終幕


「くるー…こないー…くるー…こないー…」

「……」

「くるー…こっ………くるー…こないー…くるっ。よし!」


高々と上がった日差しを浴びる、少し茶色く染められたきれいな髪。後ろ姿で顔はまだ見えないけど、少女、ではなく女性に成長したであろう目の前の友達は、ガッツポーズをすると意気揚々と、花びらを毟った後の残りを捨てた。

さっきまで花占いってやつをやってたんだろう。途中から順番変えてたけど。…いつからそんな乙女チックになったんだ。


「よーし。…くるー…こないー…くるー…」


ものの数メートルしか離れてない背後に、俺がいることなんて気付いてないんだろう、また新しい花を摘んでイカサマ花占いを始めた。
…たぶんだけど、それも無理だな。

ようやく気付いたのか。いや、気付いたのは、花びらが偶数ってことな。そーいや昔、数学苦手だったな。って、俺もだけど。

その用済みとなった花をぽいっと捨てて、はっきり聞き取れるぐらいのため息を吐きつつ、季節外れの海を見つめてた。
話しかけるなら、今だ。

…どうしよう。緊張してきた。今だ今しかないって思うと余計に、声が出ない。ああ、昔っからこんなんだな、俺は。

そもそもこいつはあの手紙のこと、覚えてんのか?いや、ここにこうしているってことは、出したこと自体は覚えてんだろうけど。
でも5年前だ。内容を事細かに覚えてるかっていうと、怪しい。受験勉強してただけあって、最後の方は俺よりずっと成績は良かったけど。もともと賢いとは言えない方だったし。

内容、そうあの手紙の内容。あれに書いてあったのは、あの頃の思い出が大部分だった。
あんなことがあったね、こんなこともあったね、楽しかったねって。

それと、もしあの約束を覚えてるならまた水族館に行こうってこと。金持ってチケット買って。
俺の誕生日に、今度は自分で作った桜餅を渡したいってこと。それまでにお菓子作り頑張るからって。

ようするに、実は今日ここで待ち合わせってわけじゃない。日にちは俺の誕生日だから今日ってのはわかったけど。時間は書いてなかった。…だから俺は今朝早くから近くのファミレスでスタンバイしてたけど。

待ち合わせじゃない。俺はずっと会いたかったけど、こいつはもしかしたら単に思い出を伝えたかっただけじゃねーかって。
たった今花を無慈悲に毟ってたのも忘れて、結局あの頃と同じで踏み出せない。

