14 - 友情と恋愛と君



「雅治ー」


息を潜める中、コンコンっとドアをノックする音が響き渡る。
やばい。相当にやばい状況。このあと間違いなく姉貴は部屋に入ってくる。このまま寝たフリを続けるしかないが…。

ただの寝たフリじゃないってとこがやばい。この、布団の中で土屋を抱え込んだ状態を続けるってこと。


「…あれ、もう寝てんの」


思った通り姉貴はドアを開けて中を覗いているらしい。廊下の明かりが目に入るが、目は閉じたままで姉貴の視線はわからん。どうか膨らんでる布団に気づきませんように…。


「パソコン借りてきまーす」


そして姉貴は俺の机の上のパソコンを取り、寝てる相手に(フリじゃけど)普通に話しかけとったくせに今さらの気遣いか、静かにドアを閉じたようだった。でもまだじゃ。足音が遠ざかってから…。


「…すまん」


息だけの極々小声で呟くと、コツンと胸に頭がぶつかった。頷いたのか、早く離れろっちゅう抗議か。

でも今ので、土屋が俺の方を向いとるってことに気づいた。暗いしよくわからんけど急いで、緩めに押さえ込んだつもりだったが……普通に考えて、やばい。この体勢もやばいし、今俺の頭の中に浮かんでいる発想もやばい。

ベッドの上で男女がこんだけ密着しとるんじゃ。その後の展開と言ったら、もうそれしかない。


「…行った?」


窓から射し込む外の薄い明かりのおかげで、ひょっこりと布団から頭を出した土屋の顔が見えた。


「たぶん」

「よかった…」


階段を下りていく姉貴らしい無遠慮な足音は、ついさっき聞こえた。だからもう問題ない。パソコン借りてったってことは、リビングで有線使って映画でも観るんじゃろ。そしていつもそのままソファーで寝る大学生の姉貴。親は部屋が一階じゃし、基本朝か休みしか会わん。弟は思った以上にバカじゃし、つまりはもう危機は去って、これからぐっすり眠れるということで。

でも起き上がりたくない。そんな気持ちになっとる。押さえ込んでいただけの腕が土屋の肩ごと抱え込んで、このまま…って、やばいほうにばっか考えが巡る。


「…お、おーい」


トントンと土屋が俺の胸を叩いた。早く解放しろと言いたいんじゃと思う。俺自身もそうしろって思うし、さっきからずっと正気になれ発想を変えろと思っとる。
が、姉貴が来たときからバクバクだった心臓は、今は全然違うドキドキに変わってて。なんか結論が出た気がする。

つい何分か前に思った男女の友情は成立するかどうかって話。成立するって思った気もしたが、よーく考えてな。するわけないじゃろ。


「…土屋」

「ん?」

「今、…キスしたら怒るか?」


くっつけていた頭を離して、ぼんやりした明かりに照らされる顔を覗き込む。怒ってるわけでもないし、めちゃくちゃ驚いてそうでもなく、もちろん喜んでもいない。きっとこの状況に頭が追いついてないという、そんな顔だった。

でもそれはすぐに消えて、次に見せたのは、困ったような顔だった。そして絞り出した答え。


「……わかんないよそんなの」


その一言は土屋にとって、何の飾り気もない素直な気持ちだと一瞬にしてわかった。俺は男だから、今はちょっと変なこと考えとるけど。
たぶんそれが正解。俺と土屋の関係とは──わかんない関係。友情?恋愛感情?わからん。

そう思ったところで、すーっと一つ深呼吸。一瞬だけぎゅっと締めつけると、「ぐぇ」とかいう変なうめき声が聞こえた。そしてまた顔を見合わせてから俺は──…。
勢いよく頭突きした。ゴンッと鈍い衝撃が走る。悶絶顔の土屋側もたぶん相当痛い。


「…っ!?」

「怒りんしゃい、そこは」

「え、っと、なんで頭突きすんの!」

「そのことじゃないぜよ」

「はい?…って、あー痛かった」


もうこれ以上はここにおれんと、ベッドから下りた。そして帰ってきたときにリビングからかっぱらってきたクッションをセットして横に転がる。いまだ痛いとおでこをさする土屋には背を向けて。


