スレシカ短編夢『忘却の代償』-2 「シカマル、すっごい熱出てるよ? ここ来るより先に病院行きなよ、これまずいって」 多分無意識だろう、心配げに覗き込むユエの手が、今度は俺の額にそっと乗せられた。 ひんやりとした指は、同僚や幼馴染のくのいちにはない柔らかさだ。それに少しほっと息をつくと、俺はまた目を閉じた。 ユエにこんな顔で心配してもらえるなら、たまにはぶっ倒れるのも悪くないか。何せユエは本気で俺を殺しても死なないと思ってる節がある。ブチ切れたナルトと喧嘩っつーか殺し合いでもしない限りは。 ……自分で言ってて悲しくなってくるな、オイ。 「……病院行ってもあんま意味ねーんだ。これ知恵熱だし」 「はっ!? 知恵熱!? あたしならともかくシカマルが!?」 溜め息のように言った俺に、ユエは素っ頓狂な声を上げた。 そんなにおかしいだろうか。 「……知恵熱ってのは、要は頭の使いすぎってことだろ……ただでさえ俺は、常人なら働くはずの脳のリミッターが常に外れてる。休ませずに使い続ければ、すぐオーバーヒート起こすんだよ」 通常、人間の脳は普段30%ほどしか使われていないという。 しかし常にフル稼働状態の俺の脳は、雑多な情報を垂れ流して働き続け、なかなか俺を休ませてはくれない。 サボる時は全力でサボる。ボーっとすることすら、俺には全力でなければ難しい。そうでもしないとうまく調整が取れない俺のこの脳味噌は、果たして他人が言うように素晴らしいモンなんだろうか。 「うーん……頭いいのも大変なのね……。あたしなんて興味ないことはもちろん、覚えたいこともなかなか覚えらんなくて困るけど」 ユエはそう言って、俺の頭を労わるように撫でた。何度も行き来する柔らかい手の感触が気持ちいい。 『手当て』という言葉は文字通り手を当てることからきていると言うが、確かにユエに手を当てられるだけで俺は癒される気がする。 ユエは忍ではないし、当然医療忍術が使えるわけでもない。 けれど、この柔らかな手はいつも俺を癒してくれるのだ。 まあ、張り倒されることもよくあるけど……。 「……それが普通なんだし、いいんじゃねーの」 うとうとしながら、俺はそう答えた。 確かにこの能力は忍としては役に立っていて、今さら捨てたいと思うようなものでもない。でもその普通の感覚は俺には分からなくて、少し羨ましい気もする。 「――忘却ってのは要するに記憶の選別、人間が人間として生きていくのに必要なシステムだ……それがあることによって辛い記憶、不必要な記憶は淘汰されていき、結果的に前向きに生きていけるようになる。 ……統計では、思い出の六割を楽しかった記憶が占めてるらしいぜ……」 半分眠っていても、俺の脳の片隅にあるデータはほとんどオートで引っ張り出されてくるから、俺は目を閉じたまま呟くように引き出された情報を口にした。 言いながら思う。 選別する以前にすべての事象を蓄積してしまう俺の脳は、きっと先天的に壊れているんだろう。だから熱に弱い脳の限界を振り切っていることにも気づかずに回転し続け、こうしてぶっ倒れるハメになる。興味のないことしか覚えられないというユエの脳は、人として正常だってことだ。 ユエはふーんと感心したような気の抜けたような微妙な返事をして、ぺたぺた俺の額を軽く叩いた。 「……あのね、起こしといてなんだけど、もう寝なよ。……ゆっくりしてられる時間、そんなにないんでしょ?」 せっかく休みに来たのにやっぱり無駄に頭を働かせ続けて、眠れなかったせいで何か致命的なミスをしたりなんかして、それがあたしのせいだったなんて死んでもごめんだからね、と。 少し怒ったように告げるユエが本当は心配しているのは判っていたから、うっすらと目を開けた俺は、俺の額に乗せられたままのユエの手を取ってすこし笑う。 「……そうだな。