…ああ、でも。ポケットに入れたあの日の手紙。これをこの先も後悔にしたままなんて、嫌だ。

俺の手紙も、こいつのと大差はなかった。間違えまくって消しまくったのか、すげー黒ずんでた。
それと、俺らの手紙の最後には、同じ言葉が書いてあった。

それを思い出して背中を押された気がした。
いつの間にか俯いてた俺は、さぁ話しかけるぞと気合いを入れて前を向いた。

向いたら、ちょっと前からもうすでに振り向いてたんだろう。
光希と目が合った。


「………ブン太?」


久しぶりだ、こんなふうにドキッとすんの。5年も経ってるくせに、あの頃とまったく同じドキドキだって、思った。


「…よう、久しぶり」


何声上ずってんだよ。緊張してんのバレバレじゃんか。でもしょうがない。俺自身のドキドキはまったく同じなのに。

光希はすごく、きれいになってる。

同性仲間に近いーとか、私服じゃパンツばっかでーとか、思ってたのは遥か昔だ。
一人の女性になってる。


「…え、ほんとに?」

「そーだよ」

「……ブン太?ほんと?」

「どっからどー見てもそうだろぃ」


そうでもないか。こいつが変わったように、俺も背が伸びたり顔つきや体格なんか、男性になったんだろう。

ドキドキはまだ止まらない。けど、光希はそんな俺を知ってか知らずか、立ち上がってすぐ目の前までやって来た。…ああ、身長はさほど変わってねーな。差が広がってる。


「…ひ、久しぶり」

「…おう」


光希は、今更過ぎるけど下を向いた。照れてる、明らかに。
けど俺も同じく下向いちまってる。


「背、伸びたね」

「うん。高校入ってから伸びてさ」

「そっか。…なんか、大人っぽくなったなあ」

「まぁ今日で二十歳だからな」

「そうだ!お誕生日おめでとう!」

「サンキュー。……お、お前こそさ」

「え?」

「お前こそ、き……」


きれいになったな。そう言いたかったけど。いやー、再会していきなりってのは何かなぁって、思って。

でも、同じ言葉が書いてあったんだ。それはあの頃の俺と光希が書いたもんだから。5年も経ってるし、今もそうだという自信はない。

ただ確かめたかった。あの頃のことも。
今、俺も光希もここにいる意味を。


「………そういや、アレは?」

「アレ?」


ちょっと慣れてきたから穴が開くほど見てるんだけど。光希は、小さな鞄を持ってるだけで、その他には何も持ってない。


「アレだよ、手紙にも書いてあったろ」

「…なんだっけ」

「ほら、桜餅」

「……桜餅?」


光希はさっぱりわかってないような顔をした。なるほど、俺のちょっとした予感は当たってたわけだ。
ざっくり手紙のことは覚えてたものの、内容の詳細についてはあんま覚えてないってこと。

いや、それはしょうがないぜ。俺だって手元になきゃ細かく覚えてなかったし。桜餅はちょっと期待してたけど。

そう思ってたら光希は、あ!って声をあげた。思い出した顔……、ではなく。うれしそうな顔。そして俺の後ろに視線が向かってる。
あーやな予感。


「仁王!」

「おう、久しぶりじゃな」

「久しぶりー!来てくれたんだ!」


やっぱな。もうあのファミレスで待っとけって言ったのによ!今日ついてきてくれたのはありがたいけど、今はまだ邪魔なんだよ、じゃーま!

そんな俺の考えてることが伝わったんだろう。仁王はククッと笑った。
仁王にも今日、久しぶりに再会したけど。あの頃とマジで変わってねーのな。


「そんなあからさまに邪魔って顔しなさんな」

「してねーよ!」

「俺も光希から手紙、貰ったからのう」


そう言って仁王は、手紙らしき封筒をひらひらさせた。それは俺が貰ったのと、ついでに俺が書いたのとまったく同じ封筒。


「はぁ!?」

「なんじゃ、びっくりして」

「お前…!そんなこと一言も言ってなかったじゃねーか!」

「言っとらんかったっけ?そりゃすまんな」


ははっと愉快そうに笑う仁王の声に、横から、かわいいもう一つの笑い声が重なった。


「相変わらずだなあ、二人とも!」


きれいになった、大人の女性になった、でも変わらない。
明るい光希の笑顔は、忘れてなかったあの頃と一緒。


「仁王、ありがとね」

「ん、こちらこそ」


何で仁王に礼を言うんだって。しかも仁王もこちらこそって何だよ。さっきだって、仁王が現れた途端にうれしそうな顔しやがって。

仁王はまた俺の顔を見て意地悪そうに笑うと、ちょっとそこまでって、ふらりと消えた。
それはそれでありがたいけど。二人きりになったらなったで、また静かになんじゃねーかと思った。

