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『…今週の日曜、予定入っとる?』


柳先輩のペンション前で、仁王先輩とみんなを待ったあの夜。いつの間にか手を握られてドキッとしたけど、離したくなくて、仁王先輩の手に包まれるのが居心地よくて、みんなが到着するまでそのままだった。

もちろんみんなのガヤガヤした話し声が聞こえ始めたら、どちらともなく離したけど。あー仁王先輩こんなとこいたんスかって、ちょっと遠くで赤也の声が聞こえたその直後。言われた。
いえ何もって一応答えたけど、もうすぐそこにみんなはいた。だからそのあと、LINEがきたんだ。

“遊びに行こう”と。部活は久しぶりに終日お休みらしい。


「ごめん、お待たせー」


後ろでそんな声が聞こえて思わず振り向いたけど、その声は私に対してじゃない。同じように駅の改札前で待ち合わせをしていたらしいカップルだった。

私も待ち合わせ。仁王先輩と。
ドキドキする。緊張する。誘われて少し経っても、心構えがいまだできてない。仁王先輩とのデートの。


「きゃー久しぶりだねー!元気だった?」


今度はすぐ隣で聞こえた。今は夏休みだし、日曜でもあるからこの場には同い年ぐらいだったり少し上の学生っぽい人たちだったり、もっと上の大人もいたり、たくさんの人で溢れ返ってる。みんな同じように待ち合わせをしてるのに、私も同じように立ってるだけなのに。足が少し震えるんだ。

ちらっと携帯で時間を確認すると、11時20分。一緒にお昼ご飯も食べようってなって、待ち合わせ時間はちょっと早めの11時になったんだけど……。

…遅い。何かあったのかな。普通に遅刻なだけかな。相手はあくまで先輩なだけに、20分という微妙な時間オーバーは連絡しづらい。メール送ってすぐ着いたら申し訳ないし、電車に乗ってたら電話出れないし。うーーん……。


「よ、青木さん」


携帯画面を凝視して固まっていたところ、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「…あ、丸井先輩」

「改札出てきたら目に入ってさ。青木さんじゃねーかなって思って」


丸井先輩は私服で一人だった。どうやら今日は、この近くにあるケーキバイキングに一人で行く予定らしい。


「青木さんはなに、待ち合わせ?」

「え、えーっと…」


そうだけど。そうですって言ったらきっと、誰と?って聞かれるだろう。全然親しくない間柄なら問題ないけど、丸井先輩は仁王先輩のお友達。かといって、誰と待ち合わせなのか言う義理はないなんて言える相手でもない。


「ははーん、さてはデートだな?」


口ごもっていると、丸井先輩の表情は下世話なそれに変わった。これは逃げられないと悟った。


「デ、デートっていうか…」

「デートだろぃ?男女二人で休日遊びに行くんだから」


そう…なのかもしれないけど。はいそうです!と言うには、ちょっとだけ勇気が足りなかった。

そのとき、私の携帯が鳴った。仁王先輩から珍しく電話だ。


「…も、もしもし。……はい、大丈夫です。……いえいえ!落ち着いて電車で来てください!待ってるんで!」


その間丸井先輩からの視線が刺さって、あー次は何を聞かれるんだろう、なんて言われるんだろうと落ち着かなかった。ちなみに仁王先輩も落ち着いてなかった。どうやら寝坊したようで、その辺のバイクを盗んで走ってくるとかおかしなことを言ってた。大丈夫かな。


「で、仁王は遅刻ってわけ?」

「…そのようで」

「なーにやってんだよアイツ」


はぁ〜、と丸井先輩はため息を吐きつつ、キョロキョロ辺りを見渡した。というか、うっかり相手が仁王先輩であることを暴露しちゃった。しょうがないか。


「んじゃさ、あそこでちょっと時間潰さね?」


先輩が指差した先にはカフェがあった。


「え、でも丸井先輩これからケーキバイキングに行くんじゃ」

「前菜だから問題なし!窓際にでも座ればアイツが来たらわかるだろ?行こうぜ!」


菜と名の付くものはあそこにはなさそうだけど。丸井先輩は気さくだけどあくまで先輩。ついていくしかなかった。


「えーっと、チーズケーキとラズベリースコーンとシナモンロールとアイスホワイトモカのグランデ!青木さんは?」

「…お水で」

「なんもいらねーの?俺が誘ったんだしご馳走するぜ。なんか頼め」

「……じゃあオレンジジュースで」


丸井先輩はそのルックスもだし、髪色も目立つしでちょこちょこ周りの女子から視線を受けてる。やっぱりすごいなと思いつつ。

…なんだかまるで、これこそデートのようで。今まで私にはそんな経験はなくて、今日生まれて初めてデートをするんだと、そう思ってた。

仁王先輩の前に、丸井先輩とすることになろうとは。


「前菜にしちゃ豪華すぎたか!」


わははっと丸井先輩は笑いながら三角食べ。スイーツを三角食べとは珍しい。


「でさ、どうなのよ青木さん」


満足気に頬張りながら丸井先輩は聞いてきた。仁王先輩とのことだろう。

私は普段から人と目を合わせられない。仁王先輩とも、最近はマシになったけど、もともと仁王先輩自身も合わせないタイプだと思う。
丸井先輩は真逆だ。ジッと見てくる。それに対して居心地悪いとは思えない、こっちも合わせたくなる、人を惹きつける目だ。


