怪盗に不可能がないということは誘拐もできるのか
アディの家に居候して今日で48日目。その朝。非日常なことがあってもなくても、布団に入ればすぐに眠れる。徹夜なんてできない。ヒトは日が沈んだら眠るようにできてるのにそれに抗って夜中起きているなんて、私には絶対無理。
朝ごはんの準備をしていると、背後で玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただい…あれ」
疑問の声が聞こえたけど、私は卵焼きを作っている最中だったので、振り向くのを我慢した。あと一層巻くだけだし。
「なんでリトが朝メシ作ってんだ?」
よし、ゆるふわ卵焼き完成。お皿に移してから、声の主を見た。
「…えーっと、ロールキャベツだっけ?」
「ロイル・ハーチェスだ。たった3日で人の名前忘れんな。ってかロールキャベツってなんだよ」
そうだったそうだった。この黒猫の名前はロイルだった。
「3日じゃないよ。その日の夜にはもう忘れてた」
「あん時お前『覚えとく』っつったじゃねーか」
そういえばそんなことも言った気がする。
「で?なんでお前が朝飯作ってんだ?」
「あんたが私とアディを自分の家に連れて来させたんでしょ?」
「いや、そうだけどそうじゃなくてだな」
そのとき、また別のドアが開き、長めの薄い金髪で垂れ目の優男が入ってきた。ロイルの助手、ケーラだ。
「おはようございますリト。朝お早いですね」
「おはようケーラ。私のことより自分の身を心配したほうがいいかも」
「え?」
キョトンとした顔をした直後、ケーラが地面に倒れた。後ろからロイルが背中を蹴ったのだ。
「ケーラ。俺も帰ってきてんだけど?」
「あ、おかえりなさいロイル様、お疲れ様でした。って痛い!なんで素直に言ったのにかかと落としするんですか!?」
「そういやケーラ。台所と食材勝手にもらってるからねー」
「それは別にいいいんですけれども素通りですかリト?!」
騒ぐケーラをおいといて、ロイルは食卓に足を組んで座った。
「で?なんでリトはこんな自由に出歩いてるんだ?」
先程ケーラに無視をされたからか、ロイルの眉間にはシワが刻まれている。
「はい、ご説明します」
ちゃんと立ったケーラが私を連れてくるときのことを話し始めた。
長かったからまとめると
『同居の方の身柄は預かりました。返して欲しければおとなしく私についてきてください』
『じゃあお粥のお鍋持って』
「と、流されているうちにこんな自由なことに…」
「え、なにそれスゲェ」
話を聞くと、ロイルは大笑いし出した。普通の誘拐犯ならうろたえるところだろうが、ロイルは次期怪盗ハーチェス(自称)だし、一味違うのだろう。
「お前ほんっとに度胸あるな!んなことあってもお前この家でぐっすり寝ただろ。なんだ?ニホン人は皆そんなにしたたかな奴ばっかりなのか?」
「…それさ、この世界には犯罪者しかいないの?って言われてる気分だよ」
「そうか。じゃあ、なんでお前はそんなに肝が座ってるんだ?」
私はアディの殺人現場を見た時と同じことを行ってやった。
「私にとってここは異世界だから。多少のことなら起こっても不思議に思わないよ」
「ということは、お前にとってここは物語の中、ってわけか?」
「そんな感じ。はい卵焼き。フライパンで作ったから不格好でごめんね」
「たまごやき?」
ロイルもケーラも、卵焼きを見たのは初めてなようだ。
「それだけじゃ朝ごはん足りないだろうからパンでも焼いて食べなさいよ。じゃあ私アディ起こしてお粥と薬あげてくる」
「おー」
ケーラが卵焼きを切っているのを凝視しながらロイルが生返事を返した。
もしかしたら、二人は私達を誘拐しているのを忘れかけているのかも。まぁ、逃げる気はないから、大丈夫だけどね。
それよりも、アディに薬を飲ませるこの作戦が上手くいくかが問題だ。
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