぐイッてしまう。そうするとナカがものすごく締まって、そのまま持っていかれそうになる。 ああ出したい、と思うこの瞬間がまたよくて、でもここで我慢すると、そのあともっと気持ちがいい。我慢した後のオヤツがとっておきなみたいに。 それに俺、トんでるアルス揺さぶるの好きだし。 「アルス、まだするでしょ?」 「――ん……、する……」 「そうこなくっちゃ!」 「っあ! あう――っ、ぁアッ!」 だから、そのまま続きを始める。アルスの奥、気持ちが良くて熱い所に打ちつける。そこがアルスの好きな場所だった。二人の好きな場所が同じだし、身体の相性はこれ以上ない程いいと思う。 「ひん、あっ、ひゃあぁっ! あっ! はぁ、はっ、ぁ!!」 声を堪える余裕も理性もないアルスが高く高く啼いて、ナカがきゅうきゅうと締まった。元から高いアルスの声は、こうなると歌みたいだなと思う。柔らかく高いアルトが完全に少女のそれになる様は圧巻だ。 甘くも清廉なジャスミンの香水の向こうから、乱れるほど体温が上がり百合が顔を出す。人を誘うその百合の香りは、甘い毒を以て両者を犯すもの。 「ひぁっ、あっ……、ばん、り?」 「ん、ごめんごめん、お前の事見てて」 「ぼく……?」 そう、と返事をする。 この素直じゃない幼馴染は自ら口にできないだけで、本当はこうして抱かれるのが好きなことくらい知っている。 言えなくて、躊躇って、やっと強請れた時の羞恥に染まった顔。それを涙でぐしゃぐしゃになるまで蕩かす幸福。 そしてアルスが好きなのは、俺の低く落とした声で愛を囁かれる事だなんてそんなの、あんまりに。 「――アルス、可愛い」 「ひぅ!!」 ほんと、可愛いやつ。 意識して艶のある声を耳に吹き込む。そうするとあからさまに締まるからクセになってしまった。仕方ないじゃん? これはアルスが悪いと思う。 「ばんり、ばんりっ、きすして、お願い」 「ん、いっぱいシよ」 ああ、これもそう。アルスはいつも自分からは口付けて来なくて、して欲しいと強請る。しかもトんでから。断ったことなんか一度もないのに、何を遠慮しているんだか。たまにすると怒られるし。 「ふ……ッ、んん、あ、あぅ……」 でもしてあげると、やっぱり嬉しそうなんだよなぁ。まあキス気持ちいいしね、分かるよ。俺上手いから。 そんな事を考えつつ、口付けながらアルスを再度柔く押し倒した。上から唾液を注ぎ込むようにキスを贈る。 ほら、たくさん愛してあげる。 「んぁっ、あ!」 そのまま突くとアルスの白い背が弓形にしなり、口が離れてしまった。でも銀の糸はまだ二人の間で繋がっていて、徐々にそれがアルスの普段はすました顔を汚すのが、ああ、これって多分征服欲というやつだ。後ろを使うのとは別の気持ちよさがあって、これもまたいい。 「アルス、俺もそろそろイきたいから、いっぱい、いっぱい突くね」 「んっ、うん、だいじょうぶ、ちょうだ――ッア!」 あのアルスの口からちょうだい、なんて。そんな風に言われたら張り切らずにはいられない。普段との差が凄いのはお前の方だよ。 だから思い切り引いて、奥まで強く穿つ。何度も。気持ちいいのが溢れて止まらなくなるまで。 お前がそこから、もう降りて来られなくなるくらいに。 「ねぇっ、たくさんっ、ほしいの?」 「んっ、ぁあうっ! ほし、いの、ナカ……ッ! ばんりっ」 「ほんと、素直だなぁ。かわいーったら」 「ひゃぁう!」 その台詞を聞くや否や、アルスが中をキツく締め上げながら生理的な涙を溢す。不規則にうねるその快楽がもっともっと、欲しい。 「アルス、かわいいっ、かわいっ」 「ひぁっ! あっあぁ! ばんりっ、ぁう! ばん……ッ」 気持ちが良くて、言葉のたびに反応するのも楽しくて、肌に歯を立てながら繰り返す。アルスの声はもう溶けきって高く、こちらももう波を抑えるのが最早快楽に変わっているくらいに、トびそうで、つらくて気持ちいい。 「ばんりぃ……ッ、あぁっ! も、だめぇ! いっちゃ……ぼくっ、いっちゃうからぁ!!」 「んっ、じゃあ、もっともっと! ね、アルス……ッ」 イくと言われたら、やっぱり派手に気持ちよくイかせてあげたい。だってその方が気持ちいいの知ってるし、俺も気持ちいいから! その思いでまた彼の耳元に口をよけ、激しく揺さぶる。 「アルス、可愛い」 「ぐっ…ん! ぁう!! ば、んり……、すき、ばんりっ、ぁああっ、すき、ばんりッ!」 