じゃあ、もう少し膝借りていいか?」 「…………、ど、どうぞご自由にっ!」 目が合うとぷいっと横を向いてしまったユエの頬は、隠しようもなく赤くて。 ……あ、やべー可愛い。 そう思ったから、素直じゃないユエの手を引き寄せて、そのてのひらに軽くキスしてやった。 多分俺が起きる頃には足が痺れて立てなくなってるだろうから……「うひゃあ」なんて色気のない叫び声は、聞こえなかったことにしてやるよ。 忘却を知らない壊れた脳の代償が、この汚れのない柔らかな手を守る力だというなら、俺は甘んじて受け入れよう。 血を知らず、か弱く、天邪鬼だけど優しいユエの手。 この愛しい手を守るためなら。 (めんどくせー、なんて思ってられねーからな……) めんどくせーことに、と、その皮肉に内心苦笑しながら、俺はようやく眠りに落ちた。 ☆ ☆ ☆ あたしの手を握りしめたまま眠ってしまったシカマルを見下ろしながら、あたしは治まらない動悸を抱えて途方に暮れていた。 ど、どどどうしてくれるのよッ! どっきゅんどっきゅん心臓がうるさいのよッ! だいたいシカマルは、ニヤリ笑いしたら壮絶に男の色気をかもし出すんだってことを自覚した方が……って、自覚したらしたでヤバイか、あたしがからかわれるだけだもんきっと……。 シカマルは何だかんだ言って、本気になったら腹黒いから。 今までどんだけ罠にハメられて来たことか……ッ! 何かいつもシカマルの方が余裕ぶっこいてて悔しい。あたしの方が若干年上だってのにさ。まだ十五、六のくせに無駄に色気あるしさ。膝枕だって何だかナチュラルな反応だったし……。 まあそれは、その前にシカマルの頭思いっきり落っことしたせいかもしれないけど。 いつもだったら、珍しいとか雪が降るとか言われて張り倒したり、フトモモやわらけーとか何とかセクハラ発言かまされてやっぱり張り倒したり……あ、なんか張り倒してばっかだあたし。普段の行いをちょっと反省。 そのシカマルを張り倒してばっかりのあたしの手は、戦いを知らないやわい手だ。 シカマルはこの手を好きだって言ってくれるけど、あたしはそれがちょっとコンプレックスで、鍛えてみようとか思ったこともあった。 ……まあ無駄だったけど。盛大に怪我してシカマルにすんごい怒られただけだった。 うん、人には向き不向きというものがあると思い知ったよ……。 何にもできないあたしの小さくて弱い手を包むシカマルのひとまわり大きな手は、ちょっとてのひらがかたいし傷もある。あたしと違って何でもできるこの手が羨ましかったけれど、きっとこのかたさと傷の分だけ大変なことがあって、シカマルの無駄にハイスペックな脳味噌はそれを全部覚えてるんだろう。 考えてみたらパソコンだって使いすぎれば熱くなって止まっちゃうもんね。人間の脳味噌もおんなじなんだ。 あたしは握られていない方の手を、またシカマルの広いおでこにそっと乗せてみた。 てのひらに伝わる熱はまだ高くて、冷たかったあたしの手はどんどん熱をうつされてぬるくなっていく。 こんなになるまで休めないシカマルが、どうしても休みたくなった時にここへ来てくれるのが、実はすごく嬉しい。本人を目の前にしてはなかなか言えないんだけど。 それで少しでもこの手がシカマルの役に立てるなら、もっと嬉しいと思うあたしは、悔しいけど結局すごくシカマルが好きなんだ。 あたしのあんまり出来のよろしくない脳味噌が、ひたすら回り道をしてようやくそんな結論にたどり着いたから、シカマルのお疲れなおでこにキスのひとつでも落としたいな、なんて思ったけど……身体が柔軟ではないあたしにはこの体勢からそれをするのが無理そうだったので、代わりにぺちりとてのひらで軽く叩いておいた。 ……あくまで愛を込めて、ね。 【終】 【夢小説トップ】 【長編本編目次】 【サイトトップ】 |