「仁王ってけっこう強引だよね」

「カッコいいじゃろ?」

「まぁー……仁王らしいってことで」


アーリークロス


6月。梅雨入りしたというニュースの翌日からずっと晴れの日が続いたが、毎年そうじゃなと思った。もうちょっとあとで『そういえば梅雨入りしてました』って言ったほうが、あー梅雨ってそんなに嫌なもんじゃないなって思える気がする。え、今まで梅雨だったの?そんなにジメジメしてなかったよね、楽勝だね今年の梅雨は、みたいな。

そんな話を工藤にしたら、たしかにーと笑った。


「ほんと、雨はやだよね。部活筋トレになるし」

「まぁな。でもちょっとぐらいの雨が一番イヤじゃな。この程度の雨などーっつってラケットぶん回す副部長がおるし」

「あはは、真田君かぁ。県大会は優勝したんだよね?」

「そう。来月から関東大会」

「おー、いよいよだね。頑張って」


工藤は自分でも言っとった通り、すでに中学最後の大会が終わった。つまり引退した。学校の中じゃだいぶ足速いのに、外に出るとたいしたことないんだと。体育祭で活躍できるし十分、カッコええじゃろって言っても、そういう目で見るのは一部でしかもそのときだけだと、妙に悟ったように言った。


「実際、3年間頑張っても何も残らなかったよ」

「そうか?」

「仁王は全国でも強豪のテニス部でレギュラーだし、1位の経験もあるわけだしすごいよね」

「んー、まぁ団体戦じゃき。俺の力じゃない」

「謙遜するんだ、仁王が」


何がおかしいのか、あははとまた笑った。そこら辺の女子なら鬱陶しいと思うかもしれんが、工藤ならこんなバカにされたようなことでも褒められたように感じる。


「すごいよね、テニス部。かっこいいな」


その中に俺も含めてもらっとるのはわかるが。ただ、工藤の頭に一番に浮かぶのは俺じゃないって、それもわかる。いつか俺に俺自身に向けて言って欲しいと、そう思うのは純粋な男心であり。


「…ところで、部活行かないの?」


二人きりの時間が惜しくてそれを思い出して欲しくなかったのも、純粋な男心。けして今日は俺の嫌いな小雨だからではないんじゃ。


「そろそろ行かんとなぁ」

「もうブン太が行ってからだいぶ経つけど…あ、雨も止んでない?」


工藤は窓を開けて手を伸ばした。言った通り、パラパラ降ってた雨は止んどった。真田の制裁もやじゃし、そろそろ部活に向かわないととは思った。


「工藤は行かんの?」


工藤も工藤で、他の陸上部は部活に向かったのに、自分はダラダラ教室で携帯を弄っとった。引退したとはいえ、うちの学校は文武両道。3年であっても部活に出るのはある種慣例化しとった。まぁほとんどの生徒に受験がないだけ部活に出る暇がある、というのが正しいか。


「あたし引退したもん」

「他のみんなは出とるじゃろ」

「みんなはみんな、あたしはあたし」


どこの教育ママじゃと。でも工藤の気持ちはわかる。
さっき言っとったように、何も残らなかったという思いがあるから。もう出たくないんじゃな。でも何も残らなかった、そんなことはない。


「部活やっとったから、工藤の長所が伸びたじゃろ」

「長所?」

「負けず嫌いなとこ」


えーそれ長所ー?と、ふくれた顔もまたいいのう。俺にとってはっていう単なる自己都合なんじゃが。でもそんな顔しても、その意味はまだ言わないと、俺の中で決めてた。

あの期限が来たら。ついでに工藤の心の整理がついたら。負けず嫌いな工藤なら、きっとできる。


「さーて、部活行くぜよ」

「…え、あ、ちょっとー!」


机にしがみつく勢いだった工藤の腕を掴んで強引に引っ張り上げた。行きたくないと思いつつも、ほんとは行きたかったんじゃな。すぐ足が前を向いた。


「仁王ってけっこう強引だよね」

「カッコいいじゃろ?」

「まぁー……仁王らしいってことで」


さっきはテニス部かっこいいと言ってたくせに。求められると素直じゃなくなる、というか。
工藤の中では、やっぱりあいつが1位のままなんじゃろうな。


「でも仁王」

「ん?」

「ありがとね、いつも」


目も合わせず、普段よく笑うのに今は笑いもせず、足元見て言った。

素直じゃないし、わざわざ気の利いたこととか言えるタイプでもない。お礼もあとで言う。
でも、『いつも』そう思ってくれてたんかのう。今になって改まった自分が恥ずかしくなったのか、きれいなその髪を弄る仕草が不自然に多くなった。

なんじゃ、ブン太は、こんなかわいいぎゅっと抱きしめたくなるような女の子を受け入れなかったんか。勿体ないにもほどがある。

さっきの手、離さないで、もっと掴んでいたかった。俺は今素直に、工藤が好きって、そう思えた。


9月。工藤と知り合ってから1年が経った。そのときはこんな気持ちになるとは思っとらんかったが。俺にとっては特別な1年だった。

というわけで俺は、この席替えに多大な文句があります。


「うわー、前から2番目!最悪!」

「え、ブン太も?あたしもだよー」

「あ、お前も?てか、隣か?」

「…えーっと、そうだね。また隣だ」

「そっか、ならいっか!工藤が隣なら」


だーかーらー以下略。もうあいつにそんなこと求めるのは諦めた。悪気がないのが一番厄介ってのは、まさにこれ。
工藤もそろそろ、こういうポジションには慣れたか嫌気がさしてるか、の可能性もある。


