意識しちゃってください


「仁王」

「……んー」

「仁王ってば」



ぺちっとでこ叩かれた。
気持ちよく、いや、若干汗をかきながら、体にかかっている毛布が邪魔だと思いながら寝ていたところ。

うっすら目を開けると、俺の顔を覗き込む若菜ちゃんが目に入った。
喉はカラカラ。ちゅうか頭痛い。



「起きた?」

「…起こしたんじゃろ」

「ごめんごめん。てかさぁ」



気だるい上半身をどうにか起こし、カーテンの隙間からこぼれる光しかない薄暗い部屋を見渡す。

自分んち…ではない。
体にかけられてるのは毛布…ではない。こたつの布団。そうだ、昨日こたつでうとうと寝ちまったんじゃ。

もう一度言う。自分んちではない。



「あたしさー、昨日さー」

「……」

「あんま記憶ないんだけど、あはは」



一瞬ぶん殴りたくなった。嘘じゃけど。



「じゃろな」

「なんでここにいるんだっけ?ここって…」

「よし俺が昨日の夜起きた事件を事細かに教えてやろう」



そして話は数時間前に遡る。つまり昨日の夜。居酒屋にて。



「へー!仁王って中学時代モテてたんだ!」

「そうそう、なんかねーよく女の子に告白されてた。噂もたっくさん!仁王君に泣かされた女の子もたっくさん!」

「意外!今じゃすっかり草食なのに!」

「ねー!なんかずいぶんおとなしくなったなぁって!髪は相変わらず派手なのに!」

「あっ、じゃあ原因は髪じゃん?仁王、髪切れ!爽やか短髪最強だよ!」



あっははは〜と店内中響き渡るんじゃないかってぐらいバカでかい声で笑い合う二人の女。ちなみに今の時点で二回ほど、店員からもう少し静かにと注意を受けとる。

さっきの初対面の気まずさはどこへやら。アルコールが入るなりやたら意気投合した二人。さっきまで気使ってた俺がバカみたいじゃ。



「俺は真面目になったんじゃ」

「よく言うよ!ブン太としょっちゅう合コン行ってんじゃん!」

「えっ、丸井君行くの?」

「そーなの、ひどいんだよ!聞いてよ実香ちゃん!」



この女の馴れ馴れしさっつったら半端じゃねぇ。高松さんもノリに乗って毒舌全開。
やっぱ中学時代の印象なんて変わるもんじゃな。



「でもさ、ぶっちゃけ今の年でモテる人って、やっぱ賢い人だよね」

「だね!ブン太はその点安心かな、バカだし」

「うんうん。賢いと空気も読めるし優しいし、話してて面白いし」

「コミュニケーション能力高い人!」

「そう!」

「だってさ、仁王。参考にしなよ!」



女子会怖い。こりゃ俺いなかったらどうボロクソに言われるかわからんな。

若菜ちゃんは、酒はさほど強くないが好きで、割りとよく飲む方。
高松さんはというと。



「高松さん、新しいの頼むか?」

「あ、ありがとーじゃあ生で!」



…何杯目?俺よりペース速くないか?
女の子っちゅうたらカシオレやらファジーネーブルやら、せいぜいライチサワーとかそんなんじゃろ。実際若菜ちゃんはそういう類いのもん飲んどる。



「実香ちゃんお酒強いねー。好きなの?」

「お酒好きー。家でよく飲んでるよ」

「誰と?彼氏?」

「もちろん一人で!彼氏いないもん」



いないのか。
このときばかりは若菜ちゃんの馴れ馴れしさに感謝した。

…だからどうってわけでもないが。



「ビール以外は何飲むの?」

「焼酎かな。安いし」

「え、すごい!あたしも一回飲んでみたいんだよねー」

「飲んでみたら?おいしいよ」



…あれ、嫌な予感。
高松さんがメニューをサッと広げた。



「じゃあ3人いるしボトルいっちゃおうか。仁王君も飲むよね?」

「いや、俺は」

「飲むぞ仁王!」



女子会怖い。
女二人の連携プレーにより、俺は拒否できなかった。そしてその後の出来事を止められなかった。やっぱり俺は草食動物、いや、小動物に成り下がっていたらしい。



