「…で、最後にこちらの容器の物で頭を―――」 一人暮らしの3LDK、小さなバスルームで リンスの説明をしていた名に、ふっと影が差した。 不思議に思い、顔を上げるとそこには 「!!?…っ、びっくりした…ぁ…、あ、の、何か質問ですか?」 こちらを覗き込んだまま、距離を狭めてきた政宗の整った顔があった。 (ち、近いよ…!じゃなくてもムチャクチャ緊張してんのに〜!!) 年上の威厳―――とまでは言わないが、 突然訳のわからないままこんな異世界(未来)に飛ばされて、きっと平気なはずがない。 だったらせめて私が落ち着いて、出来得る限りの力になろう。そう決めていたのに (まぁ…大して…、お役には立てないとは思うけど) 必死の思いでポーカーフェイスを保っていても、その実今にも焦って余計な事を口にしてしまいそうだ。 (だって…、政宗、大好きなんだもん…!!) 一方、本人がいくら懸命に平静を装おうと、そんな不慣れな擬態が政宗に通用するはずもなく、 (Hum…、なーんか隠してやがるな…) それが、己の生命に関わる様なことではない様な気はするのだが、目の前の“家主”の一挙手一投足が気に掛かって仕方がない。 (…行動そのものっつうか… Aha…n…、そうか、ククッ) 彼女にしてみれば、自分は異世界の住人であると同時に偉人でもあるらしいから、緊張は当然のことだろう。 しかし、平和なこの時代、一人で暮らしているこの女は (―――オトコに慣れてねェんだ) 辿り着いた答えに政宗の唇が弧を描いた。 年上らしく落ち着いて、丁寧に此方の世界の暮らし方を教えてくれているが、近付くと…逃げる。 多分無意識だろう。 政宗が距離を詰めると、びくりと肩が上がるのだ。 試しに気配を消して近付いてみると、ビクビクと野犬に狙われた、兎の様に怯えている。 (面白ェ…) 武士や城主としてではなく、ただの“男”として見られるのは一体どれだけ振りか。 人並み以上にそういった経験はあるが、女は皆政宗を一人の男として相対していた訳ではない。 また政宗自身も立場上、そんなものだと考えて来た。 しかし (コイツは違う―――) 無言のまま見つめている政宗を不安気に見上げて来る… 名の、もっと違う“表情”が見てみたい―― そう強く感じて、ほとんど無意識に政宗はその手を名の頬へと添わせた。 「!!?!」 驚いて飛び上がりかけたその様に満足して、更にそのまま指先を頤に掛け、持ち上げて視線を絡ませた。 何の前触れもなく始まった政宗の行動に、遂に名の平静心メーターが振り切れる。 バッ…と、音がする様な勢いでその項まで真っ赤に染めて――― 「!…OH…、泣くなよ」 「な、いてません!」 狭い浴室で、好きな男と二人きり。しかも、まるで艶めいた関係の様に頬に触れられて―――極まる羞恥心に感情が高ぶり、少しだけ瞳が潤んでいるだけだ。 言い訳しながら、『手、離して下さい』と、必死に政宗から逃れようとする。 その様子が既に政宗を煽っているのだが、男に免疫のない名にそんな事は理解できず、 S心に火の点いた政宗に、その目尻に浮かんだ涙を吸われ… 「!!?!!?!///////…っっっ!! いやぁーーーーーっ!!!!?」 「OH…、Sorry Sorry… あんまりcuteだったから止められなかったぜ…」 ククク…と喉奥で、それこそcool微笑われて 「あ、の…////、大変お恥ずかしいんですが、私、男性関係の免疫が全く無いんです…! だから…」 「こういったskinshipは嫌か?」 「!!?嫌っって言うか、/// 恥ずかしいので、出来れば控えて頂きたいなぁって…!」 慌てふためく名の頬に再びリップ音が響く。 そして、政宗のイケメンfaceも超・至近距離だ。 (こ、これが、噂の逆トリ名物、“筆頭のセクハラ”!!?) 「か、勘弁して下さい…! じゃないと、私、きっと心臓が止まっちゃいます…!/////」 両手を政宗の胸元に当てて、必死に距離を取ろうとする。 名にとっては一生懸命なその力も、政宗にしてみればくすぐったい程度でしかなくて なのに、未だ耳まで赤く染めたまま、『お願いします…!』などと震える声で囁かれれば――― (Ah〜やべェな…、マジで手ぇ出したくなって来た…) 突然飛び込んでしまった異世界 そこで、たまたま出会(でくわ)しただけの女だったはず なのに、気付いたらその仕草や表情に誘われている自分がいて――― (流石に、家主を商売女みたいに抱く訳にはいかねぇしな…) 「――Sorry、悪かった」 ぽんっと、甘くなり過ぎた室内の空気を誤魔化す様に、政宗は名の頭にその掌を乗せ、説明の続きを促した。 急に変わった政宗の様子に、戸惑いは感じたものの、とられた距離にようやく息をつくことが出来て名はほっとする。 (胸の片隅に感じた、僅かな痛みは――― 多分…きっと、気のせいだから―――) ← → bookmark? |