「仁王は一番後ろかよ」

「日頃の行いが良くてのう」

「どこが?代わってくれよ」


それは俺の台詞。ただ、そこでよし代わってやろうとしても、変な空気になる。なんでってクラス中に思われるのもそうじゃし、工藤がもしかしたら今の席で大満足っちゅう可能性もある。

そう、俺はわからなかった。工藤がまだブン太のことが好きなのかどうか。
ただ、俺の新しい席からは、工藤が唯一横を向いたときだけ表情がわかる。横を向く、つまりブン太のほうを向くってことじゃが。
それを見るに、あーまだじゃなって、そう思った。やっぱり体育祭まで待とうと、そう改めて思った。


それからしばらく経った秋真っ盛りの季節。各学年各クラス、体育祭の準備を進める時期。


「仁王、ちょっといいか?」


珍しくもブン太から、屋上ランチのお誘い。同じテニス部レギュラーで同じクラスでまぁ普通に仲は良いほうじゃけど。昼は俺は一人で食うことが多い。ブン太の日常化された大食いツアーに参加する気はなかった。

だから、あーなんか話があるんじゃなとわかった。その内容もおおよそ検討はつく。


「というわけで、付き合うことになった」

「へぇそれはよかったな、おめでとさん」

「仁王が誰にも言わなかったのは意外だったぜ。おかけで引退するまで真田にバレなかったし」


俺が言わなかったのはブン太のためじゃない。そう言うとヒドイと思われるかもしれんが。なんだったら真田や柳にバラして仲を引き裂いてやろうかとも思った、正直。

でもそうするとバレる。俺が一番このことを知られたくないやつにも。


「俺は口カタイぜよ」

「ほんとかよ。まぁでもヒミツ主義だよな。俺、仁王の恋愛事情とか全然知らねー」

「…知らんのか」


それは、気づかんのか、そういう意味ってことに、ブン太でも受け取ったらしい。うっかり、言った。たぶん心の中じゃ、そんなお前さんの事情なんかどーでもいい、それよりあいつにはまだ言わんでくれとか思っとって。


「なに、お前も彼女いんの?」

「や、おらんけど」

「じゃあ好きなやつ?誰だよ教えろ!」


工藤です、君のことがたぶんまだ好きなあの子です、そう言ったらどんな顔するか。試してみたい気もあったが。


「ブン太にだけは言いたくない相手じゃ」

「はぁ?なんでだよ。てか俺も知ってるやつってことか?」

「知り過ぎとる」

「知り過ぎ………あー、そういうこと?」


もうわかったんか。『知り過ぎ』っていうのでピンとくるとは。こいつもこいつでやっぱり、工藤は特別なのかもな。もしくは薄っすら検討ついとったか。ブン太は勉強ができるかできないかでいったら、たぶんそこまでできないほうじゃけど。ただ直感とか、そういうのは誰よりも優れとったから。


「いーじゃん」

「そりゃどうも」

「あいつ、けっこう鈍いからなんかアクション起こしたほうがいいぜ」


たぶんこいつには言われたくないと、工藤もそう思うと思う。
笑いながらブン太は言ったが、内心どう考えとるんじゃろな。お前ならすぐ落とせるだろ、なんて無神経なこと言われたらぶん殴っとったかもしれんけど。

そうじゃなくて、ただ、お前らしく頑張れよって言われた。
言われた通り頑張るつもり。あいつの心は今どうなのか、それだけが心配なだけで。

俺の心配を軽くすることが一つ。ブン太は、できれば卒業するまでこっそり付き合うつもりってこと。なんでも、相手が後輩じゃし、怖ーい先輩女子に恨まれたくないとかなんとか言っとるって。

そんな事情は知らんけど。とりあえずはホッとした。
その前に俺の決戦、一方的じゃけど約束の1年。俺らしく、あいつの心を俺に向けたい。


「工藤」

「あ、仁王」


運命の体育祭。昼ご飯食べ終わって外に戻ろうとしたとき。トイレの前でうずくまっとった。腹痛か、大丈夫か。もうちょっとしたら昼休みも終わりで午後が始まるのに。
俺と工藤のリレーが。


「…行かないの?」

「まだ時間あるじゃろ」

「そっか」


たぶん工藤の戦いは今日で終わり。終わらせてやる。まぁ腹痛とのことなのである意味戦い真っ最中かもしれんが。
あっちじゃなくて、俺のほうを向かせてやる。

…あー緊張してきた。俺こそ腹痛くなってきた。この緊張と腹痛を紛らわすために携帯ゲームでもしようかの。後腐れなくブン太、じゃなくてブタを出荷してやる。

同時になんか笑えてきた。この、二人で座ってる状況。今回携帯を出したのは俺じゃけど。去年の修学旅行もこうやって並んで座ってた。あのときはまさかこうなるとは思っとらんかったが。


「まだ好きなんか?」

「……え?」

「ブン太のこと」


工藤奈々さん。
その反応からすると、たぶんまだイエス。でも、たとえまだそうでも、
俺はあなたが好きです。

そしてこれからが、俺の戦い。とりあえずはリレーで1位になる。

 
Back
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -