先輩と猫

「わーかわいい!チャコちゃん、よろしくねっ」

「へー、捨て猫って聞いたけど、普通にきれいだな。もともと誰かの飼い猫か?」


昼休み。あの、チャコのところにさとみと丸井先輩も連れてきた。共犯を増やす…というわけではなくて。

綾瀬さんに謝りに行った翌日、さとみにもちゃんと謝った。今まで秘密にしててごめんって。ついでにこれまでの経緯も。…さすがに仁王先輩と綾瀬さんのキス目撃は言わなかったけど、前付き合ってて、二人で一緒にいるところを見てしまったって。

秘密にしてただけじゃなくて、仁王先輩の恋愛話なんて傷つけちゃうかなって、心配だったけど。誠意を込めて謝った。
そしたらさとみからは、意外なことを話された。


『あたし、仁王先輩はもういいかなって思ってたんだよね』

『えええ!?ファンやめちゃうの!?』

『ううん、ファンはファンだけど…最近ちょっと、他に気になるっていうか…好きかもって思っちゃったやつがいて』

『ウソ!だれだれ!?』

『最近結衣が昼休み相手してくれないから、代わりにそいつに仁王先輩のこと相談してたらなんか、励ましてくれたりすっごくいいやつで』

『だから誰!?うちのクラス!?』

『クラスは違うけど、同じくテニス部だから、これからもテニス部の練習は一緒に見に行こうよ!』

『おーしーえーて!』


無理矢理聞き出した相手は……あんまり予想してなかった。まぁよく話してるところは見てたし、あたしも彼はいいやつっていうか、ちょっと前に親切にされたこともあるし。
少なくともあの仁王先輩よりは、さとみとお似合いだなって思った。

そして無事、さとみとも仲直りできて。
丸井先輩とは……、


『仁王と二人きりなんて危ねーだろぃ。俺も行く』

『あたし仁王先輩に小学生レベルって言われたんで絶対大丈夫ですけど…』

『行く』

『は、はい!』


あの日以来、丸井先輩とももっと近づいた感じで、まだ話すときはドキドキするしぎこちない気もするけど…。

それでも結衣、生まれて今が最高に幸せです。


「…この裏切り者のバカ娘」


だから、仁王先輩がさっきからあたしを睨んでブツブツ文句言ってるのも全然、気にしない。気にならない。


「エサ係りが増えていいじゃないですか」

「せっかく俺と結衣の秘密の逢瀬だったのにのう、残念じゃ」

「おい仁王、気安く呼び捨てすんな」

「そりゃすまんな、結衣結衣結衣結衣」

「おいコラ!」

「ま、丸井先輩落ち着いてください!…さとみも笑ってないで止めて!」


ちょっと前まで横顔を見るだけだった先輩たちなのに。部活の練習中に、その他大勢として声かけるだけだったのに。
今はこんなふうな関係になった。

見てただけじゃやっぱりわからなかったことばかり。
仁王先輩は一見優しく見せてるけど、すっごく意地悪だったり極々たまーにいいところもあったりなかったり。

丸井先輩は普段強気で、特にテニス部の人たちには横暴らしいけど、恥ずかしがり屋だったり照れ屋だったり。

そんな先輩たちとこんなふうな関係が築けて、いろいろ知ることができてよかった。
チャコも、いつまでもここにいてほしいけど…………。


「お前たち、何をしている!」


背後で轟いた声。これは、この声は、振り向かなくてもあたし自身話したことなくとも知ってる。

あたしをはじめ他の3人も静まり、チャコをジッと見つめて後ろを見ようとしない。この事態をとっくに理解してるから。
そして背後からは一歩一歩、草を踏みしめる恐怖の足音が近づいてくる…。


「…い、嫌ですねぇ仁王先輩。さすがにもう引っかかりませんよ」

「や、俺じゃないぜよ。ブン太か?今マネしたか?」

「俺でもないぜ。てか俺がモノマネできるのはコロ助ぐらいだから」

「えっ、聞きたいです!」

「そうか?じゃあえーっと、コロ助のコロッケをキテレツママが床に落としてコロ助がなぜかキテレツに怒るシーンな」

「はい!」

「なんじゃその細か過ぎて伝わらないにも程があるモノマネ」

「いやいや、3人とも、そんな話してる場合じゃないんですけど!」

「そうじゃな。とりあえず、せーので後ろ振り向くぜよ」


仁王先輩のその言葉に、あたしたちみんなに緊張感が走った。もう、さっきの声の主はほぼ真後ろまで来てる、はず。

しっかり唾を飲み込んで、仁王先輩のかけ声を待った。


「…せーの!」


その、仁王先輩のかけ声とともにあたしは立ち上がって後ろを向いた。

もちろん、その真っ正面にいたのは、
あの恐ろしいテニス部元副部長の、真田先輩。その顔こそあたしは遠目でしか見たことなかったけど、近くにいるとほんとにとんでもない威圧感。
これはすべて仁王先輩が発端なんです、怒られたらそう白状しよう。

と、思ったら。
立ち上がって振り向いたのはあたしと丸井先輩だけで。


「三十六計逃げるに如かずぜよー、プリッ」


そう言い残して、仁王先輩は猛ダッシュで逃げて行った。
そして、仁王先輩待ってくださいと、さとみも逃げてった。
…おいおい、さとみはもう他に好きな人できたんでしょうが。

残ったあたしと丸井先輩は顔を見合わせる。
声に出さなくても、仁王のヤロー…!と、お互い思っているのがわかった。


「ここで野良猫を飼っている生徒がいると聞いたが…。お前たち、これはどういうことだ!」


噂が流れてるって、そういえばさとみは言ってた。つまり真田先輩の元へもその噂は流れ着き、ここへ見回りにきたと、そういうことね。

どうしよう…!真犯人の仁王先輩逃げちゃったよ。丸井先輩は今日初めて来て、まったく悪くないのに…殴られたらどうしよう!