「若菜ちゃん遅いね」



ちょっと前に若菜ちゃんはトイレと言って消えた。おそらく吐いてるんじゃろ。飲んだこともない焼酎がばがば飲むからじゃ。たいして強くないくせにたくさん飲むところ、ブン太にそっくりじゃな。



「見てきたほうがいいかな?」

「や、大丈夫じゃろ。うんこかもしれんし迎えにいくのは失礼じゃ」

「そっちのが失礼でしょ」



あははっと笑った高松さん。よく笑う。
俺も酔っぱらっとるせいか、さっきからだんだん、高松さんが可愛く見えてきた。実際可愛いんじゃけど。



「高松さん」

「ん?」



高松さんは唐揚げを頬張った。さっき若菜ちゃんがレモンをかけようとして高松さんが全力で止めたやつ。よしよしナイスグッジョブと思った。こいつもレモンなし派、気が合う。



「今、ブン太と仲良い?」



唐揚げを食べ終わったところ。一瞬止まった。



「まぁ、同じバイトだし」



そう言って、焼酎をごくごくごくーっと飲んだ。何か飲み込みたいものでもあるかのように。
…ちゅうかそれはさっき、濃さが足りないっつって7:3ぐらいにしたやつじゃろ。大丈夫か。



「仁王君もわかってるでしょ」

「?」

「あたし、丸井君のこと大っっっ嫌いだったの」



大っっっ嫌いですか。まぁそりゃそうじゃろ。さっき予感したことが的中した。

さっきふと思い出したが、ブン太は高松さんに対し、教科書やノートに落書きしたり、上履きを背の届かないところに置いたり、座ろうとした席を後ろにずらしたり。そんなことをしとった。
内容だけを見ればひどいが、よくよく考えれば“好きな子をいじめるアレ”そのものだったな。ブン太は高松さんの気を引きたかったっちゅうわけじゃ。まぁそう思えるのは、ブン太がこの子を好きだったのを知ってるからじゃが。

何も知らない高松さんは、そりゃつらかったろうな。



「あたしが大切にしてた、ブタのぬいぐるみのキーホルダーもボロボロにされたし」

「あいつブタに恨みがあったんじゃろ、諸事情により」

「そのときだよね。仁王君が助けてくれたの」



そう。さっきいきなり思い出した。
俺は当時、ブン太が高松さんをいじめるのを止めた。

ブン太に便乗してた悪ノリ男子もいたが、最初から俺は高松さんいじめに参加してなかった。あーあ、かわいそうにぐらいには思っとったかな。



「まだねぇ、あのキーホルダー使ってるんだよ。ほら」



そう言って高松さんは鞄からブタのぬいぐるみのキーホルダー(以下、ブタホルダー)を出した。家の鍵らしきものもついてた。

もとはピンクのそれは、黒ずんでて縫った跡もあったが、ずっと大切にしてるってことがわかった。



「おー、懐かしいの。確か鞄にぶら提げとったな」

「うん。可愛いからね、気に入ってんの」



可愛いから?まぁ確かに可愛いがな。

俺は知っとる。そのブタホルダーは、実は2年のホワイトデーのとき、
ブン太が高松さんにあげたものだということを。

そのときはブン太は高松さんを好きじゃなかったし、ただ単にホワイトデーのお返しってだけだったはず。
でも3年になって、ブン太は高松さんを好きになった。聞いたわけじゃないが、たぶん高松さんもブン太に憧れてたんじゃろう。バレンタインチョコあげるぐらいじゃから。



