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夏は短い、そんな言葉を何度か耳にしたことがある。夏の高校野球だとか、ドラマのひと夏の恋だとか、学生の夏休みだとか。

でも俺は、今までそう思ったことはなかった。暑いのは嫌いじゃき、むしろ長く感じるし、さっさと終わってほしい。カレンダー上だってそうじゃ。夏は6月から8月だし、他の季節も同じ3ヶ月。逆にその年によっては、5月から真夏の暑さになったりするし、9月に最高気温を記録することもある。

じゃあなんでか。なんで俺は今、この夏が短いと感じてるのか。8月の今、試合中、夏の終わりを迎えた気分なのか。


『蓮二の読みでは次の青学戦、仁王の相手は不二だ。手塚、そして白石のイリュージョンを完璧にしてもらうよ』


爽やかに笑いながら幸村がそう言った。青学や四天宝寺の試合映像をたっくさん持ちながら。全部見終わるまでずっと横にいた。それよりリハビリしんしゃいと思った。


『仁王、次許可なく携帯いじったら没収するよ。ちゃんと見て』


ちゅうかこの量はなんじゃ。うちでもマネージャーがビデオ撮ったりしとるが、他校のもんなんて限られとるはずだけど。


『蓮二が休み返上でかき集めてきたんだよ。ほら、解説もそのノートにある通り』


学校内だけでなく全国津々浦々データを集めてくるとは、どんだけ暇なんじゃ。そんな人の世話ばっかりしないで自分の、因縁の博士だかにリベンジすることに専念しろと思った。


『あ、仁王先輩お疲れっス!』

『おう待ってたぜー』


全部終わって外に出るともう辺りは真っ暗だった。コートの入り口に、赤也とブン太がいた。よほどの暇人なのか、俺のことを待っとったらしい。


『これからジャッカル先輩ちのラーメン食い行きません?』

『ジャッカル先帰って準備してるってよ』


暇人じゃなく腹減ってただけか。あいにく俺はラーメンって気分じゃない。ずーっと画面見とって、ちょっと酔って気持ち悪い。


『え?仁王先輩、気持ち悪いんスか?』

『どーしたんだよ、風邪か?』

『珍しいっスね!んじゃ、仁王先輩だけ冷やし中華にでもしてもらいます?』

『お、いいじゃん!俺もそうしよってことでジャッカルに電話するわ!』


遠回しに行きたくないって言うとるのに、だったら二人で行けばと思った。ちゅうか明日試合じゃし、さっさと帰ったほうがいいじゃろって。でもなんやかんや連れて行かれて。

ジャッカルんちのラーメン屋に着くと、ほとんど待たずに冷やし中華3つが出てきた。


『仁王風邪だって?うちの冷やし中華はうまいぜ。これ食って早くよくなれよ』


たしかにうまいが、そこらへんのファミレスチェーンと大差ない。おまけに隣でうめー!って二人が大げさにうるさい。
でも、なんだかけっこううまくは感じた。

食い終わって帰ってうちに着くと、携帯に着信がきてた。柳生から。律儀に留守電にメッセージまで残しとる。


『仁王君、明日は頑張ってください。私は補欠ですが全力で応援します。もちろん仁王君や立海の勝利を心から信じ…』


きっちり30秒で終わったその台詞たちは、今日の部活終わりにも一通り部室で聞いた。自分で言ったことも覚えとらんのか、エセ紳士は。

それから、シャワーを浴びて、ベッドに横になって、ひかりちゃんにLINEして、4往復ぐらいして、寝た。たぶん今日と似たような日は今までにあったかもしれん、普通な日。

でもなんでか、今日と同じ日は二度とないと感じた。


『おい仁王、遊びすぎだぞ』


中学最後の試合で、ついさっき真田副部長さんに言われたのがこれ。俺が遊んでなかった試合なんてあったかどうかぐらいわかるじゃろと思った。

真剣に、必死で、諦めずにやってたことなんかない。


『たぶん今日初めて、仁王先輩が真剣にテニスをしてるの、見て…』


あの夜、ひかりちゃんはそんな話をしとったが、俺としては真剣にっちゅうよりか、ひかりちゃんにカッコよく見られたくてカッコつけてただけだった。

赤也やブン太やジャッカル、柳生だって、必死にテニスをするところは何度も見た。関東大会決勝の参謀だって、さっき試合してた真田だってそうじゃ。無様なほど必死だった。


『今年の夏は、あっという間だろうね』


退院直後だったか、そう言ってた幸村。その幸村だって、他の部員や親や医者に黙って自主練ばっかしとる。うまく体が追いつかなくて真田に暴言吐いたりな。

コート傍のベンチで見守る部員、ネット挟んで向かい合う相手、みんな弱者でも強者でもない。ほとんど同じ時間テニスをやってきた中学生。そう思うと、ラケットを握る手が今までで一番強く熱く感じる。

夏が短いのは、賭けたいものがあるからか。今までの時間全部を賭ける、大事な瞬間があるから。

諦めたくない。最後の最後でそう思った。




「隣、いいですか」


ぼーっとしてたところに、急に話しかけられた。振り向いたらひかりちゃん。頷くと、開いてる左の席に座った。


「先輩、お疲れ様でした」

「ああ」


変わらんのに、こんな感じの、続かない会話の場面は何度もあったが。今は空気の重みが全然違う。

必死でやってた仲間たちの中で、自分にだけどこか必死さがなかった。そう気づいたらもう、何かがプッツリ途切れそうで。

コートから少し遠い、上のほうに座っとる俺らは、しばらく無言で試合を見守った。もう最後、幸村の試合だ。


「…ひかりちゃん」

「はい」

「俺もう、テニス…」


気を遣うタイプじゃないとわかっとるし、だいぶ笑うようにも話すようにもなったが、それは俺に心を開いてくれたっちゅうことで、性格自体が変わったわけじゃないはず。

だから、こんなこと言っても困らせるんじゃないかと思った。困る通り越して、“あ、そうなんですか、今までお疲れ様でした”ってスルー全開に返されるんじゃないかと。

ひかりちゃんと一度顔を見合わせて、頭の中の言葉を少し躊躇って、もう一度試合に目を向けた。
目に映る光景に、自分でも思わず無意識で、ぎゅうっとひかりちゃんの手を握りしめた。

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