可愛い彼女の可愛い問題



 


 彼女は決して小さな訳ではないが、いつもそばにいるのが男の中でも背は高い自分であるから、どうしても小柄に見えてしまう。
 そして彼女を構成するパーツは小さいものが多いのもまた事実で、――彼女はそれを非常に気に病んでいる。
 そんなの別に気にする事じゃないのに。自分はそう思うけれど、彼女にとっては小さいことが大問題なのだ。

 ……断っておくが胸ではない。彼女が着やせする質だと言うのは今までの経験則から断言できる。……以下自粛。
 最も、彼女ならば『胸なんて別に小さくてもいい』とか言いそうだけど。うん物凄く言いそうだ。はあ。






「北条は手も足も大きいな」

 藪から棒に紫が問うて来て、大海は目をぱちくりさせた。今日はやけに凝視されていると思ったら、気になっているのはそこだったのか。

「そうですね。やっぱり背が高いから、手も足もそれなりには大きいですね」

 広げた右手を差し出すと、紫はその手に自分の左手を重ね合わせる。
 紫の無意識の行動に、大海は目を見開いた。乾いた温かい手は、やはり自分のそれよりだいぶ小さくて可愛らしい。

 ――そのまま指を絡めたくなる衝動をぐっとこらえる。
 向こうから触れてきてくれるなんて滅多にないんだから。貴重なんだから!



「……ここまで差があると、むしろもう大人と子どもだよなあ……はあ」

 盛大なため息をついて紫は机に突っ伏した。
 これはアレだな。また彼女のコンプレックスを刺激する何かがあったんだな。
 大海は紫の頭をポンポンと撫でた。

「紫サーン、悩みなら聞きますよ?」

 悩みと言うより愚痴だろうが。わかっていて尋ねると、顔を上げた紫が大海を睨みつけた。

「北条。お前、足何センチ?」
「……何センチに見えます?」

 素直に答えると感情を逆撫でしそうな気がして、大海はしれっと問い返した。
 だが今は、それすら紫の気に障ったらしい。彼女は冷たい目で彼を一瞥した後、再び机に突っ伏したのだから。

「……お前に相談する悩みなんてない」
「ああっ! やさぐれないでください紫サン!」
「どうせ私は背も手も足も小さいよ!」
「身長は一般的女子並にはあるでしょう?」
「どうせお前よりはるかに小さいよ畜生!」
「紫サ〜ン……ガラ悪いです……」

 困り果てた大海がうなだれると、目の前の紫が静かになった。そっと様子を伺うと、ごめん、顔を上げることなく謝られた。



「完全に八つ当たりだ。みっともない真似した」
「何か、あったんですか?」

 柔らかな口調で、改めて問い直す。
 すると紫は、弟が、と呟いた。

「え?」
「いつの間にか、弟の手足が私よりデカくなってたんだ……」

 ああ。
 それは大海にも覚えのある感情だった。自分自身には今でも自分より背の高い兄しかいないが、まだ自分に成長期が来ない時期、自分より小さかった同級生が急に大きくなったのを見てやっかんだ感情。

「男って、ある時を境にグングン成長していきますからね。きっと弟さんも、すぐに紫サンを追い越して行っちゃいますよ」
「わかってる!」

 うわべ同意している紫の口振りからは、だが隠しきれないやるせなさがほとばしっている。

「まだ私より小さいし、声変わりもしてないし、馬鹿で生意気でそれなのに私より……屈辱だ……」
「屈辱……」

 そこまで言うか。大海は苦笑して机に伏した紫の頭を撫でた。

「仕方ないですよって言ったって、紫サンは納得できないんでしょう?」
「当たり前だ」

 いつまでも手の掛かる馬鹿で可愛い弟だと思っていたのに。ぶつぶつと零す紫こそが大海には可愛くて仕方ない。



「ねえ紫サン?」
「何」
「男子ってね、つまらないプライドをいっぱい持ってるんです。特に大きい小さいは、思春期の男子にとっては最重要事項に値する問題だから。弟さんが成長したこと、お姉さんとして、めいっぱい喜んであげてくださいね」
「……やだ」
「僕の前でなら、愚痴ってもいいですから」
「……それもやだ」

 それっきり紫は静かになった。きっと内心いろいろ葛藤しているのだろう。
 紫が何も言わないので、大海はずっと紫の頭を撫で続けた。






可愛い彼女の可愛い問題



「ところで弟さん、何歳なんですか?」
「え? 中3だけど」
「……そうですか……」

(中3男子をつかまえて、あんまり可愛いって言わない方がいいです紫サン)
(だってそれも、男のつまらないプライドのひとつですから)


 
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