「ん……」


何だか寝苦しくて体勢を変えるべく名は身動いだ。


「んん…、…?」


ぐらぐら高熱に煮えた頭が矢張りぼんやりとしていたが、それとは裏腹にひりひりする皮膚感覚に訴える重みに徐々にではあるが意識は引き上げられる。

壁を向いて横たわった自分を包む羽毛布団。
柔らかな毛布の肌触りとは別に、腰に絡みついた温かな人肌の感触は―――


「!?……っ…―――」




すぅ―――…


(な、な、な、…何で…っ!?)


闇に沈みきった室内、エアコンの代わりに別室から引きずってきたのだろうオイルヒーターが静かに空気を暖めている。
静寂に低く耳許を擽るのは、問い掛けるまでもなく現在の名の同居人――奥州の竜こと、伊達政宗の寝息に違いなかった。


名の脳内は大慌てで一人会議を始める。
一体、何がどうなって自分は政宗の腕の中に収まってしまっているのか?

(え、と、病院について来てもらって…、それから―――)

回想の最中、思い出して違う熱さに火照ったのはひとまず置いておくとして


(診察が終わってから…気分が悪くなって、眩暈がして…―――)


そこから先の記憶がない。

落ち着いてもう一度考えようと目を閉じた。
その瞬間、絡みついた腕とは別に身体の下方から新たに差し入れられた腕に強く抱き寄せられる。

「…っっ…!!」

乾いた喉から零された叫びは音にはならず、しかし露わになった項に押し当てられた人肌と湿った感触には、熱のため軋む身体でも暴れずにはいられなかった。

「…ゃ……っ…!」

「…――Ah…n?」


突然腕の中で抗い始めた熱い身体に政宗も目を覚ます。
数度目の薬を与える為に触れた名の身体から、自分も眠るために離れようとした矢先しがみついて来たのは


『!』

乾燥を防ぐためエアコンを切ってはあったものの、リビングから運んだオイルヒーターのお蔭でこの部屋の室温は丁度良いはずなのに

『もしかして、寒いのか?』

飲ませた薬が未だ効ききらないのか名の熱はなかなか引かず、額に乗せたジェルシートもすぐに乾いてしまう。
傍らにずっと付いていてやりたかったが、感染を防ぐためにはそれも叶わず、政宗は隣室で耳を素通りするTVの音声に、只々気を紛らわせていたのだった。

意識はないのだろうに固く握り締めたその指先がまるで

『離れないで』

そう叫んでいる様で…



―――ひとりはいやだ―――



『…っ』

叶えられなかった過去の望み、空だけを掴んだ己の指先とそれは重なって。

辛そうに寄せられた眉根に口づけをひとつ落とすと、羽織っていたセーターだけを床に滑らせて

震え縮こまる名の身体の傍らへと、政宗は己の身体を横たわらせたのだった。





無意識に引き寄せていたその無防備な項に、知らず口づけていたことに驚きが隠せない。

寒がっていたから
しがみついて来たから

離さなかったから

理由はどれも名側によるものだったが、
男とはもちろん、他人との接触にすら不慣れな彼女にしてみれば、拘束されているに等しいこの体勢には只管怯えるだけのものだろう。


(Shit!…コイツが気付く前に起きるつもりだったんだが)


迂闊にもぐっすり寝入ってしまった己に舌打ちしながら、名がこれ以上弱った身体で暴れない様にと政宗は言葉でゆっくりその身を宥めた。


「Sorry名…、あんまりアンタが寒そうにしてたんで抱き締めてただけだ。何も―――」


(“何も――していない”?Ha!…そいつぁ嘘だな…)


「……っっ…」

あまりに側で聞こえる政宗の声に名の身体が跳ねた。

「Oh…、悪かった」

謝り、刺激しないようにそっと絡み付かせた腕を抜き去る。

あまりに熱かった体温が離れたせいで、今度は政宗の身体がゾクリと寒さに震えた。


「…ッ、…そろそろ薬の時間だ。もう少しだけ頑張って起きてろよ?」

言いおいて寝室を出る。


“緊急事態”“人命救助”

いくら理由を並べ立てた所で。

(薬のためだけじゃなく、アイツの唇に触れたのはreality…事実だ)

己の中にそんなpureさが残っていたなんてと苦く笑いつつ、
善意の中に溶け込み含まれた一欠片の欲望のために
…ほんの少しだけ後ろめたくて、その顔を見ることの出来ない政宗と。

冷静になってみれば、純粋に“寒そうにしていたから”―――それ以外の理由で、政宗の様な男が自分を抱き締めるはずがないと気付いて、
被害者ぶった己に恥じ入り、赤面し内心じたばた大暴れな名。


“気のせい”


二人のその免罪符の効力は、果たしていつまで保つのだろうか。





気になって、ちょっかいをかけては叱られて
触れられて、恥ずかしくてもけして嫌ではない

相手の存在から只、離れがたくて―――

















110217




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