窓の向こうへ、高らかに。*
よっ、私うわきのこ。まあ私の事は皆知ってるだろうけど一応自己紹介をすると、美しく可愛らしい一般冒険者ララフェルって所かな。今日も今日とて日々の稼ぎに冒険中――と言えたらよかったのに、実は今日の仕事、一銭にもならないのよ。困ったね。 「……なによ、その目は。何か文句があるのなら仰い」 「えぇー。でも怒るじゃん」 「いつまでもそんな顔で隣を歩かれる方が不愉快よ」 ええー。もう一度繰り返して砂を蹴る。私の隣には赤い魔女。しおんという名の金の亡者が、見上げた先で黄昏色の瞳をぎらりと光らせっ、わぁ、怖いね。うそだって、そんなこと思ってないって。ただちょっとこう、いや何でもないです。でもいやうーん。 でも何って、まあ、アレよ。金よ。稼ぎがないと私とて飢えてしまうのだ。お肉もお菓子も食べられないなんて、そんなの生き地獄じゃないか。酷いと思うよね、ならまあやっぱり口に出すべき欲求というものは存在するのだ。否、これは欲求ではなく要求である。正当な労働者の権利なのだ。という訳で。 「んじゃあさ。お賃金、ちょうだい♡」 「は? やるわけないでしょう」 「なんでっ! どぉじでぇ……ああひもじいよ、世間の風は冷たいよ……うさたろくん、きのこは今日も雑草を食べて生きてゆきます――」 「貴女、昨日私の奢りで肉食べたわよね。これでもかという程、それこそ我を忘れるくらい飲み食いしたわよね」 そうだった。たしかに昨日の私はしおんさんの奢りで宝の地図を追いかけて、なのにその結果はすかんのぴん、悔しさから開かれた宴で大いにその鬱憤を晴らしたのである。飲食代も当然全てしおんさん持ちだった。そう、私は彼女が優しいことをそれはもうよく理解しているのだ。だからお賃金ちょうだい。 「だめよ」 「まだ何も言ってないってえ」 「その顔じゃ、声に出してるのと何も変わらないわ。ならはっきりと始めから口に出しなさいよ」 「言ったら捻り潰すじゃん……」 「当たり前でしょう。聞くけれど対処するとは言ってないわよ。貴女、今の自分の立場を理解しているのかしら」 「というと?」 「奴隷」 「ぎゃんっ!」 ひどい、酷いわ。潰れた犬のような鳴き声を出しながら出てもいない涙を拭う。上からひやりと視線が降るも、しらん知らん。ララ虐を許すな。ダメ、絶対。 そんな私を引き連れてグリダニアを歩く魔女。明るい自然に黒い衣が、いやぁ全く似合ってないね。そのグリダニアで私は魔女の指示するまま西へ東へ納品をして、情報収集に勤しみ、遂には薪割りもして、おぉ、手に豆が出来ちまうよ。 兎にも角にも私は必死で働いたのだ。超優等生なのだ。そろそろ日も傾いてきたし、もう解放されていいと思う。ていうかこれ、お金にならないし。 私の表情を読んだしおんさんが肩をすくめる。 「あのねぇ、これは昨日酔っ払った貴女が割った花瓶の分の労働なのよ。払えない金額を労働力に変えてあげた事を感謝なさい」 「いやいや〜、ぼったくりだって。あの趣味悪い壺そんなに高いの〜? うわきのこ様の時給はもっと高いよ?」 「壺じゃなくて花瓶だって言ってるでしょう。因みに貴女自身はいくらなのよ」 「聞いて驚け、時給七百三十ギル」 「ッフ……、あっそ」 胸を張って答えたのに鼻を鳴らされてしまった。なにさ。高いじゃん。あの変な壺の分は働いたと思う。 そもそもは変な所にあった酒瓶が悪いのだ。そこらへんのものを掴んで飲んでいたら、それがまあ残念な事に強い酒であったらしい。気分が良くなりそこらへんで踊ってみたら、華麗な舞に花が飛び込んで来たというわけだ。ありゃまあ。うん、見事にひっかけました。ごめんなさい。そこらへんの物にこそ気をつけるべきだった。 「反省したかしら? 明日で勘弁してあげるから、キリキリと働きなさい。金がないのならその肉体できっちりと返してもらうわ」 「えっ!? えっちな話……ってコト!?」 「あまり喧しいと内臓を売るわよ」 「ゴッ、ゴメンナサイ……」 そんな会話をしながらカーラインカフェに向かう。一日頑張ったから今日はもう終わり、たらふく食べて明日もまた頑張りましょうって事だ。 オムライス、ハンバーグ、それからパフェ。食べたいものを頭に思い描きながら草を踏めば、うん、もう腹ぺこが過ぎて倒れてしまうね。はやくご馳走にありつきたい。 