13 - 男女の友情は成立するか
『男女の友情って成立すると思います?』
赤也がそんな質問をしてきたのは少し前だったか。部活帰りにファミレスで飯食ってたとき。よく聞くのは、“とりあえず男は無理”ってこと。どんなに友達だと思っても性的対象には違いないから。
『俺はすると思うぜ。恋愛対象のやつは最初っから恋愛対象だろい。友達は友達じゃん』
今のは、ついこないだ小学校からの友達に急に恋して付き合って別れた赤い髪のやつの台詞だが、確かにそれも一理ある。恋愛対象にならんやつは最初からならんし、いくら性的対象でもそれこそ恋愛とは別だと、そう考えるのもまた男ならではだと思う。
『んじゃ仁王先輩は?ちなみに俺は、成立しない派っス!理由はー…』
言い出しっぺの赤也もなんか言ってた気もするが忘れた。俺は……。
タンッ…タンッ…という音が聞こえてくるのは二階の俺の部屋からだ。一階の風呂場からは聞こえんかったが、風呂上がりにキッチンの冷蔵庫へ向かうと、真上からこの妙な音が聞こえてきた。隣のリビングにいた弟は、「なんか変な音聞こえん?」みたいにビビってたが、俺としては身に覚えがあったので、空耳だと言い張った。
「…あっ」
その後階段を上がり自分の部屋の扉を開けると、中にいた土屋は、一瞬ビクつきながら“手”を止めてこっちを見た。そして俺の少し怒った顔を見て、ここに来たのが俺であってほっとしたようなやっぱまずいとでも言うような表情に変わる。
厳重に扉を閉め(鍵はないが)、土屋から静かにソレを取り上げる。
「コラ、何しとるんじゃ」
「や、目の前にコレがあったから…」
「俺が風呂入っとる間に音が聞こえてきたらおかしいじゃろ」
「…すみません」
取り上げたものは、そう、ダーツの矢。俺の部屋に設置されとるやつで、もらいもんじゃけど普通に遊ぶには十分なもの。確かに俺は毎晩のようにやっとるけど、さっきまで入浴中じゃったき、弟が何の音かわからず怯えるのも無理はない。…いや、普通わかるよな。毎晩聞こえる同じ音じゃろ。弟がそんなバカで切ないようなよかったような。
「あれ、仁王くん、髪乾かしてないの?まだ濡れてる」
「1分1秒でも早くここに戻ってきたかったからのう。ほれ、お茶」
「わぁ!ありがとう!」
冷蔵庫からお茶を自分のと土屋の分も持ってきた。お互い同時に風呂上がりのビールの如くぐいーっと飲み、同時にプハーっと言って静かに笑い合った。
「お風呂入りたいなぁ」
「無理に決まっとるじゃろ。朝まで我慢しんしゃい」
「ご飯もおにぎりとかだけじゃなくてちゃんと食べたかった」
「おにぎり3つとからあげクンまで食っといてよく言うのう」
「あーあ、アイス食べたい」
「……」
嫌だというのを無理矢理連れてきたのは俺じゃき、言い返しはせんが、むちゃくちゃ不良債権抱えとる気分。だからといって今さら追い出すなんて自分勝手なことはしないがな。
そんなことを考えていると、じーっと土屋に見つめられていると気づいた。そして目が合うとニンマリ笑う。
「ねぇねぇ仁王くん、ダーツのお手本見せてよ」
なんかまた面倒臭いことを言い出すのかと思ったが、それなら容易い。よし、かっこいいところを見せちゃる。
2、3投やってみせると「すごーい!」というボリューム小さめの賛辞の言葉をもらった。
聞くと、さっき自分がやったら全然真ん中行かないし、なんなら枠内にも行かずに壁にぶっ刺さったとか何とか…っておい。よく見たら壁に穴あいとるし。
「教えてやるぜよ」
「おっ、ご指導いただくかぁ!」
「まず体の向きは、斜めのほうがバランス取りやすい」
「…なるほど」
「で、持ち方はこうで、投げるときは紙飛行機飛ばすみたいにな」
「こうか!」
