雨乞いの祈り-1


 
 晴れた空からぱらぱらと落ちる雫。
 天が泣いている。

 だけどあの子の晴れた空みたいなあおいあおい瞳から雫が落ちることはない。


『雨乞いの祈り』



「あ!天気雨だ」
 買い物からの帰り道。
 不意に降り注いだ雫に、雪那は天を仰いだ。
 空は快晴。なのにどこからか降り注ぐ雨が、柔らかく体を打つ。
「やだ、本が濡れちゃう」
 濡れた本って、紙の端っこがべろべろになっちゃうのよね。
 雪那は本の入った紙袋を濡れないように抱え込んで、最近ようやく覚えた近道を通るべく、路地裏へと駆け出した。

 しばらく走っていた雪那は、ふいに雨音に紛れて聞こえてきた声に足を止める。
何を言ってるのかまでは判らないけど、複数の怒鳴り声。

 喧嘩かな?
 雪那は眉をひそめる。

 こういう場所だとたまに遭遇するから、ナルトには気をつけるように言われてるんだけど……。
 何となく嫌な予感がして、その声のする方へ近づいた。

「化け物め!何故のうのうと生きている!?」
「お前のせいで俺の両親は…っ!!」

 近づき、聞こえてきた罵声に瞠目する。
 これで誰がどんな目に遭ってるか、気付かない訳がない。
 雪那は走りだし、複雑に入り組む路地裏の角を声のする方へ曲がった。

 視界に飛び込んできたのは、日の当たらない路地裏で四、五人の男たちに囲まれ、抵抗もせずに暴行を受けているナルト。
 地面を流れる赤は、紛れも無く彼の血で。
 うずくまって、嵐が通り過ぎるのをひたすら耐えているようなナルトを目にした雪那の頭の中は、真っ白になる。

「お前が死ねばよかったんだよ!!」
 そう叫んでクナイを振りかざした中忍らしき男の背後に、雪那は一気に肉薄し、躊躇いもせずに渾身の掌打を浴びせた。
 買ったばかりの本が入った紙袋をその辺に放り出してしまったけど、気にしていられない。

「ぐわっ!?」
「何だ!?」

 男は前方に吹っ飛び、他の者たちは突然の闖入者に慌てふためく。
 仮にも忍が、(自称)一般人に毛が生えた程度の私に吹っ飛ばされるなんて、情けないわね!

「ガキだと!?」
「何しやがる!!」
 男たちはいきり立って雪那の方を見た。
 お門違いの怒りに血走った目が、矛先を間違った憎悪で歪んだ顔が、醜い。

「……あんたたち、何してるの?」

 その声に顔を上げたナルトが、雪那の姿を見て眉を寄せたのが見えた。
『おれにかかわるな』と唇が動いたのが判ったけど、それには気付かないふりをする。

「このガキ……よくもやってくれたな……っ!」
 吹っ飛ばされた情けない男は、立ち上がって雪那を睨みつけた。
 しかし次の瞬間、ごぼりと血を吐いて倒れ込む。

「おいどうした!?」
「このガキっ!何をやった!?」
 騒ぐ男たちに静かな一瞥をくれてやると、雪那はことさら無表情で言った。
「愚かな。忍が手の内を簡単に明かすとでも思うか」
 正確にはまだ見習いであって忍ではないのだが、これはハッタリだ。
 雪那は恐怖を煽るように、敢えて子供には相応しくない固い言葉遣いを選んだ。
 さっきは不意打ちだったからよかったが、さすがにまだ中忍以上の複数の忍を相手に、勝つ自信はない。
 頭に血が上っているようだから、騙されてくれるといいけど……。

 例えバレても、引くつもりなんて毛頭ないけどね?

 案の定、男たちは怯んだようだった。
 その隙を見計らったかのように、彼らの間に降り立つ漆黒の影。

「そこまでだ」
 静かに宣告したのは、狐面の暗部。
 ナルトがいつの間にか影分身を作り、変化させた『九影』だった。


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