「丸井君に、これ、踏まれてさ」

「あー、そうじゃった」

「あたしが泣いてたら、仁王君が怒ってくれたんだよね」



そう、あのときはなんだか…理由は忘れたが、あんま気分よくなくて。
女の子泣かす、ブン太のガキくせぇとこに腹が立って。



「いい加減にしろ!…じゃったか」

「そうそう。仁王君が怒鳴るとこ、初めて見たよ」



俺も初めて。それからも怒鳴ったことなんてない。なんでかわからんが、とにかくこいつが泣いててイライラが爆発した。
それ以降、ブン太のいじめは終了した。

だから、高松さんは俺に感謝しとったんじゃ。



「お客様すいません」



二人でしんみり、思い出話に浸ってたところ。店員さんが、割って入ってきた。



「お連れ様がトイレで寝てしまってるんで…」



忘れてた。若菜ちゃん。



「ほら、帰るぜよ、しっかり立て」

「歩けないー…」



トイレから引っ張りだし、会計も済ませて店の外に出た。
けっこう飲んだせいもあって、顔が熱かった。外の寒々しい風にさらされて、ほんの少し気持ちいい。

ぐでんぐでんに酔っ払った若菜ちゃんはというと、まともに立てもせずその辺の地面にしゃがみ込んでた。

ブン太に迎えにこさせようと電話するも、まったく出ない。高松さんいわく今日シフトが入ってたらしい。使えんやつじゃ。



「帰れそうもないねぇ」

「困ったのう。ブン太もバイト中じゃし」

「じゃあうち来る?すぐそこだし」



高松さんは明るい飲み屋街とは逆の、街灯しかない住宅街を指した。



「それは助かる」

「うん。仁王君もよかったら」

「いいのか?」

「まだ飲み足りないでしょ!」



マジか。まだ飲むつもりかこいつ。

俺は正直もう腹いっぱいだったが、
せっかく今日お近づきになった高松さん。さっきから可愛いと思い始めた高松さん。
意外と明るくて、ノリも合って、もっと仲良くなりたくなった、高松さん。



「おんぶー…」



放置気味だった若菜ちゃんが、両手を差し出しねだってきた。それやる相手間違えとる、そう思ったが。
たぶん近くても歩けないじゃろうし、しょうがないから俺がおんぶすることにした。
酔っぱらいは重い。



「仁王君優しいね」

「こいつのワガママはいつものことじゃからの。家どっち?」

「あ、こっちこっち」



高松さんは自分んちに行こうと方向転換。少し、足下がふらついとった。

暗い道を高松さんと歩く。
寝てるのか、背中の若菜ちゃんがさっきより重くなった。おまけに首にしがみつかれとって苦しい。振り落としてやろうか。



「仁王君って」

「ん?」

「若菜ちゃん、好きなんだね」



やっぱ、そう見えるんかのう。

いつだったか、ブン太にもそうつっこまれたことがあった。そんときはバカ言うなと思った。

ただ、俺が外から俺を見たら、そう思うかもって、ちょっと思った。



「高松さんがつぶれたら迷わず高松さんをおんぶするぜよ」

「ほんと?」

「ああ。なんだったら今、若菜ちゃんここに捨てて高松さんお持ち帰りしたい」



あははっと高松さんは笑った。
酔っ払ってるせいもあるが、わりと本気。

若菜ちゃんを支えてる手を、片方うんと伸ばして。

高松さんの右手を捕まえた。



「…え?」

「ちょっとふらついとる」



指先を絡めた。慌てて大丈夫って言ったから、すぐ離されるかと思ったが。

高松さんはそのまま、ぎゅっと少しだけ指に力を入れた。俺も合わせてぎゅっとした。



正直俺もはっきり覚えとるのはここまで。この後高松さんちに着いて、若菜ちゃんをベッドに寝かせた後、二人で宅飲み二次会。まったり飲みつつこたつでうとうと寝ちまったわけじゃ。

でも、はっきり覚えてなくても。
手を繋いで帰ったこと。温かい手。その間ずっとドキドキしてたこと。そんなドキドキなんていつ以来だかわからんって柄でもなく戸惑ったこと。

それは鮮明に覚えていた。


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