無茶と怒りと先に立たない後悔 -上- |
人生に『たら』『れば』は有り得ない。 それでも私は考える。 もし私が男だったら。もっと力があれば。 誰をも過不足なく守れるくらい強かったら。 そうしたら、こんな思いはしなくて良かったのかな――? 北条の携帯が鳴った。すみません、ちょっと失礼します。 人気の少ない路傍へ立ち止まり通話ボタンを押す彼から私は少し離れた。 必要もないのに荷物持ちを自薦した北条と、「北条君が行くならあたしも行く!」と言い張ったなのと、三人で備品の買い出しに来たはいいものの。 すっかりウィンドウショッピングを楽しんでいるなののせいで、未だ目当ての品は買えていない。 挙げ句の果てに、彼女は途中の本屋で完全に足を止めてしまった。仕方がないので、「先に行くぞ」と断って置き去りにしてきたのが少し前の話。 北条の電話はすぐに終わりそうな気配はない。なのがそろそろ追いかけて来ているかも知れないし、ちょっとだけ、様子を見に戻ってみようかという気になった。 北条の様子を気にしつつ、来た道を引き返す。そして角を曲がったところで、 「……んな……困ります!」 聞き覚えのある声が聞こえた、気がした。 そちらの方向へ歩きながら耳をそばだてていると、再び、同じ声。――私は振り向くことなく駆け出した。 人気の少ない裏通りで、軟派そうな男に絡まれていたのは、やはり、なのだった。しつこく絡む男と、迷惑を通り越して困惑している彼女の間に、私は迷うことなく割って入る。 「この娘に何か用?」 「……紫センパイ!?」 驚きの声を上げるなのの手を引いて背中に庇うと、私はキッと男を睨みつけた。だが男に臆した様子は見られない。 それどころか私に対しても馴れ馴れしい様子で声をかけてきた。 「へー、キミこの娘のセンパイなんだ〜。キミもかわいーね。オレと一緒に遊ぼうよ〜」 ……こういう時、制服という記号は正直面倒くさいと思う。私をも『女子高生』という一律のモノに見せてしまうから。 私はか弱く可愛らしい普通の女子高生とは違うのに。 「断る。私たちにはアンタに付き合う義理も時間もないから。……行こう」 私はきっぱりと断ると、怯えた表情のなのを促し歩き出す。そして、 ……肩を掴まれた。 「そんなツレナイこと言ってんなよ〜。オレはただ、一緒に遊ぼうって言ってるだけじゃん」 肩に食い込む男の指が痛い。振り向けばニヤニヤと嫌らしく笑う男の顔、頭の中で危ないと警鐘が鳴る。 逃げた方が良さそうだ。だけどなのはすっかり怯えてしまっている。なのを庇ったまま逃げきれるか―― ……でも、やるしかない。 私はなのの肩をポンポンと軽く叩いた。見上げるなのに力強く微笑んでみせる。そして、 「走れ!」 叫ぶのと、なのの背中を突き飛ばすように押すのと、肩に置かれた男の手を振り払うのは同時だった。 そのまま一回転して、遠心力でカバンを背後の男にぶつけてやる。不意を突かれてよろめく男をさらに突き飛ばし、私はなのとは違う方向に走り出した。 「こっの……!」 体勢を立て直したらしい男は私を追ってきた。これでなのは大丈夫、思いながら頭を巡らせる。……さてどうする。 足音が、だんだん大きくなってくる。意外と足が速い。しまった足も引っかけて転かしておくべきだった、舌打ちするももう遅い。 そして角を曲がったところで、道の先がなくなってたたらを踏んだ。――行き止まり。土地勘がないのが災いした。 どうしよう、どうすれば。逡巡する、その間に距離を詰めた男の右手が私に伸びた。避けきれずにセーラーのタイを掴み上げられる。私は不快感に顔をしかめながら、ぎゅっと拳を握り締めた。 私という獲物を捕らえた男が笑った。 「鬼ごっこはオシマイ。さ、次は何して遊ぶ?」 ねっとりとした声でそう言われ、背筋が怖気立った。……嫌だ。触るな。離せ。言いたいのに声が出ない。どうしようどうしようどうしよう。 男の左手が私の顔に伸びる。スローモーションのような景色の中で、刹那、脳裏を掠めたのは北条の顔。そして―― 「そのひとに触らないでください」 ――北条の声がした、そう思った瞬間、私に迫っていた男が吹っ飛んだ。 |