入部希望と動機と残念クオリティ -下- |
振り返れば大したことのない理由を告げると、かんなちゃんも志乃ちゃんも、何とも言えない顔をしていた。 ああわかる。わかるわ。私もきっと、さっきおんなじ顔してたから。 「北条大海……君、だったかしら?」 「ハイ」 かんなちゃんが口を開いた。次に続く言葉も予想がつく。 「とりあえず、書いたものを見てみないことには何も言えないと思うの。だからとりあえず、何か書いてみて頂戴」 「何か……ですか?」 「そう。何か。難しかったら……そうね、最近読んだ本の感想とかでもいいから」 難しい顔で首を傾げた北条に、志乃ちゃんが重ねて問いかける。 「一番最近読んだ本は?」 「……教科書?」 「もうどこからツッコんでいいかわからん……」 ため息をついて頭を抱えた私に、なのっちが笑いながら言った。 「この際教科書でも良くないですか? センパイ方は去年勉強されてるし、どの話もそんなに長くないし」 その言葉にかんなちゃんが頷いた。 「そうね。一理あるわ。……じゃあなのちゃん、一年生の現国の教科書で、あなたの心に一番響いた話はどれかしら?」 北条がそれを持ってきたのは、次の日の放課後だった。 原稿用紙一枚に書かれたそれを一読して、私は声に出さずに呻いた。ナンダコレハ。 ――小学生の作文。それも低学年レベルの。 即ち、『誰々は何々した。だから自分はこう思った』の繰り返し。 ……これは、確かに、酷い。 かんなちゃんが重々しく口を開いた。 「北条君」 「ハイ」 「申し訳ないけど、この残念クオリティじゃ、部紙に掲載するのは到底不可能ね。入部は許可できないわ」 「……そうですか……」 北条は目に見えてシュンとした。ああ。うなだれた耳と垂れた尻尾が見えるようだ。 「ただし、条件を出しましょう。次の部紙の締切までに、まだ見られる文章を仕上げてくることができたなら、入部を許可します」 「え?」 かんなちゃんは意味深に微笑んだ。 「特別に、専属講師として鷹月さんを付けます。頑張って精進してね」 「ハイ!」 ……ちょっと待って何ソレ!? 「聞いてないんだけど!?」 「だって今決めたもん」 思わず声を上げた私に、しれっと返すかんなちゃん。違うよねその顔は確信犯だよね。 「いいじゃない紫ちゃん」 と志乃ちゃんが割って入る。こちらも意味深な笑顔は共犯か。 「部員は多いに越したことはないし、レベルはともかくやる気のある人を拒絶することはないよね?」 「頑張って下さい! 紫センパイなら何でも出来ると信じてます!」 満面笑顔のなのっちがトドメを刺す。 私は頭を抱えた。この壊滅的な文章センスしか持たない物書きの、どこをどうやったらマトモな文章が書けるようになるんだろうか。 だけど私は気付いていた。よれた原稿用紙に、消しきれなかった文字の跡。 きっと、書いては消し書いては消し、北条なりに頑張ったのだろう。それに気付いてしまったから。 懐かれた。頼られた。そして本気を見せられた。だから。 ──私はもう、見捨てられない。 「……ああもう! スパルタで行くからな!」 やけくそで叫んだ私の視界に入った北条の顔は、今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。 |