コンプレックスの共有と仮想敵 |
可愛い彼女の可愛い問題の後の話…… 「北条君。手貸してー」 部室に向かっている途中、背後から来た志乃に声をかけられて大海は足を止めた。振り返り、小柄な先輩に笑顔を向ける。 「はい、佐伯センパイ。何を手伝えばいいんですか?」 「違う違う。『手』を貸して欲しいの」 「手、ですか」 首を傾げながら大海は手を差し出した。 すると志乃はその手に自分の手を合わせてきた。大海は強烈な既視感を覚える。 つい先日もそうやって手を重ね合わされた。それは目の前の彼女ではなく別の相手で、だがその手の小ささは似通っているように思えた。 「……やっぱ大きいね」 「そうですか?」 「うん。紫ちゃんの言うとおりだった」 志乃は謎の言葉を残して歩き出す。反対側に首を傾げた大海は、視界の端に見慣れた人影を捉えて声を張り上げた。 「あ。紫サン!」 「え、紫ちゃん?」 自分を呼ぶ声に、紫は軽く片手を上げて応じた。彼女の元に駆け寄ろうとした大海の隣を、反対方向に歩いていたはずの志乃が駆け抜ける。 先を越されて大海は足を止めた。その間に紫の元に着いた志乃が、彼女に向かって何やら報告し始めた。 「やっぱり紫ちゃんの言うとおりだったよ!」 「ああ。でかかったろ」 「うん」 「なんか悔しくないか?」 「うん。悔しいよね」 「ムカつくよな」 「ムカつくよね」 「ええと……さっぱり話が見えないんですが」 大海の問いかけに、紫はキッと鋭い眼差しで彼を見遣った。 「お前の手足が大きくて、私たちの手足が小さいと言う話だ」 成程。大海は思わず納得した。 志乃の手も紫と同じくらい小さかった。彼女もまた、その小ささにコンプレックスを感じているのかも知れない。紫と同じように。 だが―― 「わかりました。でもわかりません」 「何がだ」 「どうして僕がムカつかれるんですか」 大海の至極まっとうな問いかけに、志乃は笑顔でさらっと言った。 「ただの八つ当たりよ。ねー紫ちゃん」 「そうだな。お前には気に入って買った靴下の踵が余ったり、そもそも履ける靴を探すところから始めなければならない私たちの辛苦はわからないだろう」 「わかる、わかるよ紫ちゃん!」 「志乃ちゃんだけだよ、この悲哀を理解してくれるのは!」 やたら二人で盛り上がった後で、紫は再び大海に向き直ると、きっぱりと言い切った。 「と言うわけで、お前は私たちのコンプレックスに対する仮想敵だ」 ……大きいなら大きいなりに不自由はあるんだけどな。 そう思った大海だったが、シンデレラたちの機嫌を損ねない為にも、敢えて沈黙を貫いたのだった。 |