種明かし

「そうだな。」
 緋の宮様は、座っていた木の枝から、ひょいっと地面に降りた。
「夜の山は妖が出る。追手は来ないだろうが、長居しないに越した事はない。」
「はあ。」
 今緋の宮様が言ったように、イセンには『夜の山は妖が出るから、入ったら戻って来れない』という言い伝えがある。ま、大方子供が夜中山に入らねえようにするためのオトギバナシだろうけどな。実際、そう言う緋の宮様の表情にも緊張感や恐怖は見られねえし。
 そう深く考えずにいると、緋の宮様が俺を横目で見た。
「信じてないか?妖怪はいるぞ。」
「はあ?」
 なんだそりゃ。
 っつか信じてんのかよ。国のトップとほぼ同列にいるレベルでこれかよ。流石見た目ちっちゃいだけあってアタマもガキだな。いや追手来ねえってことは国のほぼ全員信じてんのかよ。腐ってんのか。
 などとすげえ失礼なことを考えてる間、緋の宮様はキョロキョロとあたりを見回した。それから、少し笑って、俺の方を見る。その瞳には小さな炎が。
 あ、やべっ。と考えるより先に、反射的に足に力を入れ踏ん張る。直後、緋の宮様の眼が完全に赤くなり、同時に俺は、またあの変な激しい眩暈に襲われた。
 残る眩暈の感覚に耐える俺を見て、緋の宮様は案外耐性あるのだな、と感心している。そして、俺の背後を指さした。
「ほら、今俺の能力を送り込んだから、見えるだろう。」
 つのる苛立ちを押さえつけ、俺も指さされた方を見ると、暗い木々の向こうになにやら白いものが見えた。どうやら動物のようだ。そいつは、初めは目を凝らさなければ見えないような小さなものだった。だが、どうやらこちらへ走って来ているらしく、だんだんと大きくなっていき……そして
「…は?!」
 なんと、見上げる程の大きさの動物になった。
 全体が白く、ふわふわとした多数の尾を持ち、そしてなにより目を引く異常なほどの大きさ。色々おかしいが、形などから考えるにどうやらそれは、キツネらしかった。
 俺がその大きさに呆気にとられてるうちに、すぐ近くへと来た大ギツネは、緋の宮様へと飛びつき、
〈びゃあああああくうううううう〜〜〜!!!〉
 同時に、聞きなれない声が聞こえた。
 小さな少年のような声。この場で少年といえば緋の宮様くらいなものだが、緋の宮様の声ではなく、しかもおそらく「びゃく」というのは緋の宮様の本名「びゃくれん」の一部だろうから、緋の宮様ではないだろう。
 ということは、この声の主は?
「すまんすまん、落ち着けシュウ。」
 白いモフモフに埋もれた、これまた白い緋の宮様が宥めるように言った。
「……あの、緋の宮様?もしかして、さっきの声って、この、でかいヤツですか?」
〈でかいヤツってなんだよ!黒いヤツ!!〉
 すげえ失礼なこと言われた。
「はは。そうだよ、こいつは九尾の白狐、シュウ。幼いが、れっきとした妖怪だ。」
 平然と、狐の顎をなでながら言う。
 俺がいまいち上手く反応できないでいるうちに、シュウとやらが緋の宮様に甘えだした。
〈ねえびゃくー、なんで今日お家にいなかったの?中庭にむかえに行ったんだけどさー、なんか青い人とかいっぱいいておりらんなかったのー。〉
「ああ、色々あってな。今夜は妖怪屋敷には遊びに行けん。すまんな。」
〈えええええ〉
「ちょっと待て!」
 俺の方がえええええだ!
「緋の宮様、妖怪と遊んでいるのですか?!しかも、もしかして毎夜?!」
「そうだ。」
 白いモフモフにに侵食されてほとんど見えない緋の宮様に、そう返された。
「まあこれはほんの一部の人しか知らないことだよ。兄となみと、あと父も知っているのだろうか。他の者は、せいぜい『中庭には稀に妖が出る』という程度にしか知らないのではないか?」
「中庭?」
 そういえばさっき、キツネは「中庭にむかえに行った」と言っていた。
「ああ。自分の足で行くと噂がたつからな。その点、妖のシュウに迎えに来てもらえば問題ない。日没後に中庭まで迎えに来てもらい、日出前に帰ってくるのだ。」
 そこで言葉を区切り、白いモフモフから緋の宮様が抜け出して俺を見た。その頃には俺も大方を察し、思わず苦々しい表情になる。
「だから、日の出頃中庭に刺客がいることなど、出来ないのだよ。」
 口の中でこっそり舌を打つ。
「……つまり貴方は、最初から俺を疑っていたのですか?」
「ああ。もちろんそれだけで決めたわけではないがな。」
 余裕の表情。しかしキツネのモフモフに再び埋もれて台無しになった。
「なにはともあれ、今は妖のことも追手のことも、あまり気にしなくていいだろう。追手は妖が、妖は私が対処する。急がなくても良いが、移動しよう。」
 何故俺じゃなくて緋の宮様が仕切んだよ!と悪態をつきつつも、言ってることはもっともであるので、従い歩き出す。
 大ギツネの背に乗せてもらうことも考えたが、緋の宮様の、他の妖に追手の足止めを頼む伝言を伝えるため、妖怪屋敷へと帰ってしまった。すげえ不満言われたけど。