「ところであの変な壺さあ」 「……あれを選んだのは私じゃないわよ」 「て事はつまり!? えっとお、ところであの素晴らしい芸術的な花瓶さあ〜!」 「ほんっとうに、貴女ね……っと、あら」 「なになに〜って、あぁ!」 しかしくだらない会話で空腹を紛らわせて辿り着いた先は、おぉ無情、満席であったのだ。 人、人、それから人。賑やかな憩いの場が満席である事は珍しくないが、なんとも残念なことに腹が限界を訴えている。与えられた希望を目の前で奪われるほど残酷な仕打ちが他にあるはずもない。 がくりと頭を落とした。そんなぁ、と声をあげ、顔をあげ、視線の先に。 「――ぁ、れ? 君たち、知り合いなの?」 きらりと光る星の瞳、柔らかなアルトの声に乗る困惑。花緑青の知人が、ティーカップを傾けてこちらを見ていた。
ほーん。これを利用しないうわきのこ様じゃあないですよ。
四人席に贅沢にも一人で座っていた知人の名はアルス。以前ウルダハでイヤリングをくれた友達だった。彼はやはり困惑を浮かべたまま首を傾け、私としおんさんを見比べ、それからおずおずと同席を勧めてきたのだった。ははーん、目論見通りってやつよ。 私はメニューを握りしめ、肉の一覧から視線を外して彼を見遣る。なんというか、お疲れの様子だ。 「ていうかアルスくん、おひさー。なんか痩せた?」 「ん、こんちには、きのこ。久しぶりだね。そう言うきのこは……うん、たくさん食べるのはいい事だと思うよ、僕はね」 「えへへっ、へへ……幸せは胃袋にたまるってね。アルスくんも胃袋鍛えた方がいいよ」 「貴女ね、褒められていないわよ、今の」 なんでさ。自慢じゃないがこの胃袋は私の自慢なのだ。おっと自慢しちゃったね。これはうっかりだったわ。 そんな家宝の胃袋に納めるものを注文すべくウエイターを呼び出した。そこのきれいなお姉さん、可愛いララちゃんがお腹を空かせておりますよ。どうか走っていらして! なんていう腹の足しにもならない戯言はさておき、頼まないと始まらないってね。まずはさっき歩いている間に決めた三品。それからドリアと串焼きとケーキとうーん追加でパイもいっちゃおう。あっ、当然奢りでお願いします。 「きのこ、本当にたくさん食べるんだね? あれから仕事が上手く行っているという事かな」 「あっ、あー。それはそうなんだけどね。えっとお。しおんさん、ごちです〜♡」 「ほんっと、ほんっとうに、貴女ね……」 おや、しおんさんが頭を抱えてしまった。風邪かな。栄養価の高いものを食べた方がいいと思うので、オレンジジュースを追加注文する。あ、ジョッキで。 早々に届いた飲み物を片手に、なにやら微妙な空気感の二人を見遣る。しおんさんはコーヒーを、アルスくんは紅茶を。ま、仕方ないので私は余ったジョッキのジュースを傾けて、黙る。 そのなんとも言い難い沈黙を破ったのは、アルスくんの方だった。 「……君は、ええっと、久しぶりだね?」 「まあ、そうね。二度会う事はないだろうと思っていたけれど、賽の目はいつも予想外の結果を示すものね」 「僕も、まさか君とここで不意に出会すとは思わなかったな。でも、それが運命の先の物語だって事でしょう」 うふふ、あは。二人がにこりと笑んで挨拶という名の応酬を繰り返す。優雅にカップを片手に、いや怖。魔女はまあ魔女だけど、アルスくんもそんな顔するんだ。どっちも魔女じゃん。いや片方男か。じゃあどう表現すればいいんだ。きのこ、わかんない。 「二人ってさあ、知り合いなの?」 肉を咀嚼してから尋ねると、二人はなんともまあ言いにくそうに私を見た。なにさ。アルスくんがカップを置き、困ったように小さく笑う。そうしていると穏やかで優しい風貌にしか見えないけれど、いや、あの魔女と微笑みのまま舌戦を繰り広げていたじゃん。騙されないからね? 第一印象からだいぶ逸れてきたその人が、第一印象そのままの柔らかさで告げる。 「えっと、うん。ちょっと前に依頼先で顔を合わせたことがあるかな」 「なに曖昧な言い方してるのよ。私たち、殺し合いをした仲じゃない」 物騒なことを当たり前に言わないでくれますぅ!? 訂正、第一印象は消し飛んだわ。魔女はまあアレ、いつも通りってやつね。気のせいでなければ、私の周りは些か好戦的な人間が多いような。助けてうさたろくん――あ、だめだあの人も手が出るわ。