あぁアルスがイクな、と分かった。だって彼はいつも、訳がわからないくらい気持ちが良くなるとそう言うから。アルスも気持ちいいのが好きで嬉しい。 そういえば一度も言い返してあげてなかった、と律動の中ふと思い出した。俺も、アルスとセックスするの好きだ。 「うん、俺も――好きだよ、アルス」 そう、派手にイかせてあげたい、気持ちいいのをもっと増やしてあげたい、そう思っただけだった。だから耳を甘噛みしながら、わざと気障な台詞回しで、一段と低い声を出して、強く奥を抉って。 そうしたら。 「ひぁあぁッ!? アッ、ぁああぁッ!!」 びくびくびく、とアルスの体が跳ね上がって、今までにないくらいにナカが締まった。ああぁ、我慢できない。 俺はアルスの中に精を放った。どくどくと脈打つ感覚がいつまでも続くようで最高に気持ちがいい、たまらない。その思いのまま白濁を溢すアルスのものを緩く扱き、余韻を楽しむ。 「っあ、はぁ……あッ……、はぁっ、は……!」 「んんっ、ん……きもちー……」 「ぅ、あぅ……ん、はぁ……は、ばん、り……」 そのまま頂点から降りてくるアルスのことを見守る。彼の目の焦点が徐々に此方にあわさり、そして。 「ん……、え………?」 アルスが、呆然とした表情になった。 「萬里、いま、なんて……?」 完全に理性を取り戻した様子のアルスが小さな声で言う。その声は震えていて、俺は首を傾げた。何をそんなに気にしているのだろう。花緑青は罅割れて、綺麗な硝子の様だった。煌めいて近くの灯火を反射する。また噛みつきたくなる。 「えっとー。アルス、俺とするの好きでしょ。いつもイくとき好きって言うじゃん。俺もアルスとするの好きだからさあ、そう言ったんだけど」 収まらぬ欲に気を取られたまま感慨もなく告げれば、びくりとアルスが震えた。それは快楽の波に攫われる時のそれではなくて、あきらかに怯えた動きだった。 「ぁ、う、うそ……」 「――ん? 嘘じゃないって。やっぱり自分が何を言ってるか分かんなくなっちゃってるのかな、いつも」 アルスが緩やかに首を振った。彼が組み敷かれたまま逃げるように後退り、ずるりとナカから抜け落ちる。穴から白いものがごぽりと溢れ出るその姿がやっぱり綺麗だ。 その瞬間まで、そんな事を考えていた。
やってしまった、どうしよう、どうしよう! 僕は顔面から血の気が引くのを自覚した。言ってはならぬことを口にしていた、その事実が心を打ちのめしていた。 この思いは隠しておくべきものだった。萬里にとっての僕は便利なセフレの一人でしかない、分かっている。もし僕が萬里をそういう意味で好きだって知ったら、そうしたら、萬里はもう僕を抱いてはくれないかもしれない――。 「あ、の……、ちが、そうじゃなくて……っ!」 「んん? 違うって何が?」 「ぇ……と、あの……っ」 萬里に嫌われるのが、怖い。 そう思うと耐えきれず、体が、声が、震えるのが分かった。本来ならば彼の言葉に乗って誤魔化すことも出来たのに、こんな反応をして仕舞えばもう取り返しがつかない。その事実を客観視する自分が尚のこと僕を追い詰めた。 「アルス……? お前、」 心臓がうるさい。それなのに指先から冷えていく。天地が回る。思考が縺れる。 きっと萬里は気付いてしまった。この思いに、この望みに。もう、終わってしまう。 「っひ……ぅ、」 そう思ったら我慢などできなかった。制御できなくなった感情が溢れ出して、涙になって頬を伝う。拭っても拭ってもおさまらない。 ひく、と喉が鳴った。嗚咽が溢れて苦しい。こんな姿、見せたくはなかった。見られたくはなかった。やっぱり、知られちゃ、いけなかった。 「んっ、く……ぅ、」 後から溢れて止まらぬそれを抑えることもできず、ただ口元を覆う。けれどそんなものじゃ留められない嘆きが空気を揺らして、その事実がまた情けない。 けれど――。 「えっ!? な、なに、どーした? 痛かった? どこか捻ったりしたか? 大丈夫? アルス、ほら、泣くなって。痛い?」 萬里の様子に、思ったような変化が見られない。 もう終わりだ、心からそう思った。だから萬里がそんなに慌てるなんて、何故、どうして。 「っく、……っ、なん、でも」 「なくない。アルスが俺の前でそんな風に泣くのは初めてじゃん。我慢しなくていーよ。何がそんなにつらかったんだ?」 