「え、仁王くん?私が下で寝るよ」

「いい」


寝るときは俺がベッドでお前床な、と言っとったから土屋は戸惑ってるけど。もともとこうするつもりだったから。


「…じゃあせめて」


後ろ向いとるから気配でしかわからんが、土屋は静かに立ち上がったようだった。そして俺に布団をかけた。
思わず見上げると、さっきのことなんてまるで意識していない、なんなら早くも忘れたとでも言うように、いつも通りへらっと笑った。


「ありがとう」

「…いーえ」

「あのね仁王くん、家出した理由なんだけど」


ぶつ切りだったさっきの話をしながら、土屋はベッドに戻り、俺と同じく仰向けに寝転んだ。


「親と高校についてケンカして」

「高校?」

「うん。高校ね、私、美術科のとこいいなぁってふと思いついて、親にどうかな?って聞いたら、バカ言うなって言われて」

「え」

「もちろんただの思いつきだし、ガチでじゃないよ。私なんか美術科行っても1単位も取れずに退学になりそう」

「俺もけっこうそう思う」

「でもさ、はなから否定されたのがなんか、ムカついて。附属高校に進学するってことは私だってわかってるけどさ」


ああ、本気じゃないんならよかったと、ほっとした。美術部のくせに絵心まるでないし、止める親御さんの気持ちは痛いほどわかるが。

そういうネタ的な思いだけじゃなくて。立海そのものから離れるってことが、土屋にとって非現実的なことなんだと。そこにほっとした。


「…仁王くんは」

「ん?」

「工業高校のほうに行くの?」


土屋が立海そのものから離れること(頓挫した様子だが)に比べたら、同じ系列の学校じゃき、たいしたことないと一瞬思ったけど。
でも、隣の席はもちろん同じクラスになることはないし、一緒に飯を食うこともなくなるし、こうやって会うことも、友情だか愛情だかわからんこの思いも、なくなるかもしれない。


「よくわかったのう」

「わかるよ。私仁王くんのこと、いつも見てるもん。友達だから」

「……」

「まぁ何考えてるかわかんないことのほうが多いけど。けっこう観察してるからね」

「拝観料とるぜよ」

「仁王像だけに?あはは、なーんちゃっ…」

「…チッ」

「すみませんでした。舌打ちはやめて」


いつも見てる、友達だから。その言葉が胸いっぱいに沁み渡る。


「明日も朝から部活じゃき。早いから寝るぜよ」

「うん。おやすみ」


今日、テニス部で焼き肉に行くことをこいつが察したのは見ていたからで、けして勘が鋭いわけではない。
たった今俺が工業高校に行こうとしていることを当てたのも、勘じゃない。いつも見てる友達だから。

うれしいような、どこか切ないような。そんな気持ちを抱えながら、うとうとしたりハッと目を覚ましたりを繰り返し、長い夜を過ごした。


そして翌朝。スマホのアラームが鳴る前にふと目が覚めた。時刻を確認すると10分前。あと少しだけ二度寝しようか迷っていると。


「……ん?」


眠ったような眠れなかったようなこの一晩。明らかに寝不足で気だるいが。この今の一瞬で、頭の中にフリスクを突っ込まれたかのように、冴え渡った。
俺の真横に、肩が触れそうなほどの距離に、土屋が寝とる。スヤスヤと。最初ドキンと痛くなった心臓は、ほんの少し落ち着きつつ、それでもまだ速い。朝にしては異常な感覚。

え、なんでこいつここで寝とるんじゃ。おやすみって言ったときはベッドだったじゃろ。寝てる間に落ちた?…いや、それはいくら何でも気づくし、こいつ自身も目覚ますじゃろ。なんで……。


『いつも見てるもん。友達だから』


…ああ、そうか。昨日の土屋の言葉じゃけど、それは俺も同じだと思った。長い付き合いじゃないが、俺だって土屋のこと、なんとなくわかる。いつも見てるから。

そうじゃなー…本命、“さすがに俺に申し訳ないから”。対抗、“掛け布団がないと寝られない派”。大穴は……。


「お前のせいじゃき」


聞こえないように呟いて、心の中で深く謝りつつ、でもこれぐらい許されるじゃろとか正当化もしつつ。
ちょっとやそっとじゃ起きなそうなぐらい、ぐっすり寝ているその安らかな顔に、チューしてやった。…いや、口じゃない。さすがに悪いからほっぺた辺りに。

大穴の、“一緒に寝たかった”…は、絶対ないだろうなと思いながら、アラームが鳴るまでの僅かな時間、そのマヌケな寝顔を楽しませてもらった。

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