じゃあボスは……だめだ、角だった。 っていうか、うさたろくんは初対面で私に斬り付けてきたよね!? 私もか。あー、まあアレよ、第一印象なんて最初だけだって。友達になるには全然今からでも遅くないって。だからその暗黒微笑を引っ込めてよ。怖いって。怖いんだって。 耳元の花飾りに左手を添え怯えながら(花言葉は守護だし)、右手のフォークを最後のハンバーグに突き刺す。そんな私の向かいには星と炎。混ぜるな危険、混ざるな危険。 まあそうだね、とアルスくんが無感動に物騒な初対面を肯定する。 「それを否定はしないよ。僕らにはそれぞれ仕事と思惑があって、その為に君に刃を向けたというだけの話でしょう。事情と顛末は君も理解している筈だけれど」 「ええ、当然そんなの承知の上だわ。だから貴方のことは見なかった事にしたのよ。あれきりだと思ったのに、こんな所で日常を共有するなんて不意打ちってだけ」 「ん、それについては僕も同じ気持ちかな。君ってこんな日々を過ごしているんだね。闇を切り裂く炎の騎士しか知らなかったから、光の下で会って本当は驚いた」 「それは私の台詞、そのままお返しするわよ。闇を纏う星の暗黒騎士が、こんな顔で笑うなんてね。あの冷たい瞳が嘘みたいじゃない。どちらが本当の貴方かしら」 はあ、お熱いことで。諸々を諦めてドリアを食べる私を置いて、二人は相変わらずの有様であった。ドリアより熱いわ。火傷するわこんなん。もしかして意地っ張り同士ですかね。放っておいたら卵にも火が通りそうなんですけど。 ああもう世話が焼けるなぁ、ここは私が一肌脱ぐか。一枚につき五千ギルでさ。ま、多少はね? 意を決して腕まくりをした、その時である。 「ああー、疲れた。おっもう始めてんじゃん。俺の分のハンバーグは頼んでくれた?」 「ちょっと待てよ萬里! お前が座ったら俺はどこに座りゃいいんだってーの!」 「はっは〜、立ってりゃいいじゃん。おちびさんには走ってここまで来れる元気があるみたいだし?」 「それはアルスに早く報告した方がいいからだろ! あとはまあ、腹も減ったし……」 「そっちが本音じゃん? いいんじゃないの、欲望には正直に、人生素直が一番ってねー。あ、そこのお嬢さん、注文〜」 颯爽と現れたミコッテの男性が二名。萬里と呼ばれた方は最後の席に迷わず腰掛け、残り一名が不満そうにしている。というか、そのための四人席だったのか。やっちまったよ。 「すみませーん。オムライスとハンバーグとそれからパフェ! ドリアと串焼きとケーキと、あ〜っと、パイも!」 オレンジジュースもジョッキで、と萬里なる奴が声を張り上げた。選んだものが私と全く一緒で親近感が湧いてくる。 アルスくんの知り合い、イイ奴じゃん。そう思い彼の人を見れば、おや、完璧な微笑みが崩れていますよ。さっきより怖いこれは、たぶん残念な事にこっちが素顔だね。 そんな彼がぷるぷると震え、 「――っ、お前ら、うるさい! 大きな声をだすな。萬里、お前はまず挨拶。ちび、椅子くらい貰ってくればいい。分かったらすぐ行動!」 「で、でもアルス、混んでて椅子なんて」 「訊く前から決めつけない! いざという時、君はそうやって諦めるんだ? 他人に何とかしてもらうんだ? ふぅん」 「あっ、や、その、ひいっ、ご、ごめんなさい師匠ぉ!」 「な〜アルスはケーキくらいなら食べる? 一口やるから機嫌直せってー。無駄に体力使うよ?」 「誰のせいだと思ってるわけ? まずは挨拶! ほんと、いい加減お前も学習しろふざけるな」 「萬里で〜す。皆さん、今日はごちです〜♡」 「……萬里、お前表に出ようか?」 「ハンバーグ来るから嫌で〜す」 「アルスー! 木材ならあったぞ! これで今から俺がスツール作るからさ、なあ、見ててくれよ」 「はあ!? もお、なんでこの混雑で今作るの? 馬鹿なの? いいから此処座って。面倒くさい、僕が立ってる」 「そんなのだめだ! 萬里お前そこどけよ」 「パフェ食べるから嫌で〜す」 「この、お前なあ!」 「ねえ、同じ事を繰り返すなら僕もう帰るからね。お前たちで会計すればいい。じゃあね」 「うわああああごめんなさいぃい!」 「行かないでえええお金ないぃい!」 ひょえ……こわ……。 怒涛の勢いで繰り広げられた漫才の末、そこには地獄絵図が完成していた。