自分すらも欺いて (3/10)
「イリカ姫いいなぁ。結婚かぁ…。」
「やっぱバーバラもそういう結婚とかに憧れるんだな」
「なによー!あたしだって女の子なんだから憧れるわよ!」
「はいはい、怒るなって。この旅が終わったら結婚してやるから」
「…な、な、ななな何言ってんの!?レックったら顔が赤いよ?」
「うっさいなー!い、いいからオレと結婚しろって!」
「…………うん、絶対にしようね、約束」
「ああ、約束だからな。絶対に破るなよ」
「……レックもね」
***
バーバラはレイドック城から逃げるように出ていくとすぐ近くにある木にもたれ掛かり、目から流れていた涙を服の裾で拭う。
(…なにしちゃってんだろ、あたし)
レックにキスをされた時、本当は嬉しかった。ミレーユに対して罪悪感はあったがレックとの久しぶりの触れ合いに胸が踊ったのも事実。まるで恋仲であったときのような、でも決定的に違っていた。
(…キス…上手くなってた…)
恋人の関係であったときのレックとバーバラのキスは触れ合うようなものばかりだった。それが今のレックは舌をいやらしく絡ませるようなディープキスをしてきた。そのことがバーバラにとっては悲しかった。レックとミレーユはバーバラの知らないところでそれだけの時間を二人だけで過ごして、甘いキスをした。バーバラにとっては耐え難い現実だった。悲しみと悔しさが溢れ来るとバーバラの服が涙で濡れる。
(結婚しようって言ったくせに、レックの嘘つき…!)
自分が彼を置いてしまったのが事の原因だと分かってはいてもそう思わずにはいられなかった。バーバラの深い悲しみに応えるように空から激しい雨が降り注ぐ。
「このまま全部なにかも、流れてしまえばいいのに…」
幸せな思い出もこんな思いさえ全て流れ去ってしまえば楽になれるのに。
「おい。風邪ひくぞ」
耳慣れた声に顔を向けるとそこには雨でずぶ濡れたかつての仲間がいた。
「………テリー」
「お前……バーバラ、なのか…」
バーバラが少年から成長した青年の名前、テリーと呼ぶとテリーはニ年前の彼女とは思えないぐらいに綺麗な女性に成長していたことに目を大きく開いた。姉の夢占いがあっていたこともあってテリーはこの世界にバーバラがいることを驚きはしなかったがさすがにバーバラの成長っぷりには驚いたようだ。
「………とにかく、オレが泊まってる宿に行くぞ」
無気力な状態になってしまっているバーバラの腕をテリーが引っ張り、宿に向かう。
***
「風邪にならないようにちゃんと拭いとけよ」
テリーが投げたタオルをバーバラはなんとかキャッチしたが拭く気配はない。テリーはため息をつくと自分が使っていたタオルを首にかけ、バーバラのタオルを奪うと少し乱暴な手つきでバーバラの髪の水分をタオルに吸収させる。
「これは風呂に入らせた方が良かったな」
そうは言ってもバーバラの着替えはない。テリーは困ったように自分の少ない荷物を漁る。
「………」
バーバラは静かに声をあげずに涙を流す。テリーは困ったように自分のまだ少し濡れている前髪をかきあげた。
「レックと…なにかあったか…?」
レックという単語にバーバラの小さな肩が大きく震える。図星か、とテリーが眉をひそめる。
「…言いたく、ない…。ミレーユの弟のテリーには…言えないよ…」
「なら言わなくていい」
小さく嗚咽を漏らすバーバラの華奢な体をテリーは抱き寄せた。
「オレが全部忘れさせてやるよ」
「忘れられるの…?忘れちゃっていいのかな…」
テリーのその言葉にバーバラは不安げな顔でテリーの顔を見つめるがテリーの顔はなんの表情も感じられなかった。
「忘れたいんだろ。レックのこと、なにもかも」
(そうだ、あたしは忘れたいんだ)
バーバラの耳元でテリーが甘く囁く。バーバラが小さく頷くのを合図にテリーは静かにバーバラの華奢な体をベッドに押し倒し、唇を重ねた。
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