「…どう、と言いますと」

「仲良いじゃん?今日だってデートだし。デートするぐらいの関係ってことだろぃ?」

「そ、そんなデートって連呼しないでください…!」

「ははっ、照れんなって!」


からかわれても顔を覆いたくなるようなことを言われても嫌な気はしない。それはきっと丸井先輩の愛嬌と、満更でもない自分がいるから。

単純に仁王先輩のことを、かっこいいなぁと思う気持ちは前々からあったけど。それ以上はあまり向かい合わなかった、真面目な自分の気持ち。でも合宿で初めてテニスを真剣にしている仁王先輩を見て、もう目を逸らすことはできないんじゃないかと思った。

…だからってあの夜は大胆に言いすぎたな。おまけに避けてたと思われちゃったし。意識しちゃうとドキドキというか、自分に照れる気持ちが出てきて、余計に見れなくなる。
目を逸らすことはできないのに、落ち着いてじっと見ることもできない。真逆過ぎて矛盾してて困る。


「丸井先輩はどうなんですか?」

「は?俺?」

「モテてるような噂はよく聞くんですけど、好きな人とか、彼女とかいるんですか?」


仁王先輩の友達である丸井先輩。学校の人気者である丸井先輩。すごく興味がある。男女問わず友達も多いし、こんな人はどんな恋愛をするのか気になった。


「…仁王になんか聞いた?」

「いえ何も」

「ふーん」


仁王先輩はやっぱり友達だから、何か知ってるのかな。でも私と仁王先輩は、お互い自分自身のこともうまく話せないわけで。友人の色恋なんて暴露し合える日は、まだまだ遠いように感じる。

丸井先輩はちょっと疑ってるのか視線を落として、ストローをぐるぐる回し始めた。ホワイトモカは下に溜まるから、そんな理由じゃなくて、沈んだ何かを舞い上がらせるように。


「俺はほら、ありがちな失敗パターンで」

「え?」

「気づいたときには遅いってやつ」


ニカっと丸井先輩は笑った。今言ったことの意味は、恋愛に関してなんだろうかわからなかった。それほど遠回しで。
でも丸井先輩の痛い気持ちははっきりわかる。それほど直球だった。


「俺からアドバイスな」

「は、はい」

「好きなやつが何かで悩んでたり迷ってたら、真っ先に手を差し出せ」

「……」

「人を救えるって、すげーチャンスだから。特に好きな相手ならな」


またニカっと笑った。丸井先輩は自分の話はこれ以上、話してくれなそうだったけど。このアドバイスは私のためでもあるだろうし。丸井先輩の、一つの教訓なんだろうなと、そう感じた。

そのとき、私の携帯にLINEが続けざまに2通届いた。仁王先輩からだ。もう着いたのかな……。


今すぐひかりちゃんをおいてそこから出ろ、さもないとその店を爆破する


すまん送る相手まちがえた




仁王先輩全然落ち着き取り戻してない……!

なんて返事したらいいのやらと考えていると、テーブルに乗せてあった丸井先輩の携帯も鳴った。たぶんLINEの音。


「…はぁ!?」


画面を見て丸井先輩は叫んだ。その表情は驚愕と恐怖に塗れていて、たぶん、私にきた内容と同じだと思う。二人で顔を見合わせてそれを確信した。


「…出るか」

「…はい」

「なんか…いろいろ悪い。ここ誘ったり、オカシイ友達で」

「いえ、そろそろ理解できてきました」


そう、理解できてきた。そそくさとケーキバイキングに向かう丸井先輩を見送ったところで、背後に気配を感じた。

振り返ると、眉間にシワを寄せつつ気まずそうな顔をした仁王先輩。


「遅いですよ」

「…すまん」

「先輩が遅刻したのに爆破予告なんてやめてください」

「……申し訳ない」


遅刻したことも、さっきのことも、仁王先輩はほんとに申し訳なく思ってるんだろう。今度は泣きそうなぐらいしょんぼりしてる。


「お詫びに、私の好きなお店付き合ってくださいね」

「それはもちろん。早く行くぜよ」


そう言って仁王先輩は、私の手を取って歩き始めた。さっき丸井先輩が行った方とは逆、ちなみに私の好きなお店とも逆。

でも、あっちに行きましょうと言ったら今以上に仁王先輩はしょんぼりしそうだから。今は黙って従った。
理解できてきたんだ、先輩のこと。矛盾ばかりの自分のことも。

丸井先輩とが人生初デート。いいのか悪いのか、わからないけど。さっき丸井先輩は、きっと大事な思いを教えてくれた。私も忘れずにいようと思った。

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