想いが過去に変わって (10/10)





「ね、レックからキスしてよ」
「っ、いやだっ…!」
「えぇー?」


なんでよー!とぶーぶー言っているバーバラに背中を向けてレックは小さく溜め息をこぼした。
女性経験がなく、そういうことに疎いレックにはキスをするということが恥ずかしくてしょうがなかった。むしろ、バーバラは何故平気でキスをしてこれるのかが不思議でならないとレックは思っていたぐらいだ。男としてはキスをしてやりたいに決まっているがバーバラにキスしようと顔を近づけるだけで熱に浮かされたように顔が紅潮し、頭もくらくらして、レックはバーバラに一度も自分からキスすることが出来なかった。


「だって、いっつもあたしからだし…レックからキスされたいなぁって…」


しょんぼりと項垂れるバーバラにどう弁解するべきか眉を八の字にして腕を組む。


「オレも出来るもんならしたいよ」
「んー、レックって意外と照れ屋だよね。そういうとこも好きだけど」


だから何でそうやってサラッとそんな恥ずかしいことが言えるんだよ…!とレックは心のなかで叫ぶ。


「レックのタイミングでいいから。キスしてほしいなんて我が儘言ってゴメンね?」


明らかに残念そうな顔をしながらバーバラが宿屋のベッドに寝転がる。だから、ここオレの部屋なんだからそんな無防備にならないでほしい、と何度言ってもバーバラは聞き入れなかった。バーバラとしてはいつでも大歓迎という意味なのだが奥手なレックには全く通用しない。
それでも今日はバーバラの顔の横にレックは手を置いてバーバラの唇に自分の唇を落とした。触れるだけのキスを終えて目を開き、至近距離で見つめ合うとレックとバーバラの頬がじわじわと赤くなる。


(やっと、出来た)


満足してバーバラから体を離そうとするレックをバーバラが首もとを引っ張るとレックからグエッと変な声が出る。


「何するんだよ…」
「……………して」
「え」
「だ、だーかーらぁっ!もう一回、キスしてッ!」


ボソボソと小さく何か話すバーバラにレックがもう一度聞き返すと顔を真っ赤にしたバーバラが怒鳴るようにそう言った。


「分かったよ」


レックはそう答えると恐る恐るバーバラにキスをする。不器用で下手くそなキスだったけど不思議と胸がぽかぽかと温かくなってレックとバーバラは笑った。


***


前に備え付けられている鏡に映っているのは白いタキシードを身に付けたレックの姿だ。


「はぁ…」


バーバラと再会してからよくバーバラのことを頭に思い浮かべていた。レックが無気力状態だったあの頃はバーバラが消えるときの夢を見たり会話をよく思い出していたがミレーユにプロポーズをしてからはバーバラとの幸せな記憶が甦るようになった。今もまだ胸がチクリと痛むがこれが自分の決めた道だ、と拳を握る。
コンコンとノックされた扉にはーい、とレックが声を掛けると慣れない正装姿のハッサンが現れた。


「よっ!なんだよ、浮かない顔をしてるなぁ。」
「余計なお世話だっつーの」
「まぁ、そう言うなって。なんだ、その…良かったな!」
「お、おぉ…」
「何だよ…せっかくこのハッサン様が慰めたってのによ」
「今の慰めだったのかよ…」


あの頃と何も変わらないハッサンにレックはどこか安堵した気持ちで笑った。


「今だから言うけどよ…オレはさ、ずっとお前とミレーユを応援してたんだ。ムドーの野郎に精神と実体を引き離される前からずっとな」
「そっか。お前は知ってんだよな…」


レックにその頃の記憶はない。ただミレーユや実体を取り戻した後のハッサンと話してるとなんとなくそんな関係だったのだろうと漠然に思っただけだった。ミレーユは確かに誰もが振り返るような美貌ではあったがそこがかえって冷たいというか近寄りがたいという印象を持っていたあの頃のレックにはどうにも恋愛感情とは結びつかなかったのだ。


「あぁ、よく覚えてるぜ。どれだけオレが惨めな気持ちになったか…」
「いや、オレに言われても…」
「とにかくな、オレはお前とミレーユの関係を思い出したけどその頃にはお前とバーバラがいい感じになってただろ? だからな、オレはまぁ今のレックにはぶっちゃけミレーユよりもバーバラの方がお似合いかと思ったんだよ。なんせ、あの頃の世間知らずなぼっちゃんとお前じゃ…あまりに別人でな」
「まぁ…確かに、な」


下の世界のライフコッドに訪れて実体の自分自身を見たときの衝撃をレックは忘れられないだろう。


「でもミレーユは違ったんだよな。別人のように見えたお前でも根本的なところは変わらなくてずっとお前を好きだったんだろうな」
「………」
「見ててちょっと辛かったけどよ。オレはミレーユよりもどっちかつうとお前の味方だからよ、レックの決めたことだから何も口出ししないことにしたんだよ。でもまぁ、良かったよ。お前とミレーユがくっついてよ。結婚おめでとう。幸せになれよ。って、これからだけどな結婚式!」
「ハッサン…。やべ、涙出そう…」
「へへ、何だかオレまで照れくさくなってきたぜ」


ハッサンまで泣きそうな顔をしてレックの肩を叩いた。


「ありがとな、相棒。ずっとオレの味方でいてくれて」


溢れ出そうな涙をレックは堪えてそう言った。
もう迷いはない。





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