雨乞いの祈り-2


 
「なっ! 何故暗部が……!」
 驚愕した男たちは、皆まで言わぬうちに九影に当て身を食らわされ、実にあっけなく倒れていく。
 そして必要のなくなった影分身は、すぐに音を立てて消え去ったのだった。

「……っ、ナルト!」
 雪那が駆け寄ると、ナルトは億劫そうに身を起こして、肩に突き刺されたクナイを無造作に引き抜いた。
 嫌な音がして新たにできた血溜まりが、雨に薄められていく。
「ちょっとナルト! 何して……っ!」
 慣れない血のにおいに、雪那は吐き気をこらえながらナルトの肩を支えた。が、ナルトは平気そうで、むしろ呆れて溜め息をついたくらいだった。

「それはこっちの台詞だ。お前まだあんだけの数の中忍、相手にできねえだろうが」
「判ってるけど……黙って見てられる訳ないじゃない」
 許せる訳が、ない。
 怒ったように言いながら、ハンカチを出して細長く引き裂き、ナルトの傷に巻いていく。
「おい、そんなことしなくてもすぐ塞がるぞ」
「そういう問題じゃないの!」
 雪那がぴしゃりと言い放つと、ナルトは小さく溜め息をついて、されるがままになった。

 こんな場面に出くわしたのは初めてではない。

 だけどどんな罵声を浴びせられても、どんなに理不尽に傷つけられても、ナルトは渇いた瞳で「慣れたから平気だ」なんて言うのだ。

 雪那はそれがとても哀しくて、無性に悔しい。

「セツナ」

 だからこんな時に、ナルトが優しい声で名前を呼ぶのは、反則だと思う。
「お前が泣くなよ」
「……これは雨なの」
 意地を張って涙がこぼれないように天を仰ぐと、いつの間にか止んでいた雨の最後の雫が目に入って、頬を流れて行った。

「……帰るか」
「……うん」
 雪那は立ち上がったナルトに小さく頷き、雨で濡れた顔を袖口で乱暴に拭う。
 放り出した本を拾うと、ナルトのために買った『野菜嫌いのための野菜料理レシピ』は、雨に濡れて案の定べろべろになってしまっていた。
 けれど、中身は読めないわけじゃない。

 空は腹が立つくらいにいい天気だから、今日の夕飯は野菜炒めにしよう。
 雪那はナルトが嫌がるさまを想像して、少し笑った。

「……今度は笑ってんのか?変なやつだな」
「変で結構。……ねえナルト」
 今日は手を繋いで帰ろう?
 小さくそう言うと、ナルトは大人びた顔で苦笑する。
「……仕方ねえなあ」

 差し出された手は温かいのに、なぜ彼を化け物だなんて言えるの?

☆ ☆ ☆


 あの空みたいなナルトの瞳は、渇いて雨を降らせることはないけれど。
 いつか麻痺して凍った涙を、ちゃんと流せる日が来るように。


 それは、あなたの瞳に雨を乞う祈り。


【終】

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