曖昧すぎて壊れやすくて


『いま起きた』



さっきブン太からきたメール。もう3時前なんじゃけど。まぁ昨日は結局他の友達も合流して夜中まで飲んだせいで、おそらく二日酔いじゃろうな。
たいして強くないくせにがばがば飲むからじゃ。

出席はとらずテスト一発勝負だからって、後期始まってから一度も出てない授業、刑法各論。そろそろ出るかってことで一緒に出ようってなったんじゃが。
一人だとつまらんけど、結局寝るし一応出とくか。



教室に行くともう授業は始まっとって、まぁ割りと人はいた。
端の、後ろ寄りの席に座る。

…ちゅうか、教科書がねぇ。ノートとペン類を出したはいいが、教科書まだ買ってなかった。何しに来たって言われてもしょうがない。やっぱり帰るか。
着席して15秒。俺は帰ることにした。…が。



「……あ」



俺の座っとる席の、反対側の端。
そこに、昨日の。…えーっと、高松さん?…がいた。同じ学部で同じ授業とってたとは。
隣は空席で、一人で授業受けてるみたいだ。真面目にもノートを取ってる。



「俺、狙うぜよ。しくよろ」



そういや昨日、ブン太にそんなこと宣言したっけ。なんで言ったかわからんし、実はそんな気ないんじゃけど。



「ありがとう仁王君」



昨日頭ん中に浮かんだ、このフレーズ。だいぶ昔のこと。
間違いなく高松さん…に言われたことなんじゃが。

果たして、なんで感謝されたんじゃろ昔の俺。しかもその一瞬の場面だけうっすら蘇って、前後関係がさっぱり。



─ガシャッ



ボーッと、記憶をたどりながら高松さんを見ていたら、急になんか音がしてビクッとなった。

高松さんが、ペンケースを落とした。
幸いにも少し散らばっただけで、すぐに自分で拾って終わった。

そのとき、ふとこっちを見た高松さん。凝視してた俺と、当然目が合った。



「これ」



昔の、ブイブイ言わせてた(?)頃の自分に一瞬戻った気がした。詐欺師仁王雅治。

俺は、スッと高松さんの方へスライドし、自分の消しゴムを差し出した。



「…え?」

「これ下に落ちとったよ。違う?」



違うし俺のじゃし、高松さんも自分のじゃないことぐらいわかりそうなもんなのに。真に受ける性格なのか、自分のペンケースを確認した。



「…あ、違います。あたしのじゃない」

「そうか。じゃあ落とし物として学生課に届けるかのう」



俺がそう言うと、高松さんはクスッと笑った。



「消しゴムなんて届けられたら学生課も困ると思うよ」

「そうか?でも俺が持っとったら遺失物なんちゃらってのに引っ掛かるぜよ」

「ははっ、今習ったばっかだからでしょ」



高松さんの言葉に俺が黒板へ目を向けると、確かに遺失物等横領罪がどーのこーの書かれとった。まったくの偶然だけど。



「ああ、これテスト出るからな。チェックしときんしゃい」

「出るの?」

「出てほしい」

「え、希望?」



ケラケラと高松さんはおかしそうに笑った。

なんかイメージしてた感じと、薄っぺらい俺の記憶の中の彼女とは違って、明るいやつっぽいな。

とりあえず消しゴムは俺のだとバレないように、机の端に置いた。
そして高松さんの教科書を覗き込む。隣のノートには、たくさんの文字が並んでた。この先生は板書がかなり多いらしく、慌てて書いたような感じのもあったが、きれいな字。



「ちゃんと授業受けとるな」

「うん、まぁ。…ノート?」

「コピー頂けますでしょうか?」

「いいよ。急いで書いてるから汚いけどね」

「助かるのう、ありがとう高松さん」



俺がそう言うと、高松さんは少しびっくりした顔をした。



「ん?」

「…いや、あたしのこと覚えてたんだなって」

「そりゃな。そっちこそ忘れとった?」

「あたしはずっと忘れてなかったよ!」



「あたしずっと忘れない!」



あれ、なんかまた記憶が。感謝の次は忘れない?昔の俺は高松さんに何した?
高松さんの声が少し大きくなったから、そんなに主張したかったんかと。妙な記憶とも重なって、ますます不思議だった。