小柄で少女のようなアルスくんに、図体のでかい男二人が縋りついている。いやいや、財布くらい持ってきなよ。え、私の財布? 空で〜す。 結局アルスくんは椅子に戻った。あぶれたのはちびっていう子で、耳をしょも〜と萎れさせて正座している。可哀想。 一方の私は原因となった身なので少し迷ったけれど、結局席を立たなかった。届いたパフェを頬張るのに忙しかったからだ。悩んでいるうちにアイスが溶けてしまうからね。隣の魔女なんて酷いよ。迷う素振りすらないよ。血も涙もないってのはこの事だね。もはやお手本だね。でもお邪魔しているのは私達の方だからさ、そこんところ頼みますよ姐さん。 その冷血恐怖の赤い魔女が、かちゃりとカップを置いた。揶揄いを多分に乗せてアルスくんを指差す。 「ねえ、貴方。そっちの方が素なのね?」 「――っ、」 その指摘の途端、アルスくんは真っ赤になった。よく熟れたリンゴみたいになって手元のカップを揺らす。 「え、あ……、その、」 「まあいいんじゃないかしら。冷酷無比で屁理屈ばかりの暗黒騎士様より余程それらしいわよ、今の貴方」 「う……、もぉ、あの……」 やめたげなよ! アルスくんもう何にも言えてないじゃん。まあなんだ、さっきのは家族にしか見せない顔だった訳ね。 顔を覆い震えるアルスくんと、意地の悪い笑みを浮かべた魔女。奴は強いからね、しょうがないね。私は手を出しませんよ。まずは我が身を守ることってね。当たり前だよなぁ? 哀れな子羊を前に、しおんさんが肩を竦めて小さく笑った。 ……おや。これはデレってやつだわ。なんだよ、心配いらなかったじゃん。きっともう大丈夫だ。 いま彼女の線引きが変わったことを、私は何となく察する。そして実際、次にしおんさんが出した声は随分と優しかった。 「――しおんよ。私の名前。自己紹介は大事なんでしょう」 それは、まるで氷が炎で溶けるように。 しおんさんが右手を差し伸べながら言った。アルスくんは言葉を詰まらせ、小さく肩を跳ね上げた。一度俯いてからまた顔を上げる。そうしたらもう、そこで咲くのは凛とした百合だった。やるねえ、切り替えが早いよ。 「――僕はアルス。改めてよろしくね、しおん」 まっすぐに二人の視線が交差していた。それはさっきと同じだったけれど、うん、全然怖くないね。第一印象なんて大したものじゃない。友達になるのに遅くなんか、ないよ。 繋がれた手と、結ばれた縁。二人の間で私は得意になってにいと笑った。そうそう、物語ってのはこうでないと。 出会いがあり、別れがある。物語は溶けあい、地平と空の交点では新しい歌が響くだろう。だから冒険はやめられない。 「いいね〜! 友達は多くてなんぼ、胃袋も大きくてなんぼ!」 「いいこと言うじゃんお豆さん。平和が一番、楽しけりゃそれでいーよ。ってことで、ステーキくださ〜い!」 「いっすね、いっすね〜。萬里くんとは気が合いそうだわ〜! 私にもステーキくださ〜い! ……ってまて、豆とは」 「あらおチビさん。貴女にはぴったりじゃないの」 「なんだよ、俺か? 呼んだ?」 「君じゃないよ、ちび」 賑やかな森の食卓で、一番賑やかなその席で。今日も舞台は喜劇である。一人では紡げない詩編を空に歌う。屋敷の窓の向こうにあった広く遠い空は、今や掌の中だ。 これを祝わずして、他の何を祝せばいい。この幸福を高らかに、乾杯の音頭にのせて伝えよう。 「私たちの愛すべき友情に! かんぱあ〜い!」
がつん。音がした。ぎょ。ああ〜っとこれは、そこらへんにあった花瓶に私の手がぶつかった音ですね。それから向かいで二人ほど、隣の卓にぶつかってますね。割れる音、三つ。 「……貴女、借金が趣味なのかしら?」 「……お前たち、明日からおやつ抜き」 うわ、やっば。暗黒微笑再びじゃん。ま、物語にはオチが必要……ってね。こうなりゃ逃げるに限りますわ。
世界の地平、縁が結晶となる場所に、黄昏と星が光る。そんな世界で私たちは生きていて、日々はこれからも続くのだ。 だから今は生存第一……ってね!
カフェから飛び出すのは三名。静かに微笑む鬼が二名。私はそっと後ろを振り返って、それから。
[ 28/118 ] [mokuji]
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