入部希望と動機と残念クオリティ -上- |
「紫サンって、文芸部なんですか?」 散々ポスターを貼って回ったその後に。 最後の一枚をしげしげと眺めてから、北条は言った。 「そうだけど」 今更それを聞くんだ。そう思いながら軽く返した私だったが、次の彼の台詞を聞いて、思い切り眉をそびやかした。 旧校舎に入るのは初めてだという北条を連れて戻った、文芸部部室。 扉を開けると、紅茶の良い香りが漂ってきた。 「ただいま」 「お帰り紫ちゃん」 「おふはれはまれすー」 「ご苦労様。お先にお茶、頂いちゃったわよ」 帰還を告げた声に、部室内にいた三人が応じてくれた。 文庫をめくっていたストレートボブの華奢な美少女・志乃ちゃん、口いっぱいにお茶請けのマフィンを頬張ったくるくるパーマの可愛い新入部員・なのっち、優雅にカップを傾けるゆるウエーブの美人部長・かんなちゃん。現文芸部のメインメンバーだ。 私の後ろに着いて現れた背高のっぽの姿を見て、三人は目を見張った。 「紫ちゃん……誰それ?」 「えーふみのほーひょーふん!?」 「あら。あの時の」 予想はしていたことだが、部室内が一気に賑やかになった。私はため息をついて背後をちらりと見やったが、北条は変わらず笑顔を浮かべたままだった。 「はいはい。事情はちゃんと説明するから。 とりあえずかんなちゃん、お茶淹れて欲しいな。志乃ちゃん予備のカップある? なのっちは……その口の中のブツを飲み込みなさい。 あと北条、空いたとこ座ってて」 てきぱきと指示を出しながら私は棚の上のバスケットに手を伸ばす。そこには私が作ってきたマフィンが入っているはずだった。 だが中身は空っぽで、私はため息をついてバスケットを元の場所に戻した。口を一生懸命動かしている小動物系後輩が食べたのだろう。きっと。 お茶請けを諦めて北条の斜向かいに腰掛ける。そのタイミングでかんなちゃんが紅茶を北条の前に、それから私の前に置いてくれた。 「今日の茶葉は最近見つけた紅茶屋さんのキーマンよ。渋みが少ないから飲みやすいと思うわ」 「いただきます」 快活に告げて北条が紅茶に口を付ける。私もストレートのまま口にした。味利きをするには何も入れない方がいい。澄んだオレンジ色の紅茶は、確かにかんなちゃんの言うとおり飲みやすく、ストレートでも十分美味しかった。 「で、誰なの?」 私の隣に座った志乃ちゃんに改めて問われた。 「訳アリ入部希望者」 「その通りなんですが……なんか身も蓋もない言い方ですね」 苦笑しながら北条がカップを傾ける。 「えー、北条君入部希望なの?」 「紫ちゃん、ちゃんと説明して頂戴?」 かんなちゃんに促され、私は北条の告げた言葉を思い出しながら口を開いた。 ――僕でも文芸部って入れますか? そう聞かれて私は眉をそびやかした。 文芸部は決して大きな部ではない。部費や何かを鑑みた時、部員は多いに越したことはないのだ。何事もお金が全てである。 だが…… 「……僕『でも』って何?」 私が引っかかったのはそこだった。 「えーとですね。僕、文章を書くのが苦手で。だから上手になりたいっていうか……」 それはまた斬新な動機だな。私は思った。文芸部のような趣味の色合いが強い部は、大抵その道が好きな者ばかりが集まるものだから。 「ちなみに本を読むのは?」 「別に苦ではないですけど、あまり好んで読みません」 「……じゃあ新聞は?」 「それもあまり」 成る程。それじゃあ文章は書けないな。 私は首を捻った。これはかんなちゃんと志乃ちゃんに諮った方がいいだろう。 「北条」 「ハイ」 名前を呼ぶと笑顔で応える。笑顔はコイツのデフォルトなんだな。そう思いながら私は続けた。 「時間はあるか?」 「え?」 「良ければ部室に寄っていけ。それは私の一存では決めかねる。他の部員に諮ってみよう。……それから」 歩き出しながら私は言った。 「ポスターを手伝ってくれた礼だ。とびきりのお茶をご馳走してやろう」 |