そういう事だろう、と確認するように萬里が顔を覗き込みながら言う。その海に宿るのは純粋な青。嘲る様な色も遠ざけようとする感情もない、いつもの綺麗な海の光。それがあまりにも変わらないから。だから。 「な、大丈夫だから落ち着け、腫れるぞー」 萬里が己のシャツの袖を目元に添えてくれて、僕は僅かに肩の力を抜く。彼がこんなにも穏やかだから、もしかして、もしかしたら、まだ、希望があるのかもしれない。 「ばん、り……」 「うん、ほら、抱きしめてやるから、泣きやめ?」 「ん……」 だって、萬里が、まだ……優しい。 まだその腕の中に居られる。まだこの温もりを享受していられる。彼の中に嫌悪感は見られず、面倒くさがる様子もない。 それどころか心配され、笑いかけられている、なんて。 「どーした。なんでも聞くから、ほら。言ってみ?」 ――じゃあ、萬里は。僕が想っていてもいいの。僕は望んでも、いいの? ここで幸いしたのが、僕が今まで英雄として数多の決断を迫られる経験をしていたという事だった。そしてそれは、その全てを乗り越えてきただけの器が確かに僕の内にある事を意味した。だからこの時、漸く僕の中で覚悟が決まったのだ。 「ばんり……、萬里」 「なーに? 話する? それともポーション使う?」 「それは、大丈夫だ、から。ねぇ、萬里」 だから、己の袖で目元をつよく擦った。必死で息を整えて、一度目を瞑り、ひらく。ここで言わなかったら一生言えないそれを、音にする。 「あ、の。萬里が飽きるまででもいい。もちろん、断ってくれても――いい。でも、もし、萬里が嫌じゃなかったら。誰でもいいって、そうするくらいなら」 「――ん? うん」 「僕は、萬里のことが、好き、だから。だから、僕と……、付き合って、くれる……?」 小さな声を震わせながら、なけなしの勇気を奮わせて。やっとの思いで、そう言いきった。 それこそ一生に一度の大勝負くらいの心地で、引き返せないその道へ僕は一歩を踏み出したのだ。 そうしたら、萬里が。 「ん、いーよ」 なんて、簡単に返事をして笑うから。 「ふぇ、えっ!?」 僕は萬里の腕の中、驚いて目を見開いた。聞き間違えたか言い間違えたかしたかも。本気でそう思い、首を捻る。 「えっと、お前……、なんて?」 「だから、いーよーって」 何も間違えていなかった様だ。 僕は思わず萬里の頬を抓った。痛いと喚くので夢でもないらしい。そうすると、これはつまり。 「あのさー、自分の抓ればよくねー?」 「お前、僕のこと好きなの?」 「聞いちゃいないのなー。はいはい、んで、好きかどうかってやつね。さあ。どうなんだろうね? アルスも知っての通り、俺は執着とかしないし、恋愛の好きとかもよく分からない。でも好きではあるよ、お前の事。嫌いだったらそもそも抱かない」 「つまり」 「俺はお前が望むなら彼氏になりますよってコト」 僕が望むなら。 その意味を砕きそびれて繰り返す。お願いをして一緒に居てもらうだけの関係になるのか、それともそこに心はあるのか。 いままで共に過ごしてきた相手を想う。誰よりも本質を見せ合ってきた幼馴染の言葉に潜り込む。 けれど。 「お前が望むなら、俺はその間ずっと隣にいる。お前が望むなら、セフレも全員切る。お前はそう望むだろうから、恋人として甘やかしもする。ねーアルス、どうして欲しい? いつもの様に、俺がお前のおねだりをきいてやるよ、お姫サマ」 こんな台詞を与えられたら、もう抗える術なんてない。 抱きしめられる力が強くなり、耳に低い声が落ちてくる。ついぴくりと震えて萬里の胸に顔を埋めた。 「ほら、アルス。俺がお前のおねだりを断ったこと、今までにあった?」 だってこんなの、ずるい。萬里のくせに。そんなに甘い声で僕を呼んで、こんなに嬉しそうに尻尾をゆらめかせて、こんなの、こんなの。 まるでお前、僕の事を好きで堪らないみたいじゃん。 「……、たまに」 「たまにかー。んま、そうかもな。でも今の俺は断んないよ? ほら、言ってみ」 きっとそれは萬里すらも知らぬ想い。萬里の中に確かに存在し、いまだ芽吹かぬ感情の種子。それを今見ているのだ。 だから指摘なんかしない。ただそこにあるものを、目の前の大切な人を、信じるだけ。 「じゃあ、萬里」 僕は顔を上げてその青を見上げた。羞恥で顔に熱が集まるのを自覚しながらも、目を逸らさずに息を吸う。 「僕を――お前の特別に、して」 お前の一番に、お前の隣に、この僕を。 返ってくる言葉が、いーよなんていう軽いものだとしても。 「僕に、恋人にするキスをして。僕のことを、恋人として抱いて。ずっとそばにいて。寂しい夜も痛みに震える夜明けも、お願い、僕を抱きしめて」 そんな仕様もない我儘を、言っていいとお前が笑うから。 「りょーかい致しました、俺のお姫サマ」 そんなふざけた台詞で取る手が、あまりにも優しいから。 だから全てを信じられる。その太陽が明るく照らすから、もう暗闇で迷ったりなんてしない。
