smooch 〜before the game〜 |
その日、思案に暮れている風の紫ちゃんに声をかけると、彼女は眉間に皺を寄せながらアタシを見上げた。 「ねえ志乃ちゃん。」 「何、紫ちゃん。」 「私さ、今度のかんなちゃんの誕生日に、どうしてもプレゼントしてみたいものがあるんだけど……ちょいちょい、」 手招きされて近づくと、彼女はアタシの耳に口を寄せた。部屋には誰もいないのに。一瞬そう思ったけれど、彼女の言葉を聞くにつれ、彼女がそれを誰にも聞かせたくなかった理由が解った。 「何? ……ふんふん、へー。おもしろいじゃんソレ。」 「だろ? ただそれに至るいいアイディアが思いつかなくってさ。」 「うーん……」 成る程、それであの思案顔。 だけどアタシにはすぐにひとつのアイディアが浮かぶ。 「じゃあさ、北条君に相談してみない?」 「ヤだ。」 即答。アタシは首を傾げた。 「どして?」 「だってあの馬鹿、絶対別の意味で食いつきそうだもん!」 「でも絶対北条君なら良いアイディアくれるよね? だって紫ちゃんをそれに至らせるのはお手のもの……」 「わーわーわー! 何てこと言うんだ志乃ちゃんは!!」 「はいはい。まあアタシもソレ乗った。アタシから北条君に聞いてあげるから、ちょっと考えてみよ?」 「う……うん。」 狼狽え動じる紫ちゃんは相変わらず可愛い。 だから愛でたくて仕方ないんだよ、それは心の中でだけ呟いて、アタシは第二図書室に居るだろう彼の元へ足を向けた。 「へー。おもしろいですね、ソレ。」 紫ちゃんのプレゼント案を聞いた北条君は、興味深そうに頷いた。 「でしょ? で、それに至るまでの方法が、何か良いアイディアないかなって。」 「うーん……僕なんかのアイディアじゃ、すぐ会長サンに看破されそうなんですけど。」 「そう? 北条君の考えって、宮本会長の考え方とは根本的に違うから、案外うまく行く気がするよ。」 そう言うと北条君は考え込んだ。アタシも一緒に考える。だけど頭の良い宮本会長の裏をかくなんてできるかな……? そこで話をしていた廊下の窓からフワッと大きな風が流れ込み、アタシたちの髪を舞い上げる。外ではヒラヒラとトランプの札のように幾枚もの葉っぱが地面へと落ちていった。 「……トランプみたい……」 「トランプですか……いいかも知れませんね。」 アタシの呟きを拾った北条君が、悪戯っぽい笑顔になる。 「その景品を、本命プレゼントにしちゃいませんか?」 「え?」 「誕生日パーティーをして、その最中にトランプでゲームをして。ただ景品がそれって言うんじゃひねりがないから……そうですね、いっそ景品を王様ゲームみたいな感じで決めちゃいません?」 「どうやって?」 ワクワク笑顔に引き込まれて、自分の口角も上がるのがわかる。……ヤバい。楽しい。 「ボックスを三つくらい用意しておいて、『誰が』『誰に』『何をする』って相澤センパイに引いて貰ってからゲームを始めるんです。」 「つまりは?」 「相澤センパイには『一番に勝った人』が『相澤センパイ』に『……』っていうパターンを引かせれば良いんですよ。」 「勿論……、」 「出来レースです。狙いはそこにあるんですから。」 北条君はアタシの目線に合わせて腰を折ると、飛び切り良い笑顔で内緒のポーズをとった。 「会長サン、目の色変わるでしょうねー。」 「あ、でもさ、トランプならなのちゃんが勝っちゃわないかな? あの子の強運はハンパないもん。」 「僕としては、むしろそれが狙いなんですけど。」 違和感のある言葉に首を捻る。……? 「なのちゃんが勝ったら意味なくない?」 「いえ。むしろ吉野が勝って、吉野が相澤先輩にしてくれた方がいいんです。そうしたら会長サンのことだから、絶対上書きすると思うんですよね。」 「成る程ねー。」 北条君の言葉は目から鱗だった。アタシは感嘆の吐息を漏らす。……やっぱり北条君に相談して良かった。 「じゃあ紫ちゃんに話してみる。……きっと上手くいくよね?」 「いけば良いですね。相澤先輩に、キスのプレゼント。」 ――いきます、と断言しないところが北条君。 だけどアタシはその顔を見て、『きっと』が『絶対』に変わった気がしたんだ。 smooch 〜before the game〜 「……と言うことで、北条君とかんなちゃんの誕生会のプレゼントを話してみたよ。」 部室に戻り、紫ちゃんと二人きりのチャンスを狙ってアタシはこれまでの経緯を説明をした。 うん、とだけ頷いて苦そうな顔をする紫ちゃん。肩肘を着いて溜め息を盛大に吐いた。 「絶対になのっちが勝つぞ、それ。絶対になのっち決行するぞ。会長は黙ってるのか?」 彼女は夏合宿に酔っ払ったなのちゃんからキスの洗礼を受けている。きっとそれを思い出しているのだろう。 「でも宮本会長のことだから、上書きするだろうって北条君が。」 「アイツ!」 急に紫ちゃんが頬を赤らめる。 「……紫ちゃんも上書きされたと言うこと?」 わざと紫ちゃんの下から顔を見上げてみる。 「ち、違っ、志乃ちゃん!!」 「同じ流れを今度は確信犯として北条君は考えてるみたいだよ。」 アタシの笑顔に紫ちゃんは必死に違うと何度も否定をしていたけれど、経験談から来る北条君の言葉が今は一番納得の行くものかもしれない。 そんなことを思いながら、アタシは三つのボックスに入れるカードの内容をピックアップするべく、軽快な音を立てて蓋を外したサインペンをわら半紙に走らせた。 |