でもそんな心配はいらなかった。すぐに光希が口を開いたから。


「実はさ」

「ん?」

「あたしも、仁王から手紙貰って」

「…え?」

「これ」


そう言って光希は手紙を出した。それはさっき仁王が見せたのと同じ。俺が貰ったのと書いたのと同じ。5年前のあれ。


「今までありがとうっていうのと、俺とブン太のこと忘れないでって、それだけ書いてあってね」

「…出してたのかよ、あいつ」

「あたしもびっくりしたよ。届いたのは中学卒業した直後だったかなあ。ほら、引っ越し先の住所は教えてなかったけど、転送届があったし」

「……」

「これがあったから、ずっとここに来なきゃって、思ってて」

「……」

「ブン太は?あたしのこと、覚えてた?」


ヤキモチって言うのかこれは。悔しいって気持ちか。
仁王も光希も、あのとき素直に自分の気持ちを書いて、そんで素直に送ったわけだ。


「…覚えてなかったら来ねーよ。俺は」

「……」

「ずっと、この手紙だってずっと心残りだったんだ」


そう言ってポケットから手紙を出すと、光希は瞬時に俺から奪った。正直今更渡すつもりはなかった。恥ずかしいし。

そんな勝手に恥ずかしがってる俺をよそに、光希は真剣な表情で手紙を読んでる。封開けるときにビリって言ったのは気にしない。


「…同じだ」

「ああ、同じだろぃ」

「あたしと同じこと、書いてある」


いつか見たように光希は、笑いながら涙をこぼした。
そうだよ、ほとんど同じことなんだ。最後の言葉もな。


「仁王にも同じこと書いたのかよ」

「うん、だいたい……でも」

「?」

「これはブン太だけ」


そう言って手紙の最後の言葉を指差した。汚ねー字。黒ずんでるどころか字そのものが汚い。

最後の最後になったけど、おれは、私は、
光希が、ブン太が、


「「“好きです。”」」


声が重なった。上ずってはない。ただ言い終わった後のすっきりした気分とついでにまた、ドキドキが再発した。

でも、ドキドキするけど。照れ臭いけど。
言いたいこと全部、言いたくなった。


「あの頃に言わなくて後悔した」

「うん、あたしも」

「ずっと会いたかった」

「あたしも」

「俺は……」

「……」

「やっぱり光希が好き」


あれ、そこであたしもって言わないのかよって、一瞬思った。ノリでも雰囲気に流されたんでも何でも良かったから。
でもほんとに一瞬だったらしい。単に俺が緊張してて、たったの1秒でも待てなかっただけで。


「あたしも」


光希は手紙で顔を覆った。せっかく熟成されたある意味骨董品なのに、きっと涙で濡れて字が滲む。

まだあの頃の後悔全部昇華しきってないけど。水族館もまだ入ってねーし。
とりあえず一つ目の後悔を供養しよう。


「光希」


構わずぎゅっと抱きしめた。あの頃、確か夜学校に忍び込んだときにもちょっとやったけど。
それよりずっとずっと心地いい。ドキドキもする。

やっと手に入ったんだって、取り戻したんだって。そっと背中に回された光希の腕に幸せを感じた。たぶんもう俺の手紙はしわくちゃだろう。でもいい。

少し体を離すと、見上げた光希の目に俺だけが映ってる。きれいになった、ほんとに。

まぁ、お互い大人だし。今日再会したばっかとか、気持ち伝えあったばっかとかはどうでも良くて。
とにかく好きだと、愛しいという気持ちが込み上がって、自然と顔を近付けた。

柔らかい、すべすべなほっぺたに触れながら目の高さを合わせると、光希はゆっくりその目を閉じた。………けど。


「ただいまー」


後ろで聞こえた声にビクッとなって、即座に俺も光希もバッと離れた。

ただいまじゃねーよここはお前の家じゃねーしっつーか邪魔なんだよさっきも今も…!

そんな俺の考えてることはやっぱ伝わったんだろう。仁王はニヤーっと笑った。


「に、仁王、おかえり!早かったね!」

「邪魔だったかのう」

「全然!ウェルカム!」

「そうか?じゃ、そろそろ水族館でも行くか」

「う、うん!」


何でお前もなんだよって思ったけど。そういや仁王にも手紙出したっつってたもんな。あー残念過ぎる。


「ククッ、残念そうじゃの、ブン太」

「…うるせーよ」

「昔から冒険には男二人女一人って決まっとる。ドラクエU然り」


ああ、そんなフレーズあったな。何もかも懐かしい。


「ちげーよ」

「ん?」

「俺らはアリーナ御一行だ!」

「ははっ、なるほどな」


かわいい活発なお姫様とそれに恋するヘタレ神官、ついでに世話焼きジジイ付きパーティー。
光希の手を引いて、先に歩き出した仁王を追っかけた。

その後水族館も回って、昔も行った同じ店に飯も食いに行った。3人それぞれの近況を話し合うと、どうやら光希も東京の大学に通ってるらしい。今は一人暮らし。


「光希」

「ん?」

「卒業式のお返し。俺のやつ」


帰り際。光希だけ路線が違ったから。もう仁王が目の前にいようが関係ねーと思って。
ずっと渡したかった物パート2である、俺の中学時代のブレザーのボタンを渡した。


「取っといてくれてたんだ…」

「ああ。まぁ、お前以外にやる予定もなかったし」

「うれしい…ありがとう!」

「い、いやー別に。捨てるのも何だし…」

「ほほー、ブン太は相変わらず乙女チックじゃな」

「誰が乙女チックだ!」

「“月がきれいですね”だっけ?懐かしい青春じゃのう」

「……ほんっと相変わらずだなお前は!」


あははっと愉快そうに笑う光希を見て、昔の3人、今の3人、少し変わったものもあっても、やっぱ居心地良かった。

そして次こそは、次こそは、二人で来ようぜと。それ以外にも次会う約束もした。
…ちなみに仁王も今東京だから、なんかまた邪魔とかされんだろうなと覚悟は出来てる。

居心地良い3人は3人のままで。時間が経っても変わらないで。
大切なものを取り戻した俺は、今日で二十歳になった。


END

Happy birthday dear Bunta!!
2015.04.20 モコ


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