「さて、他の怪盗がわかった理由を話すのだったな。」
 歩きながら、先程の話の続きを進める。
「確信を持ったのは、爆弾の時だな。」
 それはわかる。
「襖を開けたときですか。」
「そうだ。」
 どーせその直後には催眠剤が爆発するからと思って、そこの誤魔化しはあまり考えていなかったのだ。
「爆弾が落ちてくるのとやけに一致していたからな。仕組みは知らんが、大方カラクリでも仕掛けていたのだろう?」
 アタリだ。襖を開け放つと天井板が開く仕掛けを屋根裏につけていたのだ。創始様の昼の御座所は普段人がいないことと、襖の上のゴテゴテした飾り窓のおかげで作業はしやすかった。
「そういえばお前、何故爆弾が破裂しなかったかわかったか?」
 そのことについては、パフォーマンスの為に外へ出た時に気がついた。
「夕立、降ってたんですね。」
「そう。お前が呑気に寝てる間にな。お前が起きた時には小雨がパラパラしていたと思うが。それで湿気たのだろう。」
 外に置いたほぼ煙と音だけの爆弾は防水加工をしたが、昼の御座所の上のはサボった。木造家屋と湿気の多いイセンの気候を舐めていたこと、そして不貞寝の振りのハズがうっかり本当に寝てしまった俺のミスだ。
「もう一つは、これだ。」
 そう言って緋の宮様が上げて見せた手には、少し曲がった棒が握られていた。
「っあ!俺のかんざし!返してください。」
「まあそう急くな。」
 手を伸ばしたら、緋の宮様にかんざしを隠された。
「人のもん勝手にとんないでください!」
「盗人のお前が言えた口じゃないだろう。」
 確かに。
 俺が引き下がったのを見て、緋の宮様はもう一度かんざしを取り出しまじまじと眺めた。
「…お前、南に化けていた間も、やたらと私にこれを触らせようとしなかったな。」
 つい、ギクリとする。
 そう。俺は緋の宮様を警戒していた。だから、南なら喜ぶであろう、髪を直すという申し出も断ったし、寝転んだ時ですら、なるべく背を向けぬよう気をつけていた。
「それが不自然だった。だからかんざしに何かあるのだろうと考えたのだ。」
 そうか…確かに不自然かもとは思った。改善点だ。
「それで、じっくり見たのは今が初めてだが…このかんざし、曲がっているな。」
 そう、曲がっていた。真ん中のあたりが少し横にずれ、更にその中央は真っ直ぐになって、まるで…
「まさしく、弓なりというやつだな。これくらいの大きさと強度なら、室内で矢を飛ばすくらいならできるかな。まあ高い技能は必要かも知らんが。」
 その通り。俺はこの簪に紐をかけて弓として使った。手で矢を障子に刺してもよかったが、万が一ズレて、目敏い緋の宮様に疑われるようなことになることを恐れたのだ。
 問題は後処理についてだ。紐はすぐに燃える。だが木はそこまですぐには燃えない。かといって部屋に置いては、見つかった時に言い逃れができない。
「だからかんざしとして使った。そうだろう?」
 だが、全て緋の宮様にはばれていた。これらの警戒すら、ある意味では裏目に出ていたのだった。
 なんでわかんだよ!と逆ギレを起こしたい気分ではあったが、それではいけない。これから怪盗ハーチェスとして出ていくこの広い世界、これくらいの目敏い人は確実に他にもいる。これら全て対応していけるようにならなければ、俺はハーチェスの名を背負うことは出来ない。真摯に受け止め、改善しなければ……。
「……という理由は、全て後付けなんだけどな。」
 俺が素直に反省してるところに投げつけられた緋の宮様の爆弾発言に、思わず木の根にけつまづく。
「あ、後付け?!」
「そう、本当は部屋に入る前から、あの部屋に南はいないとわかっていた。」
 爆弾発言が続く。
 まだ、そんな前から俺にミスがあったというのか……!
「何故わかったのですか?」
「勘だ。」
 暫し、俺の時が止まる。
「いや、勘という言い方は正しくないかも知れんな。」
 固まる俺を他所に、緋の宮様はマイペースに言葉を続けた。
「その人其々に固有の魂というものがある。俺は元来異常に能力が強い故、それらを少々離れたところからでも感じ取ることが出来るのだ。だから、あの場に南の魂が無いことはわかっていたのだよ。」
 少し先に進んでいた緋の宮様が立ち止まり、振り向いてにっと笑った。
「種明かしは、以上だ。」
 ……ってことはよ。
「……なんだよそれ。」
 俺が色々と警戒してやってきたこと、全部無駄だったってのかよ?!
「なんだよそれ!!!!」
 俺は、もうなんと言ったらいいかわからないが、とりあえず無茶苦茶ムカついたから、緋の宮様と反対方向に走ってやった。

 すぐ追いつかれたけど!!ムカつく!!!


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