そう固まっていたら。
丸井先輩が、あたしの手を掴んだ。


「…結衣」

「は、はい!」

「逃げるぞ!」

「……ええ!?」


真田先輩の、まるで魔獣の叫び声みたいな呼び止める声を無視して、
丸井先輩はあたしの手を取って走った。

こんなことしてよかったのかなって、思ったけど。
丸井先輩の手は、あたしよりおっきくて、あったかくて。走っただけじゃなくてドキドキがもう止まらない。
走りながらあたしの顔を振り返った丸井先輩は、いつものように明るい素敵な笑顔を見せてくれた。

あたしに見せてくれたこの笑顔。
この、あたしの手をぎゅっとしてる大きな手も。
大好きです。全部、独り占めしたい。


…しかしながら、現実はそううまくいかなくて。
結局放課後、あの場にいた4人は各学年主任と担任の先生及び真田先輩に呼び出され、説教を受けた挙句反省文提出の事態となった。…なんで真田先輩までって思ったけど、どうやらテニス部員ならそれは当然のことらしい。

でも不幸中の幸いが一つあった。
チャコの引き取り手が見つかったこと。
さすがにあのままあの場所で飼うことはできないけど、学年主任の先生が飼ってくれることになった。
どの先生よりも鬼のように怒り狂った真田先輩、彼に怒られてるあたしたちを見て、不憫に思ったらしい。

先生のお家なんてそうそう行けないし、もうチャコには会えなくなるなぁと、よかったけど寂しく思った。

そしてもう一つ。あたしを寂しくさせることがあった。

綾瀬さんが、県内の別の中学へ転校すると丸井先輩から聞いた。
もう涼しくなって、日が短くなってきた秋だった。


「なんか立海はあいつに合わなかったみたいでよ」

「そう…なんですか」

「まぁ、家はあそこのまんまだし、会いたければまた会えるぜ。あんまいないかもだけど」


最近、丸井先輩と一緒に帰るようになった。先輩が部活終わるまで待っててほしいって、言われて。今日も二人きりで帰ってる。…たまに仁王先輩が邪魔するけど。
さとみはあれから好きになった切原くんと一緒に帰ってる。うまくいってるみたい。

あたしと丸井先輩はというと……。


「そうそう、綾瀬からお前にって」

「えっ?」


丸井先輩から、小さなメッセージカードと絆創膏の箱をもらった。

メッセージカードには、
“キティちゃんは恥ずかしいから今度からこれ使ってね”って、書いてあった。
その恥ずかしい絆創膏を綾瀬さんはずっと貼ってたというのに。

綾瀬さんはほんとに猫みたいな人だった。いつも一人で、かといって構ってくれる人を拒絶するわけじゃない。あんま素直でもないし、ふらっと来たかと思えばすぐいなくなる。
そしてチャコみたいにいなくなっちゃった。


「おーい、結衣」

「…あ、はい!」


あたしがボケっと考えてると、丸井先輩が顔を覗き込んできた。

丸井先輩とは親しくなれたけど、やっぱり二人きりは緊張…というかドキドキするし、こうやって顔を近づけられるとやっぱり、心臓が速くなる。

丸井先輩は案外照れ屋だってわかって、たまにそわそわ頭フラフラするときはあるけど。
今は、しっかりあたしの目を見てる。その真剣な先輩の目に、あたしも逸らすことはできなかった。


「…結衣に言いたかったこと、あったんだけどさ」

「は、はい!」

「そのー…マジな話なんだけど」

「?」

「………えーっと、これから言うこと、嫌だったらほんと断ってくれていいんだけど」

「は、はい」

「先輩だからって気使うことはねぇし、俺気にしないし、…いや、気にするけど。そのー…お前の気持ちを尊重するから、うん」

「…はい」

「…俺、結衣のこと、……す、好きだから」


先輩、あたしも先輩のこと大好きです。

ドキドキに耐えられなくて、心なしか顔が赤い先輩を見て、さらに止まらなくて。
でも頑張って伝えた。
そしたらあの、あたしの大好きな明るい笑顔がまた咲いた。

猫も綾瀬さんもいなくなって寂しいけど。
でもきっと、猫も綾瀬さんも、新しい場所で幸せに過ごしていけるから。

そう思ったら、心がふんわりして。
また、あのとき丸井先輩にもらったタオルを思い出した。

今度はあたしが丸井先輩にそうしたい。
大好きです、先輩。

END

最後までお付き合い頂き
ありがとうございました
2014.09.05


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