今日も天使は君に微笑まない
森の奥、かつて榎の木が聳え立っていた跡地にて。 生える柔らかな草の上に布を引き、座り込みカップを傾ける。茶菓子はガレット・デ・ロワ。それは目の前の家族の手作りで、ご丁寧にもちゃんと当たりが仕込まれているという。 「へえ、そんな事があったんだね。賑やかで楽しそう」 「それはそうなんだけど。物には限度ってものがあるでしょ。あの後、弁償と謝罪で大変だったんだよ?」 アルスの日常を聴き、その賑やかな光景に笑う午後だった。彼は少しすねた様子で、けれど機嫌の良さは隠しようもなく、結局は蕾が綻ぶように笑い返してきた。手元には銀のナイフ。 「あ、ねえ、ケーキだけど。エリィの分も僕が選んでいい?」 「うん、じゃあ任せる。ちゃんと当ててよね」 「大丈夫だよ。僕ね、こういうの得意だから」 根拠のない自信で星を煌めかせ、アルスが一つの欠片を選び差し出してくる。それから、自分の皿にも一つ。美しい焼き菓子がいい香りを漂わせて――。 「まって。一番大きいやつにしたでしょ。自分はたったそれだけのくせに。そういうところだよ、アルス」 「ふふ、たくさん食べて? 僕のは……ん、天使は微笑まなかったみたい」 「意外と運はいまいちなのかな、君は?」 さあどうかな。……全く、その声音の悪戯な事といったら! 幸せだと彼の全てが語っていた。街角の出会いも、路地裏の邂逅も、森都の再開も。全てが彼の中で宝物なのだと伝わってくる。それは、あまりに。 彼が嬉しそうである事が、嬉しい。 かつて約束をした。世界を繋ごうと願いをかけた。その彼が今やこんなにも大きな輪の中にいるという現実を、私は天使の代わりに祝福しよう。 「――ん、エリィ、ごめん。ちょっと家族から連絡」 「はいはい。気にしないで行っておいでよ。人気者だねえ」 「もう、揶揄わないでってば」 小さな背中。見慣れた背中。ねえ、アルス。私も君が好きだよ。だから本当はずっとこの絆を結んでいたいなんて、君はどうせ分かってないんだろうけどね。 だから、ほら。君はすぐに巣立ってゆくんだ。 結局アルスは次の約束で早々に席を立った。まあいいよ。それが望みだった。物語は幸福でなくてはならない。彼の物語が彩に満ちたものである事を、私は何より、何よりも。 さあ、世界へ。いってらっしゃい、私の家族。 見送る背中、溶ける甘味。そこからは小さな天使が顔を覗かせていて――。 そうやって、君はいつも人の幸せばかりを願うんだね。 「やっぱり君は運がいいよ。ぜ〜んぶ狙い通りなんだから」 そういうところが憎たらしくて、そういうところがいじらしい。放っておけないって、そういう意味だよ。 たまには自分のことを一番にすればいいのに、今日も天使は君に微笑まない。そして同時に、あらゆる祝福は君のものだって奇跡に、ねえ、気付いてないんでしょう。 振り返ればこんなにも。君はもう一人じゃないんだね。
地平の詩篇、空の歌。 物語の交わるこの場所で、高らかに愛を響かせよう。
その出会いに祝福を。絆という福音を、君へ。 どうか次の地平でも、君に幸多からんことを。
[ 29/118 ] [mokuji]
|