萬里、と何度も名前を呼んで口付けを強請る。その度に優しく、時に激しく与えられる愛情に酔う。揺さぶられながら、限界を感じながら、もっと、とつい強請っては苦笑された。 「んっ、ふぁっ、あ……ばん、りぃ……」 「どうしたー、またキスして欲しい?」 「んん……、だいすき、ばんり……」 達したばかりの望洋とした世界の中で言葉を紡げば、それに萬里が笑う。ほんと可愛いやつ、という独り言と共に頭を撫でられ、心が芯から溶けてゆく。 「イく時じゃなくても素直に言える様になったなぁー。まあもうそれだけずっとイッてれば、結局同じなのかもしれないけ、どッ!」 「ひゃぁう、あっ!!」 「俺の可愛いお姫サマ、ほら……ッ、またイってごらん?」 あぁ、すき、萬里。大好き、僕の唯一、僕の太陽。そんな低い声を出されて、もう、もう。 「あっ、ぁああッ――!!」 「――ッ、はは……、ちゃんと出さずにイけたじゃん。うん、いい子」 可愛いねと囁いて首を噛むから、頭の中がまた真っ白になる。ずっと高い場所にいて降りてこられない。 萬里が労う様に撫でてくれる手すら気持ちが良くて、あっ、だめ、そんなふうにしたらまたイっちゃう! 「だ、めえ……! ふぁ、あッ!」 「んんー、可愛いけど、そろそろ感覚おかしくなってくるんじゃねーの。ほらアルス、こんなもんにしとこう?」 「……え、や、やだぁ……。もっと、お願い、僕のこと」 「だーめ。これ以上ヤると、お前明日は高熱で動けなくなるから。これで我慢して」 「ん、ばん――っふ、んん……、ぅ」 優しい笑みと共に降ってくる口付け。舌を介してエーテルが送り込まれてくる。萬里はいつも、行為中に気絶したりしないよう合間にエーテルを供給してくれていた。 刹那主義の奥にあるそんな優しさが、僕は堪らなく好きで。 ぷはと息を吐き、離れていく恋人を名残惜しく見送る。 「ほら、そんな顔しない。昨日までの俺たちとは違うんだろー? だから明日も、明後日も、お前の事だけを抱くよ」 「あしたも、ぼく、だけ……」 それは望んでいないと言い聞かせてきた、本当の望みだった。 「恋人としてうんと甘やかして抱く、約束。だからほら、もう寝ろ? 今日からは帰らないで朝になっても側に居てやるから」 「……、うん」 だから、だから僕は。 そっか、と呟いた。もう僕の恋人だから、焦らなくてもいい。繋ぎ止めてもいい。僕の我儘を萬里が許してくれるから。 安心してもいいんだ。そう思った途端に限界を認知し体から力が抜けた。ほらね、と萬里がくたりとした僕を支えてくれる。愛おしい光。 「……ねぇ、萬里」 「なーに、アルス」 太陽と海の交わる場所に、星が一つ。 居場所を得た僕はその温もりに手を伸ばす。 「夜に――ひどい、夢を……見るから。お願い、僕を抱いて、眠らせて」 「はいはい、仰せのままに」 そういうのちゃんと言えて偉い、と彼が頭を撫でる。 上から言うななんてやり返す気力もなくて、僕は深夜の陽光の中揺蕩うことしかできない。 ふわふわと意識が消えていくのに、包み込んでくれる萬里の存在だけが確かで。それだけあれば、僕は安心して全てを預けられるのだ。 これからは取り繕わず側に居られる。本当の僕で、ありのまま。 だって、お前だけは。僕がただの僕で在る事を知っているから。 だから、だから僕は――。
誰よりも近くにいた人がくれた特別な居場所。 そこで僕はどんな顔も隠さずにお前に見せてしまおう。 暗闇の中を一人彷徨い歩く僕にとって、お前は太陽そのものだから。
寂しい夜も、痛みに震える夜明けも。 その光が迷い路を照らすから、何処までも歩いて行ける。
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