こいつのこと忘れとったくせに、俺もさすが、口が回る。
それから授業が終わるまで、こそこそと話を続けた。

やっぱり思ってたおとなしめなイメージとは違って、よく笑うしリアクションもいいし。
なんか楽しかった。



授業後、高松さんと一緒に教室を出て外へ向かった。



「仁王君もう帰り?」

「ああ。眠いし家帰って寝る。高松さんは?」

「あたしもバイトないし、夜ご飯買って帰る」



さっき授業中に話してて聞いた。高松さんは今一人暮らしらしい。家は東京に引っ越したとかで、微妙に通学時間がかかるんで大学の近くに一人暮らしをしてるらしい。



「一人暮らしうらやましいのう」

「まぁ気楽だけど、でもお金かかるよ。バイトたくさん入れないとおっつかないもん」

「へぇ、ご苦労さん。…あ、バイトって、ブン太と一緒の?」



そういやそもそもブン太と同じバイト先で、メールしてるからって若菜ちゃんがぐだぐだ言っとったんじゃ。だから高松さんのことも思い出したし、今日こうしてお近づきに……、

俺がそんなことを考えながら高松さんを見ると、
高松さんはさっきまでと少し、表情が違った。



「一緒じゃなかったか?」

「いや!…うん、丸井君と一緒だよ」



なんとなく、いや、明らかに高松さんはおとなしくなった。

さっきまでニコニコしとったのに、いきなりそんなになるもんだから俺は少なからずびっくりしたんじゃが。
当の高松さんは、すぐに笑った。

ブン太と一緒のバイト。それに引っ掛かったのか?
再会した当初、態度が冷たかったってブン太は言ってたが。でも今は普通にメールしとるっぽいし遊びにも行っとるみたいじゃき、仲はいいもんだと思った。

もしかしてブン太のこと……。



「仁王ー!」



後ろから呼ばれた声。女。バカでかい声。
タイミング的にまずいようなバッチリなような、そう思いながら振り返った。

やっぱり、若菜ちゃん。小走りにこっちへやってきた。



「今帰りー?」

「おう」

「今日ブン太一緒じゃないの?…って……」



ここでようやく、高松さんに気づいた模様。

さてさて、どんな反応?



「…あ、どうも」

「あ、どうも」



もしかしたら若菜ちゃんはいきなり掴みかかるんじゃ?なんつって冗談半分に思っとったが。

昨日あれだけキーキー喚いてたくせして、本人目の前にしたらしおらしくお辞儀しやがった。高松さんも思わずそれを真似してか、ペコッと挨拶。



「……」

「……」



なんとなく、いや、明らかに気まずい雰囲気。
若菜ちゃんはそうだろうが、高松さんもなぜか畏縮気味。人見知りなのか?



「あーえーっと…、この子、若菜ちゃんって言って、ブン太の彼女さんじゃ」

「あ、どうも」

「あ、どうも、初めまして」

「こっちは高松さん。中学のときの同級生で、同じ学部」

「高松ですどうも」

「どうもどうも」



おい。なんで俺が紹介しなきゃならん。しかも二人揃ってどうも連発、明らかテンパっとる。なんじゃ、女同士って初対面だとこんな気まずい感じなんか?

自己紹介後、若干沈黙が続いた。



「なぁ、若菜ちゃん」



時間にしちゃほんの数秒だろうが、それにすら耐えきれず、俺は口を開いた。



「今日これから暇か?」

「え、あ、うん。今日ブン太バイトだろうし」

「そうか。高松さんも予定なかったよな?」

「え、うん。特にないけど…」



二人から不思議そうな目が向けられる。

ああ俺、もしかしてとても面倒なことを自分から起こそうとしとるな。



「なら、これから3人で飲み行かんか?」



俺の無謀な提案に2人は快諾、その後3人で昨日ブン太と行ったばかりの居酒屋に行き、何杯かビールを飲んだところ。予想外にも会話が爆発的に盛り上がってたところ。で、思い出した。



「ありがとう仁王君」

「別に。気にせんでいい」

「あたし、今日のこと一生忘れない」

「忘れていいよ。ちゅうか忘れたほうが…」

「ううん!あたしずっと忘れない!」




高松さんとの思い出。なんで俺が高松さんに感謝されとったんか、ほんとにいきなり思い出した。謎もすべて解けた。

ブン太からの高松さんへのいじめが終わったのは、
俺が止めたからだった。

俺の碌でもない記憶力を少し恨んだ。


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