「悪くない。バレーボールよりは才能ありそうじゃ」
「やったー!ありがとう先生!」
赤也が言い出した、“男女の友情は成立するか?”って話。俺はそのとき、“成立しない”と答えた。やっぱり少しでも好きな女子でないと友達としても付き合うことはできんから。つまり仲良くなったからにはそこそこ好いとるってことじゃし、友情を感じるまでの仲になったんなら、おそらく恋愛までもすぐじゃろ。
でも今は違う。今は、男女の友情は成立すると思う。なんでかって、土屋がおるから。もちろん土屋のことは女子だとはっきり思っとるし、友達として好いとる、一応。
だからといって、これがこの先すぐ終わるかもわからん陳腐な恋愛かというと、違う。何年か後にも、こうやって二人でくだらないことに騒いどる気がする。
「あれ!?真ん中いった!」
「おー、よくできました」
「やばい、私才能あるかもしれない。ダーツァーになろうかな」
「じゃ、一回勝負してみるか?お前さんが勝ったら、今からアイス買いにひとっ走りコンビニ行ってくるぜよ」
「よし来た、やろう!…あ、でももうちょっと練習したい!」
「了解」
価値として、友情>恋愛だと、土屋に対してははっきりとそう思う。陳腐で場当たり的な若い恋なんかじゃない。今も楽しけりゃ、これからの楽しさも想像できる。そんなふうに、俺の中では満たされた感情があった。
そして、その後またちょっと練習したあと、勝負開始。
「そういや、なんで家出したんじゃ」
俺はダーツをやると集中力がアップする。いわゆるルーチン的なもんで。だから話しながらでもなんともないし、むしろ正面切っては聞けない、今みたいなことも聞きやすくなる。とか言って、勝負を開始してからもう7ラウンド目じゃけど。
さっきのブルはまぐれだったらしく外しまくりの土屋は、もう諦めモードで後ろのベッドに座っとるが、明らかにプツッと黙った。
くるりと振り返るものの、ふいっと目を逸らされる。
「言いたくないんか?」
「そういうわけじゃないけど…」
「けど?」
「なんていうか」
もう何度目になるのか、ダブルブルを取ったところでもはや驚きも感嘆の声も何もなく、静かな拍手をしながら土屋はおもむろに口を開いた。「くだらない話だけど」と。こいつの話がくだらなくなかったことなんて一度もなかったというのは置いといて。
ダーツは一旦休戦。土屋の真ん前の床に座った。
「仁王くんは進路決まってる?」
「来年のか?決まっとるような決まっとらんような」
「え、どっちよそれ!?」
言われて思い出したが、俺は来年、工業高校のほうに進もうとずっと思っとった。1年の頃から。つまり本線である立海大附属中からの附属高ではないってことじゃけど。
……あれ?なんか今、ものっすごい気分が沈んだ。
附属高じゃないってことは、土屋とはあと数ヶ月しか同じ学校じゃないってことで。
ついさっき、何年か後も二人でくだらないことに騒いどるって思った気持ちが、一瞬にして砕かれた気分。…いや、そう進もうとしとるのは俺じゃけど………。
「まさはるー!帰ってるー?」
そんな気分も何もかも吹っ飛ばされ急に現実へと連れ戻された。部屋の外、正確にはたぶん階段付近から俺のことを呼ぶ、姉貴の声がしたから。飲みに行ったはずがなんでこんなに早い時間、と思ったが、もう23時を過ぎとった。てことは親ももう帰ってきとるんか。
「あれ、やばくない?呼ばれてる?」
「…たぶんここに来るぜよ」
「えっ!?」
鍵のない部屋で、こいつが見つからないように唯一できることといったら。
俺は急いで電気を消し、土屋をベッドに押し込んで自分もそこへ潜り込んだ。
  
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