There's no use crying over spilt milk. |
紫×大海、 無茶と怒りと先に立たない後悔の裏話... 見かけたのは、本当に偶然だった。 自高の制服。クルクルな髪の毛。――吉野なのだ。 雑貨屋のショーウインドウを覗き込んでいる彼女を見つけて、聖は眉をしかめた。アイツ何してんだ。 少し離れた所には、不機嫌そうな紫と彼女を宥める大海がいる。部活で買い出しにでも来て、なのがいつも通り自由気ままに行動しているのだと察せられた。 やがて満足したらしいなのは、小走りに紫の元に駆け寄った。彼女に向ける満面の笑顔が心をチクリと刺す。――笑顔を振りまくな。 ストーカーよろしく見ているのも憚られ、聖はクルリと踵を返した。 目的の本屋に着くと、聖は目当ての参考書を選んで支払いを済ませた。そのまま出て行こうとして、雑誌コーナーで再び見覚えのある後ろ姿を見つけた。……だからお前はどうしてここにいる。 本屋を出た聖は、脇の自販機コーナーでポケットから携帯を引っ張り出した。アドレス帳から馴染みの電話番号を呼び出し、通話ボタンを押す。 三コール目で電話が繋がった。 『……もしもし?』 「北条。吉野が駅裏の本屋で遊んでるぞ。いいのか?」 単刀直入に言うと、電話の向こうで北条が苦笑した。 『あれ? 下野、本屋にいたんだ。さっき僕たちその前を通りかかったんだけど』 「知らん。店内にいたときかもな」 『備品の買い出しに来たんだけど、吉野がウィンドウショッピングを始めちゃってさ。本屋でストップしちゃったから置いてったんだけど』 「そうか」 『下野、このまま吉野を回収してくれない? そしたら僕は紫サンとラブラブデートできるから』 「お断りだ。それに一方的なのはラブラブとは言わんだろう。戯言を抜かすなら切るぞ」 『…………待って下野』 電話の向こうの北条の声が、俄かに真剣なものに変わった。 「……どうした?」 『紫サンがいない』 「鷹月先輩もか……皆自由気ままだな」 『違う。紫サン、僕が電話してるからって少し離れて待ってたんだ。でも断りもなしにどこかに行くような人ではないし……。そうだ、吉野は?』 「ちょっと待て」 聖は足早に店内に戻った。さっきの雑誌コーナーにも、それ以外の所にも彼女の姿は見当たらない。 「……吉野もいないな」 『じゃあちょっと戻ってみる。下野、もし吉野を見かけたら捕獲しておいて。……嫌な予感がする』 「わかった」 聖は携帯をしまうとため息をついた。 杞憂ならいいのだが、大海の嫌な予感は結構な確率で当たるのだ。それが今は疎ましい。 「あのクルクルパーめ。どれだけ俺に手間をかけさせりゃ気が済むんだ」 悪態をつきながら、聖は来た道とは反対方向に足早に歩き出した。 当てもなく進んだのだが、程なく聖は見覚えのある姿が駆けてくるのに気が付いた。 「吉野!」 「え……下野くん……?」 声をかけると、なのは足を止めてしまった。最後の距離は聖が詰める。叱咤しようとして聖はなのの様子がおかしいことに気が付いた。 「下野くんお願い……紫センパイを助けて!」 叫ぶ彼女は顔を上げない。そして肩が細かく震えている。 事情を聞くより落ち着かせる方が先だと判断し、聖はなのの両肩に手を置いた。 「落ち着け。鷹月先輩のところには北条が行っている」 そう言うとようやくなのは顔を上げて聖を見た。 「……ほんとう?」 「ああ。大丈夫だ」 確証はないが確信はある。大海なら大丈夫だろう。聖は力強く頷いた。 なのの顔が泣き出しそうに歪んだ。 「……良かった……」 それなのになのは聖に縋ろうとはしないのだ。いつもと違う彼女の姿に聖は戸惑いを覚えた。 「何があったか、言えるか?」 だから自分もいつもと違う優しい声音で聞いてやる。するとなのは再び俯いた。 「ヘンな男に絡まれて、あたし、ソイツが怖くて何もできなくて……そしたら紫センパイが助けてくれて、逃がしてくれたの。でもソイツは紫センパイを追いかけてって……。 あたし、北条くんを呼びに行こうとして、でも紫センパイを置き去りに……っ」 ポツリ、ポツリと。呟くように小さな声で吐き出すなのは、見ているだけで痛々しい。聖は彼女の肩に置いた手を自分の方に引いた。 ――抱きしめられたなのが目を見張る。 「もう大丈夫だから。お前も、鷹月先輩も大丈夫だから。だからそんな声出すな」 「下野くん……!?」 「らしくないお前なんて、お前じゃない」 そう言うとなのは下野の胸に顔をうずめた。そのまま激しく肩を震わせる。 「あたし……紫センパイを危ない目に……!」 「そうだな」 「あたしが勝手な行動したから……!」 「そうだな。今度から気をつけろ」 「でも……っ」 「今はお前だ。無事で――良かった」 強く抱きしめると、嗚咽が漏れた。 電話の音が鳴り響くまで、聖はずっと、しゃくりあげるなのを抱きしめていた。 「……そうか。良かった……ああ。わかった。じゃあな」 電話を切った聖をなのが見上げた。相手が誰かと言うのは、タイミングと聖の口調でわかっているらしい。窺うような瞳で聖を見遣る。 「鷹月先輩は北条が送っていくと言っていた。お前ももう、今日は家に帰れ」 「……うん」 「俺が送っていってやるから」 「…………うん」 「ほら」 手を差し出すと、なのが目を見張った。聖の顔と手とを交互に見ている。 「要らないならいくぞ」 「待って! いるから!」 慌てたなのが聖の手に自分の手を重ねた。聖はその手を引いて歩き出す。暫く歩いたところで、引っ張る感触と小走りななのの足音に、聖は少し歩調を緩めた。 ひとりでいたなのに声をかけなかったことを、聖は激しく後悔していた。 ――コイツが危ない目に遭ってたのに、助けられなかった。 コイツを助けたのは俺じゃなく女の鷹月先輩で―― ……守れなかった。 その事実が激しく聖を苛んだ。 |