鍵の名前

 その後はだいたい俺がぷりぷり怒ったまま、ケーラ達のいる宿屋についた。この安宿、主人一家は離れで休むし、他にはほとんど宿泊客はいないから、多少騒いだりしても大丈夫だ。この辺りは紅葉が綺麗らしいが、今は雪が近いレベルのシーズン外だから、すくねえらしい。
 俺は怒りの勢いそのままに、乱暴にスライドドアを開いた。
「おいケーラ!とりあえず殴らせろ!!」
「おかえりなさなんで?!?!」
 イセン風パジャマに着替えたケーラの胸ぐらを掴みあげる。
 そこに俺を追って入ってきた緋の宮様が来た。
「おいおい。そんな骨っこいのを素手で殴るな。」
 そう言って俺を止める…かと思いきや、振り上げた俺の拳を掴んで開き、そこにあった枕を掴ませた。
「あの、それ蕎麦殻なので、まあまあ重t痛い!!」
 言葉の途中で殴ってやった。
「なみは隣の部屋だな。見に行くぞ。」
「ええ勝手にしてください!!」
 緋の宮様が部屋を出ていくのを横目に、ケーラに八つ当たりを続ける。
 すると、さほど差を開けずにまた緋の宮様が戻って来た。悠々と出て行ったのに戻る時にはずいぶんドタバタしていたから、今度はちゃんと見る。なにやら焦った顔をしていた。
「どうされましたか?南さん、いませんでしたか?」
 俺にはっ倒された無様な格好のまま、ケーラが尋ねる。
 緋の宮様は、それは大丈夫なのだが、と少し息を整えてから俺まっすぐ見て言った。
「何故、この世界に笹原がいるのだ?!」

「……ということがありまして。」
 緋の宮様が、兄の青の宮陛下に説明をしている。あれから一晩たった朝、皇居の皇の長執務室に移動していた。
 緋の宮様以上に表情筋の硬い青の宮陛下は、いつも通りの冷たい表情で聞いている。しかし、僅かだが普段に比べ眉が上がり口が空いていることから、驚き呆れていることがわかった。
「……それで、隣が?」
「はい。その笹原利堵と…。」
 紹介されたリトが一礼する。いつも通りの動じない無表情だ。むしろ眠そう。
「……そして、そのまた隣の大きいやつが、笹原の面倒を見ていたアディという者だそうです。」
 と緋の宮様は説明をしたが、アディはこの場にはいない。あんな大量殺人犯を他の国へ動かすと、万が一何かあった時に国対国の大騒ぎになる。アディ本人もそれを自覚していたらしく、付いてくることは諦めて、見送りだけだった。
 じゃあ緋の宮様が紹介した「アディ」ってのは誰だよってか?ここに変装の達人がいるんだから、決まってんだろ?俺だよ。身長引き伸ばす技をすべて使った俺だ。アディのふにゃふにゃした笑顔を真似して、ちょっと頭を下げる。
 ちなみにケーラは留守番だ。まああいつは本とか与えとけばだいたい大人しいしな。
「南殿も、無事でなにより。」
 青の宮陛下が、リトがいるのと反対側の緋の宮様の隣を見て言った。
「ごしんぱいおかけしましたぁ。昨日一日、のんきにのんびりぐっすりすっきりでーす!」
 労われたなみが、指を二つ立てて可愛く笑った。今度こそ、このなみは本物だ。
 これは本当に意外なのだが、あの冷静沈着を通り越して冷徹とまで言われるあの青の宮陛下が、なみを見て顔が明らかに緩むのだ。超レア。シャシン取っといたら使えそう。
「で、笹原。何故お前がこの世界にいて、怪盗の隠れ家にいたのだ?」
 一通りの紹介が終わったところで、緋の宮様がリトに向き直る。
 昨晩にも問い詰めたのだが、睡眠欲に忠実なリトは説明をしなかったのだ。
「なんでこの世界にいるかってのはわかんない。」
 切り捨てるリト。貴族相手にもブレねえな。
「でも、私とあんたは同時にこっちの世界来たらしいよ。なんか関係あんのかね。」
「こちらの世界に縁があるわけでも無いのだな?」
「私は生粋の日本人だよ。」
 だよな、と緋の宮様も引き下がる。
「で、なんで怪盗と一緒にいたかってーとね。」
 リトは、その原因となった人をチラッと見て言葉を続けた。
「いやね、どっかのブラコン様が疑わしきは罰する精神よろしくガード硬いんで、会えないだろうなーって思ったから、盗んでもらったんよ。そしたら会うことはできるでしょ。」
「ブラコン様…?」
「わかんないなら気にすんな。とりあえず、あんたとコンタクトとるためって思っといて。」
 少しわからない異国の単語が飛び交う。それらがわかるはずの緋の宮様は首を捻っているが、青の宮陛下はなんとなくわかってしまったらしく目を明後日の方向に向けている。
「そんでね、なんでそこまでしてあんたに会いたかったかってーと…」
 そこまで言って何かを思いついたらしく、リトは目を上げた。
「道中思い出したことがあるんだけどさ。あんたのおっちゃんって名前なんだっけ?」
 突然何を言い出したのだ?と首を傾げ、緋の宮様が答える。
「おっちゃんとは…叔父ということで暮らしていたやつのことだな?」
 そう確認した後に続けた言葉に、俺は耳を疑った。
「麗也だ。八江麗也。」


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